インフレ局面を迎える中、安易に値上げをすれば顧客を失いかねず、価格を据え置けば利益は削られる。多くの企業にとって、今、「価格戦略」は最も重要な課題の1つだろう。当連載は、製品の販売価格をマネジメントする「価格支配力」により、高い利益率と成長を両立させるマーケテイング戦略、価格戦略について解説した書籍『価格支配力とマーケティング』(菅野 誠二、千葉 尚志、松岡 泰之、村田 真之助、川﨑 稔著/クロスメディア・パブリッシング)から一部を抜粋・再編集してお届けする。
第1回は、クラフトビール市場を拡大するキリンビールの事例をもとに、顧客のインサイトを捉え、顧客価値を創造するイノベーション手法「カテゴリーずらし」をひも解く。
<連載ラインアップ>
■第1回 クラフトビール市場を広げたキリンビールの「カテゴリーずらし」とは?(本稿)
■第2回 「Sony listens.」とプロが称賛、ソニー「感動」のマーケティング戦略
■第3回 10年間で売上が約8倍、高収益企業スノーピークの「超上澄み価格設定」とは?
■第4回 圧倒的な付加価値を創出、日東電工の「三新活動」「ニッチトップ戦略」とは?
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レファレンス・フレームを外し、カテゴリーをずらしてマーケティング・イノベーションを起こす
キリンビールはクラフトビールのマーケットを広げようとしている。スプリングバレーシルクエール350㎖は1本あたり265円、芳醇は225円である。これまでの主力商品、ラガーや一番搾りは196円なので、シルクエールはビールの1.35倍のプレミアム価格になる。
キリンビールのクラフトビールマーケット拡大の意図は、酒税法の変更を事業機会と捉えたプロダクト・イノベーション狙いである。ただ、価格支配力を保持しているビール銘柄は限られている。プレミアムビールがすべて成功しているわけではなく、各社一様に値上げの難しさを感じているのだ。これは消費者、小売店の中に、価格の参照枠/レファレンス・フレーム:特定の対象に関して経験から生まれる総合的な知識が存在するからだ。
たとえば「350㎖のプレミアムビールは何度も飲んだことがあるからわかるよ。コンビニだったら○○円だけど、スーパーの安売りだったら○○円で買えるよね。」といったように、効用値が価格と釣り合っているから買う際に参照する、知識の枠のことだ。
メーカー各社は、この枠から外れることが難しい。
顧客価値の向上とともに値上げした時に、顧客自身が購入する上での言い訳として、「高いけど(レファレンス・フレームを変えて)、自分にとっては既存品〇〇に比べてここがいいんだ」と感じられれば、購入に至る。キリンのホームタップビールサーバーは、月4リッルの定期購買モデルで5060円から購入できる。350㎖換算で一杯あたり約440円、1番絞り196円の約2.3倍である。
これは高いだろうか? しかし実際には、「外出先で生ビールを飲むよりも、安くておいしく飲めるのでは?」という考えが頭に浮かんだ時、購入していただける。「自宅に本格的生ビールサーバーがあるなんて、ちょっとワクワクしないか? 友人に振る舞ったら驚いて、喜んでくれるんじゃないか?」というのもインサイトの1つだろう。
この時、ここに一番搾りだけでなく、差別化の効いたクラフトビールが選択肢に入ってくる。買わない人は総じて「高い」と言うけれど、買う人は「外で飲む生ビールと比較すればお手頃」という顧客価値を感じて買ってくれるのが良いパターンである。
これがレファレンス・フレームから脱出する「カテゴリーずらし」だ。プロダクトの要素もあるが中核は市場カテゴリーや売り方の新提案=コマーシャル・イノベーションであり、外部流通を外して直接顧客に販売するD2Cビジネスモデル・イノベーションでもある。
ある大手外資系企業で長年、ブランドマネジメントに携わり、現在では外資系コンサルティング会社のエグゼクティブを務める方は、次のように仰っていた。
適正売価、原価積み上げでやってきたブランドが急に値上げすると、市場やユーザーといったマーケットにかかわる多くの人たちから見れば、いままでのレファレンス・フレームと比べて、すべて割高にしか感じられなくなる。だから発想を変えて、未来洞察とバックキャストで「こんな顧客価値があるべきだから、今までのやり方ではなく逆算でやろう」という考え方が理想的だ。ちょっと遠くにある事業環境の大きな変化とその際の顧客ニーズの変化を考えて、レファレンス・フレームに囚われない人だけがハイバリューにコミットできて、それがいいと欲している人に向けてビジネスを作る。これが正解ではないか。
このアプローチは、マインドセットで言えばスタートアップと似ている。新カテゴリーを作る、あるいは今までにないものを生み出すような考え方。その起業家にとっては既存市場に対してもエアポケットが見えている。(ホリエモンの)和牛マフィアもそうだが、国内マーケットが小さくても、グローバルで見たらグローバルニッチで意外に大きいマーケットがある。これは国内だけで見るような小さい市場ではない。
潜在的な機会を捉えていて、「誰もやってないなら自分がやろう」というアントレプレナーシップを持った人がうまくいく。
価格支配力を持ち、顧客とハッピーな関係をつくり出せている企業の多くは、マーケティング・イノベーションを実行している。
私たちは示唆に富んだ事例研究を通じて、新しい現実を理解するためのフレームワークを学習して、勝ち筋の抽象化をおこなう。そしてその仕組みと効果を知り、自らの経営にカスタマイズして活かしていく必要がある。
<連載ラインアップ>
■第1回 クラフトビール市場を広げたキリンビールの「カテゴリーずらし」とは?(本稿)
■第2回 「Sony listens.」とプロが称賛、ソニー「感動」のマーケティング戦略
■第3回 10年間で売上が約8倍、高収益企業スノーピークの「超上澄み価格設定」とは?
■第4回 圧倒的な付加価値を創出、日東電工の「三新活動」「ニッチトップ戦略」とは?
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