元受刑囚や生活保護受給者、元ヤクザや自己破産者、DV避難者など「ワケあり」な人たちに部屋を貸す大家のことを、ライター兼フリージャーナリストの春川賢太郎氏は「エクストリーム大家」と呼びます。本稿では、春川氏の著書『エクストリーム大家』から一部を抜粋し、エクストリーム大家が、生活保護を受けながら全国を転々とする入居者と過ごした4年間を振り返ります。

全国を転々とする生活保護受給者との交流

エクストリーム大家業では、一般的な大家業では味わえない心温まる経験をすることも少なくない。それがあるからこそ、筆者はエクストリーム大家業を続けているのかもしれない。

「大家さんでっか? ワシ、ネットで大家さんの物件見て、住みたいな思いましてん。明日どうでっか? すぐ行きまっせ!」

リフォームを終えた物件をネットで客付けしていた際のこと。

早速、メールにて問い合わせがあり、急ぎ話を聞きたいというので私は電話番号をメールで折り返した。それから約10秒後、冒頭のように話す年配の男性の声が筆者の耳に響く。その勢いに筆者は圧倒されそうになった。

筆者「いや、明日て……。というかどこからですか? 神戸の方?」

人はどうしても自分の取り巻く環境で物事を判断する癖がある。筆者も例外ではない。今日話して明日での対応となると、商売人としてはありがたいが、いささか疲れる。また急な話の展開は、過去の経験則から得てしてトラブルになりやすい。物事は慎重に進めるほうが、その後がいい結果になることが多い。

電話で話した印象では、悪い人ではなさそうだ。だが、何かが気になる。それは筆者が生まれ育った関西とは違うイントネーションだったからだ。九州弁か、それとも広島弁か。

ただ時折、関西弁や標準語も混じっている。

「えっ、いや福岡ですわ。いやね小指、彼女がね、別れた彼女がね、博多に住んどったんですけど、まあ別れてね。それでもう博多には用なしちゃ。それで次はどこに住もうかと考えとったら、港町・神戸もええなと。昔、住んでたことあるしね」

私は単刀直入にどういう状況かを問うた。生活保護受給者なのか、金融ブラックなのか、どちらでもないグレーゾーンなのかもしれない。そこが気になった。

「あっ、ワシ? (生活)保護ですわ。ええ。B2持ってますねん。あと聴覚とか身体障害もね。家賃とかはご迷惑はおかけしませんよ!」

「B2」とは軽度の知的障害の等級である。ハンディキャップを持っているなら、今は行政が手厚く保護してくれる。平たく言えば手当はある。ゆえに入居させて損はないと、この男性は筆者に告げているのである。

職人が親方に雇い入れを求めて「ワシ、こんな資格持ってますねん」「ワシ、防水工も左官もできまっせ」とアピールしているのと似ている。

筆者「福岡? 遠いでしょう? 明日来るというても交通費かかるし……」

ほとんど「身一つ」で各地を転々とできる理由

正直なところ筆者はこの日、用事もあり内覧は翌週に持ち越してほしかった。だが、来るという入居希望者を拒むわけにもいかない。

「いや、カネなら、交通費なら大丈夫。なんかの手当が入りますし、交通費、ワシ、半額やさかい……」

もちろん福岡から兵庫まで内覧に来るというのは自由である。とはいえ、わざわざ遠くから内覧にやってきて入居しないとなると、いささか申し訳ない気もする。

筆者「明日来てもらうのはありがたいねんけど、物件見て気に入らんかったら、いくら交通費半額やゆうてもね。高いお金払ってきて、なんにもならへんから悪いわ。ええん?」

こう筆者が念押しすると、電話越しの男性は明るく弾んだ声でこう話す。

「ええもなにも、ワシ、もう神戸に住むと決めてん。せやからなガラガラキャリーバッグ)にちょっとした着替え詰めて、そっち行くわ。大家さんに断られても、ほかの神戸の物件に入るから。心配無用や!」

家財道具はどうするのか、いきなり引っ越しといってもそう簡単なものではない。それを聞くと、何をか言わんやとばかりにこう返してきた。

ええねん。どうせNPOからの頂きもんやし。パンツとシャツさえあったら、服やテレビや洗濯機とかタンスも全部、支援団体がなんとかしてくれるし。もう福岡は飽きたんや。神戸で新しい彼女、早よ見つけなあかんしな」

