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金融市場の目下のテーマのひとつ「米国の長期金利上昇」

筆者は今年3月から「米10年金利は4.5%~5.0%程度まで上昇する」と予想しており、直後に銀行危機が起きたものの、いまもこの見方は変わりません。

目下の米国の長期金利上昇は、ファンダメンタルズ? 需給?

目下の米国の長期金利上昇は、ファンダメンタルズというよりも、需給の観点から生じているようにみえます。

先にファンダメンタルズを考えると、たとえば、[図表1]に示すとおり、①インフレ期待は落ち着いたままであり、

ほかにも、[図表2]に示すとおり、②来年の利下げ期待も「健在」です。

そして、もうひとつ、③(経済の貯蓄と投資を均衡させる実質)均衡利子率・自然利子率の上昇によって、観察可能な実質金利に上昇圧力が生じている可能性も考えられます。

しかし、その場合には、まずはインフレ率の上昇が先立ち、これによって「実質金利が均衡利子率よりも低い」(=緩和的である)ことが認知され、実質金利が上方調整する(もしくは実質政策金利が引き上げられる)といったふうに、インフレ圧力が先立つと考えられます。

実際には、上述のとおり、インフレ圧力はこのところ顕在化しておらず、金融市場は、(実体経済の貯蓄と投資を均衡させる)均衡利子率の上昇を見ていないように思えます。

米国債の需給を決めるひとつの要因…財政赤字

そこで米国債の需給を考えると、ひとつには、米国債の発行増加に直結する財政赤字の拡大が挙げられます。

[図表3]に示すとおり、2023財政年度の財政収支【●点付きの赤ライン】は、(パンデミックによる財政出動がほとんど消失した)2022財政年度【ピンク】に比べ、大幅に悪化しています。

バイデン政権の財政政策に加えて、財政赤字の拡大に貢献していると考えられるのが、米連邦準備制度理事会(FRB)から財務省への送金金額の減少です。

[図表4]に示すとおり、FRBと連邦準備銀行は昨年7-9月期に財務省への送金を停止しています。その背景は、FRBの資金収支が赤字・逆ザヤに陥ったためです。

中央銀行による赤字・逆ザヤは、①量的金融緩和によるバランスシートの拡大、②準備預金への付利開始、③急速なインフレに伴う大幅な利上げ、の3段階によって生じています。

[図表5]に示すとおり、FRBは世界金融危機以降、(ゼロ金利政策下でバランスシートを膨らませることで)年間800億ドル~1,000億ドル程度の利益送金を行ってきました。これに対し、2023年財政年度(今年7月時点)は、送金額がほぼゼロに近い水準となっています。

[図表6]に示すとおり、この送金額を毎年の財政赤字幅と単純比較すると、財政出動が増えた世界金融危機後やパンデミック後でも、FRBから財務省への利益送金は4~5%程度の財政赤字削減に貢献してきたと試算されます。

やはり単純比較ですが、仮に、今年7月までの送金額が昨年度と同じであったとすれば、今年度の財政赤字(7月まで)は6%程度、少なかったと試算されます。

上記のとおり、中央銀行が赤字・逆ザヤに陥って財務省への利益送金が停止されると、政府の収入が減ることで財政収支が悪化します。

合わせて、仮に中央銀行の赤字や債務超過が貨幣の信用に対する懸念を生む場合には、徴税や国債の発行によって、中央銀行の増資が行われると考えられます。

以上をまとめると、足元では、「中央銀行の財務悪化により、(いざというときに中央銀行を支えるべき)政府の収入が減少する」という事態が生じています。政府の財政と中央銀行の財務が同時に悪化する事態は、準備預金への付利から生じています。

重見 吉徳

フィデリティ・インスティテュー

首席研究員/マクロストラテジスト

(※写真はイメージです/PIXTA)