日本の法律をものともせずビジネスを展開していた世界最大の暗号資産取引所「Binance」ですが、日本の暗号資産取引所の買収を決めてから、法律順守の方向へと大きく舵を切りました。この変化の背景と、日本在住者が引き続きBinanceで取引する方法を取り上げます。※本記事は、OWL Investmentsのマネージング・ディレクターの小峰孝史弁護士が監修、OWL Investmentsが執筆・編集したものです。

日本国内の会社が、日本の法律を守るのは当然だが…

日本の領土の中にある会社は、日本の法律を守るのは当然です。しかし、外国(日本以外の国)の法律を守る必要はありません。

同様に、たとえば香港にある保険会社なら、香港の法律を守るのは当然ですが、他国である日本の法律を守る必要はないはずです。

しかし現状では、日本の法律が、香港の保険会社に対して「香港内で通常に営業している場合でも、日本居住者に対して保険商品を売ってはいけない」と禁止しているのです。

同じく、日本の法律が外国の暗号資産取引所に対して「自国内で通常に営業している場合でも、日本居住者に対して暗号資産のサービスを提供してはいけない」と禁止しているのです。

ところが、日本の規制当局(金融庁)がこの「禁止」というルールを守らせることは簡単ではありません。

日本の規制当局は、日本の領土のなかであれば、業者に対して立入検査などの実力を行使できますが、外国にある業者に対しては、そうした実力行使はできないからです。

ほとんどの外国の保険会社が「日本の法令」を遵守するワケ

しかし、筆者が香港などで実際に話を聞いた限り、意外にも、ほとんどの保険会社は日本の規制当局の指示を遵守し、日本居住者へ保険商品の販売をしていないのです。

おそらく、こうした香港の保険会社は、日本にもグループ内の系列会社(日本法人)があってビジネスをしているため、グループ全体として、日本の金融庁に背くことはできないという事情があるからだと思われます。

いわば、日本国内のグループ会社が「人質」に取られているため、日本国外の保険会社でも、日本の法規制に従わざるを得ないのでしょう。

外国の暗号資産取引所の多くは「日本の法令」を守ってこなかった

では、保険会社と同様「日本居住者にサービスを提供してはいけない」というルールを課されている、外国の暗号資産取引所の場合はどうでしょうか?

率直にいうと、ルールは守られていなかったと思われます。

世界シェア50%を上回り、世界最大の暗号資産取引所と言われるBinance(バイナンス)ですが、日本でもユーザーが非常に多く、当然のように日本居住者にもサービスを提供してきました。

もちろん、金融庁も手をこまぬいていたわけではありませんが、海外の事業者に対して対抗できる策は限られており、警告を発し、金融庁のウェブサイト上に「無登録で暗号資産交換業を行う者の名称等について」と掲載するのがせいぜいのところでした。

外国の暗号資産取引所から「人質」を取った金融庁

ところが、そんなBinanceのやりたい放題が突然終了してしまいます。

それは、2022年11月30日、日本の暗号資産取引所であるサクラエクスチェンジビットコインをBinanceが買収すると発表した日でした。

同日の日本時間18時、Binanceは日本居住者による口座開設を中止しました。

さらに、2023年5月26日、Binanceは、同年11月30日をもって、日本居住者の既存口座に対するサービス提供も終了することを発表しました。

これは、Binanceが日本進出(既存の取引所を買収)したことにより、日本国内で金融庁の監督を受けるグループ会社ができた、つまり、日本の金融庁に「人質」を取られたことによる、といってよさそうです。

Bainance Japanは、2023年8月1日、営業を開始しました。その取扱銘柄は34種類と日本国内最多を誇ります。

しかし、Binance Globalが300種類を上回っているのにはまったく及びません。また、先物取引を含むデリバティブ取引も扱っていません。

つまり、日本の金融庁がBinanceに日本の規制を守らせたことにより、日本の投資家は不便になってしまったわけです。

日本の居住者が海外の取引所を使う方法

では、日本の暗号資産投資家は、Binance Globalのような海外の使いやすい取引所を使うことができないのでしょうか? とりうる対応策としては、2つ考えられそうです。

➀海外居住者としてBinanceを使う

まず、1つ目の方法は、海外の居住者としてBinanceを使っていく方法です。

日本国籍を持っているからBinanceを使えないということではなく、日本居住者にはサービス提供をしないというだけですので、日本人であっても、日本以外の国・地域の居住者であれば、Binanceの口座開設をする・既存口座を使っていくことはできます。

「海外居住者になる」というと、ものすごく高いハードルを感じるかもしれませんが、ある国・地域の長期ビザを取得し、その国・地域に住所を持つだけで「居住者」になることができます。

アメリカやイギリスのビザを取って移住するのは大変だという話を聞いたことのある人も多いと思いますが、簡単にビザ取得をできる国もあります。

たとえば東南アジアのタイは長期ビザを取得しやすい国のひとつで、高級ホテルやショッピングモールの並ぶエリアにそびえる高層コンドミニアムで暮らす富裕層も少なくありません。

②海外法人を持っていれば口座開設が可能

資産を持ったり契約を結んだりできる存在は人間だけのはずですが、会社(法人)の場合も「法律上は〈人〉である」というフィクションにより、資産を持ったり契約を結んだりすることが可能です。

筆者が多くの事例を見てきた香港や中国でいうと、オーナーは中国本土に住んでいるけれども、香港やカリブ海のタックスヘイブンに会社を持っている例が非常に多くみられます。

自分の体は中国本土にありながら、「自分の分身」が香港やカリブ海のタックスヘイブンにあるようなものです。

では、その「海外にいる自分の分身」である海外法人(たとえば香港法人)がBinanceに対して、サービス提供を求めたらどうなるでしょうか?

Binanceとしては、香港法人が口座開設を求めてきたのを断る理由もなく、こうした法人による口座開設は認められてしまうのです。

香港法人やオフショア法人(BVI法人など)の年間維持コストは、50万円~100万円程度ですから、暗号資産取引で100万円を上回る利益を得ている人であれば、香港法人やオフショア法人(BVI法人など)を設立して取引をするのは、十分ペイする、むしろお得な話です。

世界最大の暗号資産取引所であるBinanceの事例を考えてきましたが、人も金も国境を越えて動く現代、一国の法規制だけで国民の自由を縛ることは難しいということがよくお分かりいただけたと思います。

小峰 孝史 OWL Investments マネージングディレクター・弁護士

(※写真はイメージです/PIXTA)