2023年現在、世界の人口は80億人を上回り、地球の環境や社会に対するプレッシャーが日増しに高まっています。

しかし、今でこそ増え続ける人類ですが、ニューヨークマウントサイナイ医科大学(Icahn School of Medicine at Mount Sinai:ISMMS)のワンジー・フー氏らの国際研究チームは、「約100万年前、人類は絶滅の危機に瀕し、10万年以上もの間、世界の人口はわずか約1300人程度で推移していた可能性がある」と指摘しています。

また、この絶滅危機は、私たち現生人類だけでなく、絶滅したネアンデルタール人やデニソワ人の進化にも影響を与えた可能性があるようです。

一体当時の人類に何があったのでしょうか。

今回の研究の詳細は、2023年8月31日付で科学誌『Science』に公開されています。

目次

  • 人類の祖先は厳しい「ボトルネック」状態を体験した
  • 約11万7000年もの間、人類は約1280人だった

人類の祖先は厳しい「ボトルネック」状態を体験した

現生人類は約30万年前にアフリカで誕生したとされています。

しかし、現生人類出現以前に人類の祖先がどのような過程を辿ってきたかについては、化石記録がほとんどないため多くが謎に包まれています。

そこで今回の研究チームは、人類自身の中に残されている進化の記録であるゲノムに着目し、アフリカ内の10の集団とアフリカ以外の40の集団からサンプルを集めて調査を行いました。

この研究では、子孫である我々の遺伝子配列の多様性を基に、現生人類の祖先を構成していた集団がどの程度の規模を持っていたか推定する方法を開発しています。

それによると、約93万年前から約81万3000年前にかけて、現生人類の祖先は厳しい「ボトルネック」状態を体験した可能性が高いことがわかったのです。

この該当する期間、人類の祖先集団は約98.7%が消失しており、絶滅の危機に瀕していたことが示唆されたのです。

このボトルネックとはどのような状態なのでしょうか。

ボトルネック効果とは

生物学的な文脈で語られるボトルネックとは、生物の集団が一時的に著しく少なくなる現象です。

この過程では、集団内の遺伝子の種類は極端に少なくなります。

その後、生物の個体数が回復しても、最初に失われた多くの遺伝子は戻らないため、新しい集団は遺伝的に似ている個体ばかりになります。

この効果をボトルネック効果、日本語で瓶首(へいしゅ)効果と呼びます。

約11万7000年もの間、人類は約1280人だった

100万年近く前に発生したボトルネックを推測するために研究者が使用した公式
Credit:Shanghai Institute of Nutrition and Health, CAS

研究チームのフー氏は、「私たちの祖先は長い間、厳しい状況に直面していました。人口が一時的に激減し、絶滅する寸前だったのです」と、語っています。

今回の研究によると、約11万7000年もの間、繁殖可能な人類の個体数は、約1,280人だったと推測されています。

しかし、なぜこんなにも人口が減少したのでしょうか。

研究者たちは、この人口激減の時期は、氷河が出現し、海水温が低下して、アフリカとユーラシア大陸に長期間の干ばつが起きた、深刻な寒冷化の時期と一致していると語ります。

そのため厳しい気候変動が人類祖先の個体数を大きく減少させた原因である可能性が高いと考えられます。

ただし、気候変動がどのように人類祖先に影響していたかについては、はっきりわかっていません。なぜなら、人口が極端に少なかったため、当時の人類の化石や遺物がほとんど見つかっていないためです。

これまでの研究で、現生人類、ネアンデルタール人、デニソワ人などが分岐したのは、約76万5000年から約55万年前の時期だったと考えられています。

この研究には参加していないロンドン自然史博物館の古人類学者クリス・ストリンガー氏は、「もしこれら旧人類の分岐がボトルネックの直後であった場合、現生人類、ネアンデルタール人、デニソワ人といった異なる集団に分かれるきっかけがこの人口激減にあった可能性が高い」と、指摘しています。

つまり、このボトルネックが起こった後、人類はいくつかの小さな集団に分かれていき、その後それぞれの集団が独自の進化を遂げた可能性があるのです。

染色体の融合は人口が急激に減少した時期と一致しています
Credit:canva

過去の研究では、約90万年前から74万年前にかけて、2つの染色体が一つに結合し、現在の人類が持つ「2番染色体」が形成されたことが示されています。

この染色体の融合は、先ほど説明した人類の「ボトルネック」、つまり人口が急激に減少した時期と一致しているため、この二つの出来事が何らかの形で関連している可能性があると、研究者たちは考えています。

ネアンデルタール人とデニソワ人もこの染色体の融合を持っているため、この現象は現生人類とこれらの集団が分岐する前に起きたと考えられます」と、ストリンガー氏は指摘しています。

トリンガー氏はさらに、「今回の研究で開発された新しい分析手法が、将来的にネアンデルタール人やデニソワ人のゲノム調査にも適用できるかもしれない」と期待を寄せています。

それが実現すれば、ネアンデルタール人やデニソワ人のゲノムを通して、今回発見された人類祖先の急激な人口減少を調査することができ、この時期に何があったのか異なる角度から明らかにできるかもしれません。

今回の研究は、人類の起源と進化について新しいページを開いたと言えるでしょう。

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参考文献

Humans faced a ‘close call with extinction’ nearly a million years ago https://www.livescience.com/archaeology/humans-faced-a-close-call-with-extinction-nearly-a-million-years-ago

元論文

Genomic inference of a severe human bottleneck during the Early to Middle Pleistocene transition https://www.science.org/doi/10.1126/science.abq7487
約100万年前、人類は1300人まで減り「絶滅寸前」だった