これまでの中国市場の中心は、上海をはじめとする沿岸部や大都市でした。しかしいまでは、比較的低所得層が集う「下沈市場」と呼ばれる地方都市に遷移しています。下沈市場攻略に成功した企業のなかに、SNS型ECプラットフォームを提供する「拼多多 Pinduoduo」がありますが、一体どのようにして新市場を攻略していったのでしょう。本記事では、株式会社伊藤忠総研・主任研究員の趙瑋琳氏の著書『2030年中国ビジネスの未来地図』より、「拼多多 Pinduoduo」のビジネスモデルをもとに、下沈市場攻略のロジックを解説していきます。

国外メーカー軽視の「農村市場攻略」により成功した企業

米中対立で通信機器メーカー大手ファーウェイの先端技術や研究開発能力ばかりが注目されていますが、同社が今の地位を築いたのには巧みな戦略がありました。それが、国外メーカーが軽視した農村市場を攻略してから、都市部の顧客開拓へ、発展途上国から先進国市場へという市場戦略です。

これはかつて中国共産党が「農村包囲都市(農村から都市を包囲する)」戦略で革命に勝利したことを彷彿とさせます。今はファーウェイだけでなく、この戦略をビジネスに展開する企業は増えています。

とりわけ「下沈市場」開拓に注力している企業は、「農村包囲都市」戦略を積極的に実践しています。

※中国の3級都市以下の都市及び農村のこと。9億を超える人口規模、購買力の向上、デジタルの力による加速度的成長の3点から、中国の次なる巨大マーケットとして注目を浴びている。

その中に、SNS型ECで成功したPDD(拼多多 Pinduoduo)のほか、ショート動画配信大手の快手、茶飲料ブランドの「蜜雪氷城(ミシュエビンチェン/Mixue Bing Cheng)」など成功例が多くあります。

「下沈市場」の勝者

「下沈市場」の勝者と呼ばれ、農村ECの代表格である「匯通達(フィトンダ/Huitongda)」もその一例です。2010年に設立された同社は南京に本社を構え、「農民たちにより良い生活」を企業ミッションに掲げています。

消費者向けではなく、ビジネス向けのプラットフォーマーとして、「下沈市場」のパパママ・ストア(零細小売店)や小型スーパー向けの商品・サービス提供を中心に成長しているのです。2021年9月末時点で中国21の省の農村地域において、16万超の会員店と、3億人の消費者ユーザーを擁し、2022年2月に香港上場を果たしました。

これらの成功例は、「下沈市場」に大きなビジネスチャンスが潜んでいることを証明しています。ではこれらの企業が「下沈市場」で成功できた大きな要因はなんなのでしょうか。前述したPDDや快手、蜜雪氷城の事例を中心に「下沈市場」進出の成功のヒントを解き明かします。

下沈市場攻略の典型的成功例「PDD」の巧みな戦略

筆者の前著『チャイナテック─中国デジタル革命の衝撃』(東洋経済新報社)では、中国のトップIT企業のBATH(バイドゥアリババテンセントファーウェイ)を追いかける次世代プラットフォーマーとして新興ECの代表格であるPDDを取り上げ、その成長過程と経営戦略を詳しく描き出しました。

本稿で改めて取り上げる最大の理由は、PDDが「下沈市場」を攻略し、成功を手に入れた典型例だからです。この節ではPDDの成功にとっての「下沈市場」の重要性と、2021年に明らかになった「Allin農業」への戦略転換と可能性を中心に説明します。

PDDが2015年に設立された当時、中国のEC業界は既にレッドオーシャンで、競争が非常に激しい市場でした。最大手のアリババと京東が大きなシェアを握って、同時に専門分野に特化したECサイトが多く存在していました。

そんななかサービスを開始したPDDは、当初、低価格商品が多かったため、「5環外」のユーザー向けのECサイトと揶揄されます。「5環外」は郊外エリアを表す言葉ですが、低所得層を指す意味合いで転用されています。当時、PDDに対して低価格戦略では大きく成長できないとの見方が多かったのです。

創業者で当時CEOを務めた黄峥氏は「5環内(中高所得層)の人にはPDDのことがわからない」と反論しました。要するに、5環内の人がわからなかったのは、これまで取り残されていた「下沈市場」のポテンシャルが非常に大きいということです。

PDDはそれを見据えて、1級都市や沿海部などECの主戦場で戦うことを避けました。低価格戦略を切り札に「下沈市場」というブルーオーシャンに飛び込み、急成長を遂げたのです。設立からわずか3年で米国上場を実現し、現在、中国EC御三家の一角を占めるようになっています。

なお、2022年のPDDのアクティブユーザー数は8億8190万人と、アリババを超えていたのですが、ユーザー増加の限界も見えてきました。

農産物関連流通取引総額は「2018年・653億元」→「2021年・4200億元」で6倍に

こうした中、PDDはデジタル農村の大きな潜在成長力を取り入れた「Allin農業」に新たな活路を求めようとしています。

2021年に入ってからPDDは四半期決算のたびに、研究・開発、特に農業関連の研究・開発への投資を強化し、デジタル技術をベースとした農業サポートを行うことを表明しています。そこでまず行ったのが、同年8月の「百億元農業研究専用基金」の立ち上げです。基金からの継続的な資金投入により、農業関連の人材育成やAIを取り入れたスマート農業の実現に注力し、農村における農業研究・支援基地を設立しているのです。

次に、農産物を消費者に届けるプロセスの強化に取り組みました。PDDの農産物関連GMV(流通取引総額)は2018年に653億元だったのが、2021年に4200億元と6倍以上に増加したものの、全体の17%にとどまっています。しかし、今後はより高い伸びが想定され、物流インフラの整備をはじめ、農産品のブランド化、ライブコマースによる農産品の直売などに取り組んでいます。

果物育成ゲームで「ユーザーの囲い込み」と「農家支援」の一石二鳥

また、PDDは以前から自社アプリ内で遊べる果物育成ゲーム「多多果園」と、その動物版で牛の育成ゲーム「多多牧場」を開発・リリースして、これもゲームとして楽しめるだけでなく、ユーザーの囲い込みと農家支援につながる「一石二鳥」の仕掛けとなっています。

ちなみに、前者は好きな果物の種をもらって、毎日のように水やりなどをしていくと、数日後に収穫を迎えることができ、本物の果物が送られてくるというゲームです。「多多牧場」も似たような仕組みでミルクや乳製品などをもらえます。

プラットフォーマー間の競争が激しい中、ユーザーの利用時間をいかに増やし、利用頻度を高めるかが重要ですが、どちらのゲームにもその効果が期待できます。同時に消費者に農産品を提供する機会を設け、今後の販路拡大につなげる思惑も明々白々です。

趙 瑋琳

株式会社伊藤忠総研 産業調査センター

主任研究員

(※写真はイメージです/PIXTA)