米国株暴落の季節の始まり

 秋は米国株暴落の季節である。

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 米国株が大暴落する時はドルも大暴落する。2008年のリーマンショックの後、1ドルは100円台から75円まで下落した。

 リーマンショックを生んだのは、サブプライムローンという米国の特殊な不動産問題だった。それでも日本に激震が走った。

 今、日本が保有する外国株式の3分の2は米国株だ。若い世代もNISA(少額投資非課税制度)などを通じて米国株を多く保有する。米国株大暴落が日本に与える影響はリーマンショック以上になるだろう。
 
 米国株暴落は秋に起きてきた。

 リーマンショック2008年9月15日に始まった。1日の下落としては史上最大であったブラックマンデーは1987年10月19日に起きた。

 そして、世界大恐慌は1929年10月24日の暗黒の木曜日の米国株暴落から始まった。

 米国株の暴落が秋に多いのは、市場参加者の「季節要因」による。

 米国株市場に大きく投資するほとんどの金融機関やファンドの決算は11〜12月であり、「利益確定」と「ボーナス確定」のために、多くのトレーダーは決算前の秋に「手仕舞い売り」をするから、下げやすい。

 特に、今のように、プロから見て「高値」「割高」の時は手仕舞い売りが大きくなる。

 しかも、3日間で大暴落したリーマンショックのように、米国株の大暴落は津波が深海を伝わる速さ(水深5000メートルで時速800キロ) で起き、世界に広がる。

手仕舞いが連鎖するアンワインディング

 これに対して上昇は潮の流れ(黒潮で時速7キロ程度)のように遅い。

 リーマンショック後の14年間のように、長い時間をかけて上がる。
著しく非対称的だ。

 米国株がおそるべき速さで大暴落する原因は、米国株の「構造要因」にある。 

 米国株では、「レバレッジ」が膨張させた巨大な「ポジション」を、急落した時の「アンワインディング」が短期的かつ強制的に収縮させ、下落が引き金となり、大暴落になるという「構造」が存在する。

 米国株市場を支配している巨大な大手証券会社やヘッジファンドは、「レバレッジ」つまり、借金して株を買う。

 借手に貸す「貸手」のほとんどは銀行や「信用取引」であるが、貸手には「リスク管理」のルールがある。

 それは、借手のポジション、つまり貸手の資金を使って借手が「張っている」株の価値が、一定の下げ幅を超えた場合には、これ以上、借手の損が膨らみ貸手に借金返済できなくならないために、借手の所有する株(貸手は借手の保有株を担保に取っている)を自動的に「手仕舞い」、つまり売ってしまう。

 これを「アンワインディング」という。

 こうした株式市場の仕組みは、日本など米国以外の諸国にもあるのだが、米国株市場の大きな特徴は「レバレッジ」の倍数と規模が桁違いに大きいことだ。

 1兆円程度の自己資本を100倍の100兆円規模のポジションまでレバレッジをかける、つまり借金で膨らませることもよくあることだ。

暴落局面ではヘッジが無効に

 もちろん、その際には数理統計的な「クウォンツモデル」による精密な「ヘッジ」をかけているはずだから、「ネット」のリスクレベルはとても小さいという「理屈」で説明され、貸手もその理屈を受け入れている。

 しかし、それは平時の話だ。

 リーマンショックに限らず、相当の暴落局面ではこうした「ヘッジ」が効かなくなる。過去の統計的関係が無効になることがむしろ一般的だからだ。

 なぜだろうか。

 それは、米国株の大暴落が起きると非常に大規模に強制的な「アンワインディング」による大規模な手仕舞い売りが起きるからだ。

 そして市場全体にアンワインディングが起きると、市場のポジション総額は激しく縮み、過去の統計関係からの歪みや破壊が起きる。

 暴落が始まれば、アンワインディングによる強制手仕舞い売りが広範に起こり、それが新たな下げ圧力を生み、下げが下げを呼ぶ。

 そうなると、株式市場の本来の役目である企業の資金調達はとても難しくなる。リーマンショックの後は、有望企業でも資金調達が困難になったのはいい例だ。

 資金調達困難が次の経営危機を誘発する。

 リーマンショックでは、買手の金融機関やファンドの破綻、貸手の金融機関の破綻が不動産の暴落と一般企業の破綻を誘発して、さらなる暴落の津波を引き起こした。
 
 今の米国株は下げ材料満載である。

割高な米国株は歴史的水準に

 まず、英エコノミスト8月12日号によれば、「米国株は数十年来で最も割高」である。利益に対しても(PER)、純資産に対しても(PBR)、歴史的な割高水準だ。

 リーマンショック以降、グローバリゼーション、IT革命、AI革命、そうした米国株のブームに日本をはじめとした海外投資家も参加して株価を押し上げてきた。

 しかし、米国企業の借金依存度は歴史的最高水準だ。過去10年間、米国上場企業は「株主還元」の美名のもとに、純利益を上回る自社株買いと配当をしてきた。足りない分の原資の多くは借金だ。

