病院で処方される薬は多くの場合、西洋医学の考え方をもとに処方される「西洋薬」です。しかし、以前に比べ「病院で漢方薬を処方される人が増えている」と、東京西徳洲会病院小児医療センターの秋谷進医師はいいます。「効果が弱い」「ちょっと胡散臭い」などネガティブなイメージもある漢方ですが、実際はどうなのでしょうか。詳しくみていきます。

病院で「漢方薬」を処方される人が増えている

実は以前に比べ、「病院で漢方薬を処方されました」という方が増えています。「西洋医学に比べ、漢方医学って旧態依然じゃないの?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、漢方医学はいま、目覚ましい進歩を遂げているのです。

現在、我が国の医師が学ぶ医学は「西洋医学」がベースになっています。しかし、「漢方医学教育」もすべての医学部・医科大学で実施されており、大学病院においては漢方内科や和漢診療科などの診療科を標榜している施設が26も存在します。

日本漢方生薬製剤協会が2011年、医師を対象に行った調査によると、「現在漢方薬を処方している」と答えた医師は 89%となっており、2008年の83.5%から増加傾向にあることがわかります。

医師である筆者が患者さんに「漢方」の話をすると、患者さんのなかには「漢方って効果が弱いんじゃないですか」「ちょっと胡散臭い気がします」といったネガティブなイメージをもっている方もいらっしゃいます。しかし、医師にとっても漢方薬は心強い味方になることが多く、状況によっては西洋医学で解決しにくい問題を解決する力をもっているのです。

今回は、現在の日本の医療における漢方医学の位置づけやその有用性について詳しくみていきましょう。

中国医学をベースに独自に発展…「漢方医学」のはじまり

漢方医学というと「謎に包まれている」という方も多いかと思いますので、まずは、「漢方医学」のキホンをみていきましょう。

漢方医学のベースとなっているのは、5~6世紀に伝来した「中国医学」です。この中国医学を日本で実践していくなかで、日本文化や日本人の生活・体質に合わせて少しずつ変化していき、日本独自の医学ができあがりました。

この、中国医学をベースに日本で独自に発展した医学のことを「漢方医学」と呼びます。漢方医学は、西洋医学よりも早く日本に根付いた“伝統的な医学”ということになります。現在、日本の医療の主流は西洋医学となっていますが、漢方薬などは現在も、この西洋医学をサポートする重要なツールとして使われています。

では、漢方医学と西洋医学は具体的にどのような違いがあるのでしょうか。

「西洋医学」は“狙い撃ち”、「漢方医学」は“個別に使い分け”

西洋医学の特徴は主に下記の4つです。

1.客観的で分析された治療を行う

2.器官・臓器で起こっている物質的な変化を重視する

3.画一的な治療を行う

4.使用する薬剤は精製された純粋な薬物を用いる

西洋医学では、ある疾患に対してどのような薬剤を使用するか決めるときには「臨床試験」を行います。治療したい病気に治療薬の候補となる薬剤を投与し、もっとも効果が実証された薬剤がその疾患の治療薬となるのです。

このようにして治療薬を決めているため、ひとつの病気に対してピンポイントに治療しやすく、「高血圧の治療薬はこの薬」、「細菌感染にはこの薬」、といったように病名に対して薬剤を処方します。使用する薬も精製されたものを使うため、病名や検査によって異常などがはっきりしているときに高い効果を発揮します。

つまり西洋医学では、「①患者さんが症状を訴えたら、②まずはその原因となる臓器の異常を確認するために血液検査や画像検査などの検査を行い、③そこで異常が確認されて病名がついたら、④その病気に対する治療薬を処方する」という流れになります。

一方、漢方医学の特徴は主に下記の4つです。

1.自然科学的で伝統的・経験的な治療を行う

2.臓器にピンポイントな治療というよりも、心と身体を総合的にみる

3.体質や症状に対して処方を行う

4.天然物がベースの生薬を混合した薬剤を用いる

漢方薬の処方は、患者の「証」によって異なります。「証」とは、病気になっている患者の体の状態を表したもので、「虚・実、寒・熱」などの分類があります。

「虚証」は、体力が弱って病気への抵抗力が落ちている状態のことを指し、「実証」は体力があって病気への抵抗力が強い人を指します。「寒証」は寒気や冷えを感じ、熱が足りていない状態とされ、「熱証」は火照りやのぼせを感じ、熱が溜まっている状態とされます。