何かにつけて大家に奢ってくれる入居者

翌日、この男性はキャリーバッグと福岡土産の辛子明太子ひよ子饅頭を持って新幹線で神戸までやってきた。

内覧時、ほとんどその内部を見ることなく、物件に入るなりこう声を張り上げる。

「大家さん、ここにするわ! 2年くらい世話になる思うけれどよろしく!」

この男性が語るところによると、身体障害を抱えているため活発には働けない。しかし、それを不自由だとか、ましてや不幸だと思ったことはないという。

「役所駆け込んで、『ワシ、働けませんねん』とちゃんと理由をゆうたら、なんとかしてくれるよ。せやからワシ、保護受けながら、あちこち全国回ってるねん!」

こう言うなり、次の言葉を継いだ。

「今日からでええか? 布団、持ってこないかんね。どっかNPOに連絡取るわ」

今日やってきて今日、もう入居して住むという。正直、筆者にはその想定はなかった。今やWi-Fi完備だの、冷蔵庫や収納家具完備といった賃貸物件も増えている。だが、一般的に不動産賃貸業といえば、やはり家を貸すだけと考える大家は多いだろう。筆者もそのひとりだった。

筆者「NPOってゆうたかて……。どこか買いに行く?」

地元NPOの手厚い支援

うちでは、入居者が引っ越してくる際には引っ越し祝いを兼ねて巻き寿司や簡単な総菜を渡すようにしている。これは、「一般的な大家とは違い、私はあなたを見守っています(目を光らせていますよ)」というメッセージでもある。

費用もそれなりにかかるといえばかかるが、慈善事業的な意味合いもあるのでずっと続けている。布団も今回は筆者のほうでサービスしてもいいかと思った。

「いや、大家さん、そんなんせんでええよ。NPOにゆうたらもらえるやろ」

男性が語るところによると、布団や照明器具、テレビ、収納家具、洋服などの着替え……、そうした一切合切は地元のNPOに連絡を取れば、すべて揃うのだという。

筆者もNPOと付き合いはあるが、そうした話は聞いたことがなかった。いや、聞こうとしなかったというか、興味がなかったのだ。だから知らなかった。

筆者「そしたらそれでええか? ほか、なんか俺にできることある?」

大家として、行政への手続きなど諸々やることはある。それに福岡の家をどうするのかも気になった。

「あっ、それはもうええわ。ほっといたらNPOがなんとかしてくれるやろ。所有権放棄します―ゆう書類作って大家に送ったら、もう終いや」

驚く筆者をよそに、男性はさらに続ける。

「入ってすぐでなんやけど、ワシ、ここ出ていくときもそうさせてもらうさかい。家の中のもんはすまんけどな、大家さんのほうで処分しといて」

一応、2年はいてもらうという約束でこの男性はこの日から入居した。その間、3月末になると「大家さん、花見行こうや」、夏になると「暑気払いや」、冬は「クリスマスや」と、何かにつけてご招待してくれる。

甚だ失礼な物言いだが、こういう場合ほとんどは、誘うだけ誘ってその費用はすべて誘われた筆者が持つことになる。しかし、この男性は違った。気前よくデパ地下の花見弁当や近所の中華料理店の仕出し弁当をご馳走してくれた。ビールに焼酎、日本酒も飲ませてくれる。

筆者「ええん? 俺もいくらか出すし、酒の類なら買ってくるよ」

「ワシ、奢られるの苦手やねん」

頑として受け取らない。受け取ってくれたのは、せいぜい筆者の東京出張時のお土産くらいだった。

「エクストリーム大家」にしか経験できない「感動体験」

この入居者との付き合いも気がつけば3年を超えていた。2年はいるという約束だったので、もうお別れの時期が近づいているのだろうなと思っていた。大家としては退去に向けて、リフォームや清掃する箇所を把握しておきたかった。だが、その後も退去する気配はなかった。

「大家さん、この家、気に入った! もっとおるで」

そう言いながら、もう4年が経とうとしていた。4年も住めば、そのままさらに長く住んでくれると思うだろう。だが、この男性が入居時に自ら語ったところによると養護学校の高等部を卒業後、ずっと生活保護を受けて全国を転々としてきたという。ふと気が向けば、よそに引っ越す可能性のほうが高そうだ。

別れは唐突にやってきた。

ある日の深夜、筆者は雑誌の入稿作業に追われていた。携帯電話にメールが届いた。男性からである。

〈大家さん、世話になった。恩に着るわ。また会おな。荷物は全部やるから、すまんけど処分しといて〉

筆者は、返信を打った。

〈ありがとう。元気で。また遊びに来てや!〉

退去後すぐに清掃やリフォームを済ませ、次の入居者も入った。それから半年くらいが過ぎた頃、筆者の携帯が鳴る。あの男性からである。

「大家さん、元気か? ワシ、あれから札幌行ったんや。今、旅行や。土産もあるし、飲みに行こうや!」

学校の先生がかつての教え子から連絡をもらったときの気持ちとはこんなものなのだろう。エクストリーム大家をやっていてよかったと思う瞬間だ。

神戸市兵庫区――ディープな場所にあるスナックに案内された。相変わらず奢ってくれる。嬉しいがちょっと複雑な心境だ。

奢ってもらったことを聞いた妻は筆者にこう言う。

生活保護受給者に奢ってもらう大家!」

こうした入居者との触れ合いは、エクストリーム大家でしか体験できない。

春川 賢太郎

ライター・フリージャーナリスト

(※写真はイメージです/PIXTA)