今の映画界で監督名がブランドになっているセレブグループの1人、ウェス・アンダーソン。毎回、計算し尽くされたアートワークと、馴染みの俳優陣+αによる絶妙なキャスティング、そして印象的なショットを積み重ねつつ一気に駆け抜ける、端正でスピーディな演出で魅せまくるアンダーソンだが、最新作『アステロイド・シティ』(公開中)もこれまた、魅力満載の作品になった。そこで、最新作に込めたアイディアと、気になる製作のプロセス、カラーリング、ジオラマ的世界の製造法、さらに監督本人の服選びまで、限られた時間の中で質問をぶつけてみた。

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アステロイド・シティ』の舞台は1955年のアメリカ西部に位置する砂漠の街。ここは紀元前に隕石が落下してできた巨大なクレーターが観光名所になっている。隕石が落下した9月23日は”アステロイド・デイ”と名付けられ、毎年イベントが開催されている。今年はジュニア宇宙科学賞に輝いた天才キッズとその家族がやってくる。

■「僕の作品はどこか舞台っぽい部分があるかもしれません」

まずはフレンチカルチャーへの憧憬があからさまだった前作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(21)から、最新作では一気にアメリカの西部に舞台を移した理由あたりから訊いてみることにした。

「当初、思い浮かんだのは1950年代にブロードウェイで上演されていた舞台劇でした。マーロン・ブランドやエリア・カザンの世界ですね。いま思うと、あの時代は現在のアメリカよりよっぽどアメリカらしい時代だったんですよね。だから、最初は本編の中で描かれる舞台劇(『アステロイド・シティ』は劇中劇形式で物語が展開する)もタイムズスクエアで上演されていたような演劇をイメージしていたのですが、途中から西部に舞台を移そうということになり、結果、前作のフランスからアメリカ西部へシフトすることになりました。舞台が変わっても、最もアメリカらしい時代を描いたことに変わりはないのですが」

そういえば、監督と舞台の出会いは古い。そもそも、小学4年生の時に書いたのは一幕ものの舞台劇の脚本だったというし、テキサス大学時代に出会った親友のオーウェン・ウィルソンと最初にコラボしたのも舞台劇だった。舞台という空間は監督にとってスペシャルなものなのだろうか。

「まさにそうかもしれません。僕の舞台での経験は必ずしも多くはないですが、子どものころから、戯曲を読んだり、舞台関係の書籍を読み漁ったりしていましたね。おっしゃるように、小学生時代は色々な戯曲を書くのに夢中で、先生にとっては制御不能な子どもだったみたいです。それでも、珍しく先生のいうことを聞いて1週間おとなしくしていたご褒美にと、僕が書いた戯曲を上演させてくれたことがありました。大学時代は、オーウェンと一緒に脚本の授業を受けていて、彼にお願いしてサム・シェパードの戯曲『TRUE WEST』を僕なりにアレンジした舞台に出演してもらい、50人くらいの観客の前で上演したこともありました。たった2晩の上演でしたけれど」

監督の作品はジオラマ的だとよく言われるが、独特のセットデコレーションのルーツはフレームワークといい、手作り感といい、舞台から派生したもの、と見ることもできるだろうか。

「たしかに、背景を設定する時にどこか舞台っぽさがあるかもしれませんね。それは認めます。今回もロケ地は本物の砂漠(スペインのチンチョン)だったのですが、わざわざ土を掘り起こして、そこにペンキを塗って意図的に作り物感を出しているんですよね。そういうフレームワークでありながらも、僕が一番やりたいのは人物たちのストーリーを物語ることなんですよ」

■「キャラクターを描くうちに、俳優の顔が見えてきます」

人物といえば、キャスティングだ。ウェス作品といえば登場人物が多いことも特徴として挙げられるが、順番としては、脚本に俳優を当てはめていくのか、俳優を決めてから脚本を書き始めるのか、気になるところだ。

「どちらが先ということはなくて、脚本を書きながら色々思い浮かぶんです。今回、メインキャラの戦場カメラマン役はジェイソン・シュワルツマンのために書き下ろしましたが、それ以外はキャラクターを描くことに集中しました。書き進めていくうちに次第に俳優の顔が見えてきて、書き終わったころには、ある程度ねらいは定まっています。でも、その人に声をかけると『その役には興味ないけどこっちならやりたい』とか言われることもあるので、シャッフルしなくちゃいけなくなる。レギュラーメンバーに関しては、脚本が完成に近づいたころにスケジュール調整に入ります。だからまあ、ヨーイドン!と一斉にスタートするわけにはいかず、諸々全部が同時進行している感じかな」

今回のサプライズはアンダーソン作品に初めて登場する宇宙人だ。これの”キャスティング”はどうやったのだろうか。

「造形を考えていくうえで最初に思い浮かんだのは、なぜか、ジェフ・ゴールドブラムでした。彼の演技をベースにしてストップモーション・アニメの制作に入ったのですが、そこで協力してもらったのがこの分野の第一人者の一人であるキム・クークレールです。『ファンタスティックMr.FOX』(12)と『犬ヶ島』(18)でも組ませてもらいました。いつも思うのですが、ワンフレームずつ撮りながらも、なぜあんなふうに命を吹き込めるのか不思議なくらいです。ストップモーション・アニメって、僕にとっては神秘なんですよね」

ファンタスティック~』のセットでは背景に合わせて茶色のコーデュロイスーツとクラークスのワラビーズを、『グランド・ブダペスト・ホテル』(14)の会見では映画のイメージカラーだったピンクに合わせてワインカラーのスーツをそれぞれ着ていた監督。最新作のセットではどんなスタイルで決めていたのかを最後に訊いてみた。

「今回は撮影のために白いスーツを2着と帽子を新調しました。スーツの生地はシアサッカー(夏向けのコットン素材)です、なにしろ、ロケ地は日中38度の猛暑でしたからね。そのために麦わら帽は必須だったのですが、赤土を被って次第に白から赤に変色していきました。スーツのジャケットには、度数が異なるメガネを仕舞うためのポケットをたくさん作ってもらいました。現場で着る服はいつも実用性と機能性を重視しています」

ちなみに、最新作のテーマカラーは白からパステルカラーまでのグラデーションだ。取材日当日、ロンドンのホテルに滞在中だった監督は、部屋のクロスに合わせてライトブルーのシャツを着ていた。本人はあえて話さないが、彼の服選びを見ると実用性もさることながら、自分も作品、または背景が織りなすアートワークの一部だという意識でいるような気がする。

取材・文/清藤秀人

『アステロイド・シティ』ウェス・アンダーソン監督に単独インタビュー! /[c]2022 Pop. 87 Productions LLC