 だから、金利上昇に弱い。

 GAMFAのように、実質無借金で株主還元ができるのは、ごく一部の超優良企業だけだ。多くの米国企業は「株主還元」の圧力で無理を重ねてきたのだ。

 大地震の前兆のように、今、米国株大暴落の前兆が多く現れている。

 金が最高値を更新したのもその一つだ。商業不動産の値下がりや金融機関の経営悪化も見られる。

 そして、最大の前兆は、コロナでいったんゼロになった後、上がり続けてきた金利だ。

 理論的には、金利が上がれば、企業利益の割引現在価値を表す株価は下がらなくてはいけない。

 8月23日日本経済新聞を見れば「米金利、16年ぶりの高水準」であり、8月26日には米国の金利水準を決めるFRB議長が「インフレ率高すぎる~適切なら追加利上げ用意」である。

熱狂の中心はAI

 ところが、米国株はFRB議長の「追加利上げの用意」の発言後に上昇した。典型的なバブルの熱狂状態だ。

 熱狂の中心はAIだ。テスラやGAMFAなどの「割高になった大手IT株」からAI関連銘柄に物色対象がシフトしている。
 
 しかし、熱狂に根拠はあるのか。

 フィナンシャルタイムズ(FT)のイノベーション・エディターのジョン・ソーンヒルは8月23日日本経済新聞で「生成AI、熱狂への警鐘」という記事の中で「大半の(AI)スタートアップが破綻する」ことを予想している。

 米国株の熱狂が崩壊した例は歴史上多い。

 1999年ミレニアムお祭り騒ぎの中で生まれたITバブルは2001年には崩壊して、NASDAQ指数はわずか2年でピークの5分の1にまで暴落した。

 今回の熱狂は、GAMFAやテスラで始まり、AI銘柄が脚光を浴びているが、広義のITバブルの再現に見える。

 日本では、1980年台に「債権大国」「ジャパンアズナンバーワン」と多くの日本人が本気で信じ込んで、日経平均1989年末には4万円に迫ったが、バブルが破裂し、リーマンショック後の2009年にはピークの5分の1以下の7054円まで下落した。

 しかし、これから起きる米国株式市場の大暴落が生み出すのは、新たな「21世紀型大恐慌」になるだろう。

 21世紀型大恐慌は、米国株式市場の大暴落が第2次世界大戦を生んだ戦前の大恐慌と細部は異なるが、米国の政治経済システムの不全、経済と社会の危機の世界への広がり、ますます深まる様々な国家や体制間の対立、戦争や紛争の広がり、さらには世界大戦のリスク、という意味では共通するものになるだろう。

 しかし、さらに重要な対立が現れる。人類と地球の対立である。

「人新世」というゾッとする言葉がその一端を表している。

 化石燃料の使用による地球温暖化と異常気象だけでなく、世界人口の爆発的増加、生態系や土壌の破壊、水の枯渇、砂漠化、自然環境破壊など、産業革命以来200年を超える人間の活動が、人間の住み家である地球の容量を超えて、地球環境は回復不能に近づいている。

 地球は人類なしで存続できる。

 しかし、人間は地球なしで生きていけない。

 宇宙空間に出た人の多くは、暗黒の広大な宇宙の中に浮かぶ青く輝く地球がいかに唯一の「奇跡の星」であり、地球のサポートなしにいかなる星への移住など不可能であることを思い知らされる。

 21世紀型大恐慌から始まるこれからの30年間は、世界大戦の恐怖とともに、「われわれ人類は存続できるのか」、このはるかに大きな難問を世界中の「人類」という一つの「種」に対して突きつけ、人類が自らを救うことができるのかを問いかけるだろう。

(「21世紀型大恐慌」(PHP出版)参照) 

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  植田日銀総裁はバーナンキになれるか(21世紀型大恐慌シリーズ11)

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