経済産業省8月31日に提出した「令和6年度税制改正要望」において、中小企業の事業承継における相続税贈与税の納税猶予・免除を定めた「特例事業承継税制」の期限延長が盛り込まれた。2021年12月の「令和4年度税制改正大綱」では「申請期限」の1年延長を認めた一方で「適用期限」については延長を認めておらず、今回の要望はその見直しを求めるものだ。背景に何があるのか。税理士・黒瀧泰介氏に話を聞く。

特例事業承継税制とは

まず、今回、経産省が延長を要望した「特例事業承継税制」とはどんなものか。事業承継において生じる「税金」の問題に触れながら解説します。

◆事業承継では「後継者の贈与税相続税の負担」が発生する

事業承継とは、事業を後継者等の他の人に承継してもらうことです。主に、親族に承継させる場合と、従業員等の「アカの他人」に承継させる場合の2パターンに分かれます。また、個人事業主であれば事業用資産の承継、会社であれば自社株式等の承継ということになります。

さらに、経営者が生きているうちに「贈与」によって承継させる場合と、経営者が亡くなって「相続」によって承継させる場合とが考えられます。いずれも後継者には課税の問題が発生します。贈与によって承継する場合は「贈与税」、相続によって承継する場合は「相続税」です。

優良企業であればあるほど、後継者に課される贈与税相続税は高くなります。なぜなら、業績が好調でキャッシュも潤沢にあるとなれば、事業用資産や株式等の評価額は高くなってしまうからです。

◆特例事業承継税制は後継者の税負担を「実質ゼロ」に

特例事業承継税制は、後継者の贈与税相続税の負担を実質的に免除、つまり「ゼロ」にしてあげようというものです。厳密にいえば、後継者は贈与税または相続税について「納税猶予」を与えられます。そして、その後、後継者が事業を継続し、次の代に事業承継した段階で、納税義務が「免除」されます。

特例事業承継税制を利用するには、税理士等の「認定支援機関」の協力を得て「特例承継計画」を作成し、都道府県に提出する必要があります。また、承継後、一定期間、従業員の雇用の確保等の要件をみたすことが求められています。

事業承継税制はもともと、法人についてのみ2008年に導入されましたが(「一般措置」といいます)、税制優遇措置が不十分で、かつ、要件も厳しいということで、使い勝手が悪いと指摘されていました。そこで、2018年税制改正で導入されたのが「特例措置」(特例事業承継税制)です。この際、法人についてだけでなく、個人についても納税猶予の特例が新設されました。

法人に関する一般措置と特例措置の主な違いは【図表1】の通りです。

経産省が特例事業承継税制の延長を要望した理由

政府は、2021年12月に発表した「令和4年度税制改正大綱」において、特例事業承継税制の「特例承継計画」の提出期限が2023年3月31日だったのを1年延長して2024年3月31日までと設定しました。他方で、適用期限(2027年3月31日)の延長は認めませんでした。適用期限とは、それまでに事業承継を完了してください、という期限です。

あくまでも特例は特例として、2027年3月31日までの間に、事業承継を完了してもらうというのが既定路線だったということです。

しかし、経産省が今回提出した要望は、これに修正を求めるものです。特例承継計画の提出期限も、適用期限も、いずれも延長してほしいということです。

背景としては、特例事業承継税制のニーズが依然として高いことが挙げられます。

経産省は、特例事業承継税制の創設当時、経営者の年齢で最も多かったのが65歳~69歳で全体の約18%を占めていたのが、2022年段階で約14%へと3割減少したので、「一定の進展がみられた」としています。しかし他方で、コロナ禍や物価高等の影響で事業承継の具体的な検討が遅れており、2022年時点で以下の問題が発生しているといいます(【図表2】参照)。

・70代以上の経営者が約28%を占めている(2017年当時は約23%)

・60代の経営者が約27%を占めている(2017年当時は約32%)

【図表2】をみると、2017年2022年を比較すると、60代の経営者の割合が32%から27%へと減少していますが、これは今なお高い数値であるといえます。また、70代以上の経営者の割合をみると23%だったのが28%へと増加しています。そして、60代以上の経営者の割合を合計すると2017年でも2022年でも55%とほぼ同じです。

全体としてみると、事業承継が進んでいない実態がみてとれます。経産省が特例事業承継税制の期間延長を求めた背景には、このような事情があります。

事業承継に伴うその他の重要な問題点

なお、事業承継で解決すべき問題は、贈与税相続税のことだけではありません。前提として後継者が決まっていなければ、事業承継自体が困難です。

また、自社株式を後継者が承継するにあたり、他の相続人との間でトラブルが発生する可能性があります。すなわち、経営者の財産の大部分が自社株式である場合には、後継者がそれを承継することにより、他の相続人の遺留分を侵害する可能性があります。その場合、後継者は、代償金を支払わなければなりません。

このように、事業承継については、事業承継税制が手当てする贈与税相続税の問題以外にも、解決しなければならない問題があります。また、親族や従業員への承継が難しいのであればM&A(事業売却)等の選択肢もあります。複数の問題が絡み合い、事業承継がスムーズにいかないケースもあります。特例事業承継税制の延長も含め、中小企業の事業承継等を包括的にサポートする体制の整備が求められているといえます。

黒瀧 泰介

税理士法人グランサーズ 共同代表

公認会計士

税理士

(※画像はイメージです/PIXTA)