戦地から罵詈雑言でロシア軍や国防省を非難するそのキャラクターは人気が高く、出身地のサンクトペテルブルクやワグネルが蜂起したロストフでは追悼スポットが設けられた
ウクライナ侵攻で存在感を増し、ロシア国民の人気も高かったワグネルのドンが、はるか上空で謎の死を遂げた。
プーチン大統領の古い友人で、汚れ仕事を請け負う代わりに利権を手にしてきた男は、2ヵ月前の"裏切り"の代償として粛清されたようだ。プリゴジンの身に何が起きたのか、なぜ今になって消されたのか――緊急検証！
【1】諸説飛び交う墜落の「原因」
ロシアの民間軍事会社ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジンら10人が搭乗していたとされるプライベートジェット機が現地時間8月23日午後6時過ぎ、モスクワからサンクトペテルブルクへ向かう途中に高度8534mでフライトレーダーから忽然（こつぜん）と姿を消し、墜落した。
今年6月、国防省との対立からワグネル部隊をモスクワへ向け進軍させたプリゴジンの行為を、プーチン大統領は"裏切り"と呼んだ。一度はベラルーシへ亡命のような形で出国したが、結局2ヵ月後に「消された」ことになる。
墜落したプライベートジェット機の機種はブラジル製の「エンブラエル135・レガシー600」で、過去に不具合による事故例はない。フライトレコーダーはすでに当局が回収したと発表
ただ、この事件にはいくつかの謎が残る。ひとつ目は墜落の「原因」だ。
映像を見ると、機体は白い煙を吐きながらフラットスピン（水平方向に回転）し、操縦不能状態で落下を開始。その後、尾翼とエンジンが落ち、次に右主翼も落ち、ついには機首を真下にして地上に激突、爆発炎上した。
プリゴジンが搭乗していたとされる航空機の墜落地点はモスクワから北西約300㎞。ワグネルのナンバー2や＂金庫番＂も同乗していたという
航空自衛隊那覇基地・302飛行隊隊長を務めた元空将補の杉山政樹氏が解説する。
「機体は相当なダメージを受けて制御不能になっていた。なんらかの不具合が起きて不時着を試みたのではなく、機内で何かが爆発したか、あるいはミサイルなどで攻撃されたか、ともかく意図的に起こされた強い衝撃が原因であったことは間違いありません。
フラットスピンに入ると、機体には強烈なGがかかります。高速での急旋回を想定している戦闘機ならまだしも、民間航空機の機体はそのGに耐えられず、機体の弱い部分からはがれるように落ちていったと推定できます」
最したとみられ、無線通信の記録もなし。機体やシステム初の爆発で操縦機能も電気系統も喪失の不具合ではこうはならない
事故直後にはミサイルで撃墜されたという情報も飛び交ったが、フォトジャーナリストの柿谷哲也氏はこう言う。
「地対空ミサイルなら排煙が残るので、目撃者がいるはず。そうではなく、おそらく爆発物が機内の後部荷物室に仕掛けられたのだと推測します。荷物室の上は最初に落ちた尾翼、両横はエンジンですから」
このプライベートジェット機は、「緊急修理」で出発が数時間遅れたとの情報もある。このとき、荷物に見せかけた高性能爆弾を運び込む時間は十二分にあったはずだ。
【2】手際が良すぎる「死亡認定」
ふたつ目の謎は「死亡認定」までの不自然な手際の良さ。
プライベートジェット機に慣れた搭乗者なら、高い高度では座席ベルトを外すのが普通だ。リラックスして座っていたか、あるいは立ち歩いていたか。そのとき爆発が起き、機体後部が吹き飛んだら――。
「操縦席にベルトで固定されているパイロットを除く搭乗者は外に投げ出され、人体はバラバラになってしまい、広い範囲に分散して落下していく。つまり、本来なら点々と発見されるであろう遺体の一部をDNA鑑定しない限り、誰が亡くなったかは断定できないはずなのです」（杉山氏）
墜落した機体の近くで遺体袋を運ぶ救急隊員（右後方に見えるのは左右どちらかのエンジン）。8000m以上の高度で機外に投げ出された人間の体はバラバラになってしまうというが......
機体から最初に分離し、先に落下したとみられる垂直尾翼。右主翼の墜落地点とは約500m、機体前部とは約2㎞も離れていた
ところが、ロシア当局は同日中に搭乗者全員が死亡したと発表し、翌日にはプーチンが"哀悼コメント"まで出している（その3日後、当局はDNA鑑定でもプリゴジンだと確認されたと発表）。まるで事故が起きる前から、プリゴジンの死が予定されていたかのような手際の良さだ。
「状況に不自然な点は多く、例えばほかの場所でプリゴジンを事前に殺害し、遺体を墜落現場に運び入れた可能性さえ否定できません。ともあれ見せしめとしてセンセーショナルな死を演出するには、飛行機の墜落という形が必要だったのでしょう」 （杉山氏）
プリゴジンは事故の2日前、＂ワグネルの反乱＂以来初めてSNSに動画を投稿していた。場所は「アフリカのある国から」としていた
【3】なぜ「今」だったのか？
3つ目の謎は、なぜ「今」だったのか。国際政治アナリストの菅原出いずる氏はその舞台裏をこう推測する。
「直接の引き金になったのは、8月21日にプリゴジンがSNSで発信した動画ではないでしょうか。プリゴジンはアフリカでの活動継続を宣言しましたが、これはプーチンにとってはレッドラインだったのだと想像します。
6月の謀反の後、プーチンはGRU（露軍の情報機関）を使ってワグネルのアフリカ利権の乗っ取りを開始しました。
利権をすべて失うと危惧（きぐ）したプリゴジンは、7月末にサンクトペテルブルクで開かれたロシア・アフリカサミットの現場に行きましたが、会場に入ることすらできませんでした。ここできっぱり諦めていれば、死ぬことはなかったかもしれません」
レストランやケータリング事業を営んでいたプリゴジンには＂プーチンのシェフ＂という異名も。その古い＂元友人＂の殺害指令を出したプーチンの心境やいかに（写真は2011年のもの）
謀反の後、プーチンは古い友人を国外へ追放することで「ギリギリ許した」。一方、プリゴジンはどうやら「完全に許された」ととらえ、また自由に動き始めた。この点が命取りになったと菅原氏は言う。
「もともと裏仕事専門だったはずの男が、ワグネルを率いてウクライナ侵攻で功績を上げ、人気も出たことで"目覚めてしまった"。それで判断を間違えたのかもしれません」
墜落の翌日、プーチンは"哀悼コメント"でこう語った。
「プリゴジン氏は1990年代初めから知っている。有能な人物だったが、いくつか深刻なミステイクを犯した」
プーチンに＂敵認定＂された人物の不審死は数知れず。反プーチン派ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤは2006年に自宅アパートのエレベーター内で射殺体で発見された
昨年12月には、SNSでウクライナ侵攻を批判したとされるロシアの富豪パベル・アントフが滞在先のインド東部オリッサ州のホテルでテラスから転落死（現地警察は事故と発表）
プーチン政権の闇を暴露した元FSB職員アレクサンドル・リトビネンコは2006年、亡命先のロンドンで元同僚に放射性物質ポロニウム210を盛られ殺害された
取材・文／小峯隆生 写真／アフロ
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