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答えているようで応えていない答弁の「違和感」(写真:時事通信

「仮定の質問にはお答えできない」

政治家の国会答弁をはじめ、首相や大臣の記者会見で頻出するこの言葉。耳にしてモヤっとすることはないだろうか。

8月8日自民党麻生太郎副総裁が訪問先の台湾で「“戦う覚悟”を持つことが地域の抑止力になる」と爆弾発言。これを受けて、記者から「台湾有事の際に日本は軍事介入するのか」と問われた松野博一官房長官は、「仮定の質問には答えない」と回答した。

他にも用例はたくさん。2021年1月7日首都圏に二度目の緊急事態宣言の発出を伝える記者会見で、記者から「この宣言を延長する場合、今回と同様に1カ月程度を想定しているか」と問われ、菅前首相は「仮定のことについては私からは答えを控えさせていただきたい」と回答している。

岸田首相も、今年3月、日韓政府で合意を得た徴用工訴訟の問題で、“今後、韓国で政権交代が起これば、問題が再燃するのではないか?”と記者に問われ、「仮定に基づいた質問には答えない」と回答した。

こうした政治家たちの姿をみて、「『仮定の質問』というものには答えないでもいいのだ」と思っている人も多いだろう。だが、神戸学院大学法学部教授で政党国家論などが専門の上脇博之さんは、こう指摘する。

「いずれも、的を射た質問だったので、政府の側に〈答えたくない〉という判断があって、その逃げ口上として“仮定の質問”などと言ってごまかそうとしているのでしょう。

『仮定』は2つに分類されると思います。一つは、政府が関係ない、本当に荒唐無稽な仮定の質問です。そうであれば答えようがないが、当然、政府として想定しておくべき問題もある。たとえば、上の台湾に関する質問は明らかに後者ですから、答えて当然の『仮定の質問』になります」

確かに、“明日、宇宙人が攻めてきたらどうするか?”、“突然、すべての水が固形化したらどうするか?”と問われても、政府も回答のしようがないだろう。だが、台湾有事も、緊急事態宣言の延長も、政権交代による韓国の方針変更も、十分に考えられる“仮定”だ。政府はこうした仮定の質問に対して、真摯に対応するべきだと、上脇さんは指摘する。

「想定していないなら〈大変重要な指摘なので、後日想定して回答します〉と答えるべきです。外交的な配慮など理由があって、答えない方がいいというのなら、そう説明するべきでしょう。なぜなら、政府は国民に対して説明責任を負っているからです」

政府が説明責任を負う理由はふたつあるという。

「ひとつは、憲法21条に明記されている国民の“知る権利”を保障するため。もうひとつは、民主主義国家では、権力者の取り巻きだけで政治を行う君主制とはちがって主権が国民にあるからです。

主権者である国民が正しい判断を下すためには、正しい情報や重要な情報を知らされなければならない。国会議員や報道機関は国民に代わって質問しているので、政府は聞かれたことに対する説明責任があります。知っていたら、その政権を支持しなかったということも十分ありえますから」

しかし、これまで政治家は、「仮定の質問」を根拠にした不誠実な答弁が繰り返し、国民は正しい情報を知る機会を逃してきた。

「突拍子もない質問ならともかく、いずれも政府として想定しておくべきことです。『仮定の質問には答えられない』というのは、たいていの場合は、逃げ口上だと言わざるをえません。知る権利を保障し民主主義を実現するためにも国民は説明を求め続ける必要があります」(上脇さん)

「仮定の質問なので答えられない」。政治家のそんな常とう句を聞いたとき、それが“荒唐無稽な仮定”なのか、“ありうる仮定”なのか考えてみるといいかもしれない。