約4万年前に絶滅してしまったヒト族ネアンデルタール人には死者を弔う文化があったと言われています。

さらに彼らには埋葬した死者たちに花が供える文化もあったと言われています。

ところが今回、英リヴァプール・ジョン・ムーア大学(LJMU)の研究により、埋葬地に見つかっていた花の痕跡はどうやら彼ら自身の手で置かれたものではなかったことが明らかになりました。

研究者たちに長年「ネアンデルタール人に花葬文化がある」と信じ込ませていた真の犯人は、”土に巣を掘るハチ”だったようです。

研究の詳細は、2023年8月28日付で学術誌『Journal of Archaeological Science』に掲載されています。

目次

ネアンデルタール人の「花葬仮説」はどうして生まれた?

シャニダール洞窟で見つかったネアンデルタール人の頭蓋骨
Credit: ja.wikipedia

私たちはお墓参りの際に、死者に花を手向ける文化があります。

こうした死を悼む文化はいつ頃生まれたのでしょうか? また私たち以外にも死者を弔い花を供える文化を持つ類人猿はいたのでしょうか?

これについて、私たちに近い類人猿であるネアンデルタール人には、死者を弔い花を手向ける花葬文化があったと言われています。

この仮説が生まれるきっかけとなったのは、イラク北部クルディスタン地域にあるシャニダール洞窟で見つかった遺跡です。

この洞窟では1950年代から60年代にかけてネアンデルタール人の遺骨10体が発見されています。

中でも「シャニダール4号」と称される約7万5000年前に埋葬された遺骨考古学者たちによって大いに注目されてきました。

シャニダール4号は30〜45歳の男性で、体の左側を下にして胎児のような姿勢で埋葬されていましたが、特筆すべきは体の周囲に花粉の塊が見つかったことです。

シャニダール洞窟の前景(撮影:2023年5月5日)
Credit: Chris O. Hunt et al., Journal of Archaeological Science(2023)

この発見以来、ネアンデルタール人には単に故人を埋葬するだけでなく、花を供える習慣があったとする「花葬仮説(Flower burial hypothesis)」が唱えられるようになりました。

その一方で、花葬仮説を断定するには証拠に乏しいため、疑問視する専門家の声も多くあります。

そして今回、シャニダール洞窟で新たに行われた調査は、この仮説の再考を促すものとなりました。

ネアンデルタール人の死者に花を供えたのはハチだった?

研究チームは今回、シャニダール4号の周囲で見つかった花粉を改めて再調査することに。

その結果、花粉の塊には複数種の花が含まれており、その全てが同じ時期に花を咲かせるものではないことが判明しました。

常識的に考えれば、まず穴を掘って故人の遺体を安置し、その上に摘み取った花を供えて土をかぶせるわけですから、咲く時期の異なる花が一緒に埋葬されるのは不自然です。

お葬式から数カ月たって綺麗な花が咲いたから、また穴を掘り返して、新たに花を供え直したというのでしょうか?

その説は考えにくいことから今回のチームは、花葬仮説に疑いの目を向けました。

そしてシャニダール洞窟の遺跡を調べ直したところ、4号の埋葬地のすぐ側に注目すべき発見をしたのです。

それは土の中に営巣するハチが作った穴でした。

シャニダール4号の埋葬地のすぐ側に見つかったハチの巣穴
Credit: Chris O. Hunt et al., Journal of Archaeological Science(2023)

この穴を掘ったハチが正確にどんな種類かは不明ですが、現代にもツチバチやアナバチのように土の中に穴を掘る種がいます。

研究者らは、ハチであれば、巣穴を移動しながら集めた花粉を堆積させることがあるため、時期の異なる花の花粉が同じ場所にあることの説明もつくと指摘します。

現にシャニダール4号の周囲では花粉だけが回収されており、花びらや茎は見つかっていません。

となると、これらの花粉はネアンデルタール人よりも、土を掘るハチの運んだものと考える方が合点がいきます。

チームは花粉とハチの巣穴の正確な年代は測定できないものの、おそらくシャニダール4号の埋葬とほぼ同時期であると推定しました。

花粉の一つは「トゲトゲの花」と判明

さらにチームは、回収された花粉の一種が「イガヤグルマギク(yellow star thistle)」という、長さ2センチ程のトゲトゲを無数に生やす花であることを特定しました。

こちらをご覧いただければ、かなりトゲトゲしい花であることが分かります

花粉の一種は「イガヤグルマギク」と判明
Credit: Chris O. Hunt et al., Journal of Archaeological Science(2023)

果たして、皆さんなら大切な家族や友人の上にトゲトゲの花を供えるでしょうか?

もちろんネアンデルタール人と私たちの感性は違うでしょうから、あり得なくもないですが、研究者らは「葬儀用の花としての選択肢としては可能性が薄いでしょう」と述べています。

ただ一つの仮説として、トゲトゲの花を置くことで死体を漁るげっ歯類などから故人を守った可能性ならゼロではないといいます。

しかしチームは全体の調査結果を踏まえた上で、遺跡で見つかった花粉はやはり土を掘るハチによって運ばれた可能性が最も高いと結論しました。

ネアンデルタール人に花葬文化はなかったかもしれませんが、それでも埋葬をしていたことは確かであり、シャニダール洞窟が彼らの文化や習慣を理解する上で重要な場所であることに変わりはありません。

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参考文献

Neanderthals did not bury dead with flowers – research https://www.ljmu.ac.uk/about-us/news/articles/2023/8/29/neanderthals Study casts doubt on Neanderthal ‘flower burial’ theory https://www.theguardian.com/science/2023/aug/28/study-casts-doubt-on-neanderthal-flower-burial-theory Famous Neanderthal ‘flower burial’ debunked because pollen was left by burrowing bees https://www.livescience.com/archaeology/famous-neanderthal-flower-burial-debunked-because-pollen-was-left-by-burrowing-bees

元論文

Shanidar et ses fleurs? Reflections on the palynology of the Neanderthal ‘Flower Burial’ hypothesis https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0305440323001024
ネアンデルタール人は「死者に花を供える文化があった」は勘違いだった