このような、「証」と症状から適切な漢方を選ぶというのが漢方薬の基本的な考えです。たとえば、同じかぜに対しても実証の人には葛根湯(かっこんとう)を用い、虚証の人には香蘇散(こうそさん)を用いるというように使い分けられます。

漢方医学は、患者さん1人ひとりの「心と身体」を総合的に捉える

西洋医学では病気と薬剤がストレートに対応している一方、このように漢方は患者の状態と症状から適切なものを医師が選択して処方する、“個々のための医学”といえます。そのため細かい臨床検査はしにくく、患者の細かい状況に合わせて処方を検討する必要があります。

しかし裏を返せば、明らかな異常などがなく病名がわからない患者さんに対し西洋医学の薬が使いにくい場合は、体の状況や症状をヒアリングしたうえで漢方薬を処方することで症状の改善を見込めます。

発病には至っていないものの病気になりかけていて症状が出始めている「未病」の状態のときや、「更年期障害」など病気ではなく年齢による体の変化によって症状が引き起こされているとき、病気ではなくても体質などからこむらがえりなどの症状が起こってしまうときなど、漢方薬は非常に有用です。

また、精製された単一の成分を使う西洋薬と異なり、さまざまな生薬が混合されている漢方薬は、1つの薬剤でさまざまな症状に対応することができます。

すなわち漢方医学は、患者さま個々に異なる病態を、心と身体の両面から総合的に捉え、身体の全体的なバランスを整えていくことができるのです。

漢方薬は「生産金額・輸入金額」ともに増加

漢方製剤等の薬価は単純平均で約86円/日とされていますが、厚生労働省の「薬事工業生産動態統計年報」によると、2018年の医療用漢方製剤等の生産金額は前年比13.9%伸長1,513億9,600万円であることがわかっています。

また、日本東洋医学会と日本漢方製剤協会の調査によると、[図表1]のとおり、医療用漢方製剤の診療ガイドラインへの掲載数は2011年の59件から2020年には149件へと約3倍に増えています。

西洋薬のように、“1:1”の漢方薬も増えている

また、最近は漢方薬も西洋薬と同様に臨床試験が行われ、特定の病気に対して効果があると実証されたものも多く出始めています。

インフルエンザには「麻黄湯(まおうとう)」、手術後の腸閉塞には「大建中湯(だいけんちゅうとう)」という漢方薬がそれぞれ有効であると実証されているほか、口内炎には他の西洋薬と並んで「半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)」が推奨されています。

以下の[図表2]は、漢方製剤の生産及び輸入金額ランキングを一部抜粋し作成したものです。みなさんの知っている漢方製剤はありますでしょうか?

需要拡大の一方、「原料」の安定供給に課題

このように、漢方薬の需要拡大にともない生産数も増加する一方で、「原料」の供給には課題が残っています。

医療用漢方製剤は148あり、処方で使用されている原料生薬は136種類ですが、そのうち国内においても栽培されている生薬は56種類あります。とはいえ、国内で使用される原料のうち約80%は中国からの輸入に頼っているのが現状です。たとえば、使用量が多いカンゾウやブクリョウ、タイソウ、ハンゲなどは、ほぼ全量を中国から輸入しています。

また、漢方薬の原料には栽培年数が長い生薬も多くあり、ニンジン、シャクヤク、ボタンピ、ダイオウは 5~6年、さらに樹木系のケイヒなどは 10 年以上かかるものもあります。したがって、国内栽培のみではまかなえていません。

さらに国内では、2021年に発覚した「小林化工・日医工問題」に端を発した「製造管理・品質管理」に起因する問題から医薬品供給に問題が生じています。漢方製剤の国内需要拡大にともない、安全で安定した確保のために、国内における生薬栽培供給も課題となってくるでしょう。

まとめ

今回みてきたように、漢方医学は科学的解明が進み、医療の現場で使われる機会が増加しています。

西洋薬と比較すると病名と1:1対応になっていないことから、その効き目がわかりにくくどうしても「本当に効くのか」とマイナスイメージを持たれがちな漢方薬ですが、患者さんの体質と症状に合わせて処方でき、上手に使うことで西洋薬では解決できない問題をズバッと解決してしまうポテンシャルを秘めています。

西洋医学と漢方医学は決して相反する存在ではありませんから、両者をうまく組み合わせることが重要です。

秋谷 進

東京西徳洲会病院小児医療センター

小児科医  

(※写真はイメージです/PIXTA)