観光庁の宿泊旅行統計調査によると、23年7月の延べ宿泊者数はコロナ禍前の水準を上回りました。外国人の宿泊者数も5カ月連続でマイナス幅を縮小しており、引き続き回復が見込まれています。本稿では、ニッセイ基礎研究所の安田拓斗氏が宿泊旅行統計調査の結果について解説します。

1. 日本人延べ宿泊者数は4ヵ月ぶりにコロナ禍前を上回る

観光庁8月31日に発表した宿泊旅行統計調査によると、2023年7月の延べ宿泊者数は5,282万人泊(6月:4,533万人泊)となった。前年同月比は32.5%(6月:同33.7%)、新型コロナウイルスの影響が出る前の2019年同月比でみると、2.0%(6月:同▲1.1%)となり、コロナ禍前の水準を上回った。

2023年7月の日本人延べ宿泊者数は4,219万人泊(6月:3,599万人泊)となり、2019年同月比は2.9%(6月:同▲0.7%)と4ヵ月ぶりにプラスに転じ、全体を押し上げた。

2023年7月の外国人延べ宿泊者数は1,063万人泊(6月:934万人泊)となり、2019年同月比は▲1.6%(6月:同▲2.6%)と5ヵ月連続でマイナス幅が縮小した。外国人延べ宿泊者数は2022年10月の水際対策緩和以降、回復傾向にある。水際対策はすでに撤廃されており、外国人延べ宿泊者数は引き続き回復することが予想される。

2023年7月の客室稼働率は全体で57.8%(6月:同55.6%)、2019年同月差▲5.5%(6月:同▲5.0%)と、マイナス幅が拡大した。

宿泊施設タイプ別客室稼働率をみると、旅館は37.8%、2019年同月差▲0.7%(6月:同▲2.7%)、リゾートホテルは52.3%、2019年同月差▲7.3%(6月:同▲5.9%)、ビジネスホテルは68.8%、2019年同月差▲7.3%(6月:同▲5.9%)、シティホテルは68.5%、2019年同月差▲12.1%(6月:同▲11.6%)、簡易宿所は29.1%、2019年同月差▲7.9%(6月:同▲7.1%)であった。

2019年同月差では、旅館でマイナス幅が縮小、リゾートホテル、ビジネスホテル、シティホテル、簡易宿所でマイナス幅が拡大した。

2. 日本人の旅行需要は回復基調

日本人延べ宿泊者数は全国旅行支援が開始された2022年10月以降、堅調に推移している。

全国旅行支援は2023年1月10日以降、割引率を40%から20%へ下げ、割引上限額を交通付宿泊旅行の場合は一泊5,000円、それ以外の場合は3,000円、クーポン券は平日2,000円、休日1,000円として運営されてきた。

また、5月8日新型コロナウイルス感染症法上の分類が5類へ引き下げられたことで、使用条件(ワクチン3回接種証明書もしくは陰性証明書の提出)は撤廃されている。

現時点(8月31日)では、23県が9月以降も全国旅行支援を継続するが、この中で、茨城県福井県佐賀県長崎県沖縄県を除いた県では、全国旅行支援の対象が貸切バスを利用した団体旅行のみとなっており、個人旅行は対象となっていない。

47都道府県のうち半分以上が8月末までに全国旅行支援を終了しているうえに、同制度を継続している県の大部分では、貸切バスでの団体旅行のみが対象と対象範囲が狭まっている。また、今後は全国旅行支援を終了する県がさらに増加していく。

しかし、基調として日本人の旅行需要は回復しているため、全国旅行支援による後押しがなくなったとしても、日本人延べ宿泊者数はコロナ禍前と同程度の水準で推移を続けることが予想される。

3. 円安により外国人宿泊者数は回復

2022年10月11日に入国制限の緩和、個人旅行の解禁、短期滞在のビザ免除再開、一日あたりの入国者数の上限の撤廃など水際対策が緩和され、2023年4月29日に水際対策が撤廃されたことで、外国人延べ宿泊者数は回復してきた。

2023年7月には2019年比▲1.6%とほとんどコロナ禍前の水準を回復した。しかし、外国人観光客のおよそ3分の1を占めていた中国人観光客の回復が鈍い。この回復の遅れは中国政府が日本への団体旅行を禁止していたことが主因である。

2023年7月の中国人延べ宿泊者数(従業員数10人以上の施設)は2019年比▲56.3%(6月:同▲65.7%)と韓国(同24.7%)、香港(同▲2.6)、台湾(同4.6%)、アメリカ(同53.4%)、イギリス(同28.5%)など他の国・地域と比較すると回復が遅れている。

外国人延べ宿泊者数(従業者数10人以上の施設)の2019年比は2023年7月には全体が▲8.3%(6月:同▲11.6%)と5ヵ月連続でマイナス幅が縮小し、中国を除いた全体が同17.6%(6月:同12.4%)と3ヵ月連続でコロナ禍前を上回った。

外国人宿泊者数は中国を除くとコロナ禍前を大きく上回っている。中国がコロナ禍前の半分程度の水準にしか回復していないにもかかわらず、全体もコロナ禍前に近い水準まで回復している。足元の円安が追い風となり、今後も外国人宿泊者数は回復基調を継続するだろう。

ただし、8月10日には中国人の日本への団体旅行が解禁されたため、中国人観光客数の回復が予想されるが、処理水放出によって中国の反日感情が高まり、日本への旅行を取りやめる中国人が増加していることには注意が必要だ。

参考

観光立国へ向けた政府の目標と足もとの実績

政府は2023年3月31日に「観光立国推進基本計画」を閣議決定した。この基本計画では、観光立国の持続可能な形での復活に向け、「持続可能な観光」、「消費額拡大」、「地方誘客促進」の3つをキーワードに、持続可能な観光地域づくり、インバウンド回復、国内交流拡大の3つの戦略に取り組むこととしている。計画期間は2025年までの3年間で、インバウンドや国内旅行について目標を掲げている。

訪日外国人旅行消費額の目標は5兆円、2023年1-6月期の実績は2.2兆円となっている。2023年4-6月期には2019年比▲4.9%と大幅に回復しており、目標達成は2023年中となる可能性が高い。  

訪日外国人旅行消費額単価は、目標の20万円をすでに超えており、2022年は23.5万円、2023年1-6月期は20.7万円となっている。しかし、これはコロナ禍で短期滞在の観光客の割合が低下し、ビジネス、留学など長期滞在の割合が上昇したことが原因だと考えられ、今後外国人観光客数が増加するに伴って単価は低下することが予想される。ただし円安による押し上げ効果は引き続き残る。

訪日外国人旅行者数は2025年までに2019年の実績である3188万人を超えることを目標としている。2023年1-6月期の訪日外国人旅行者数は1071万人となり、目標達成は2024年となりそうだ。  

訪日外国人旅行消費額および訪日外国人旅行者数は、2023年8月10日に中国政府が日本への団体旅行を解禁したことで今後、さらに増加していくことが予想される。また現在の円安の為替レートはインバウンドにとって追い風となるだろう。  

インバウンド需要が急回復する一方で、アウトバウンドは回復が遅れている。日本人の海外旅行者数は2025年に2008万人とすることが目標だが、2023年1-6月期の実績は361万人に留まる。円安やインフレが原因の一つだと考えられる。

政府は、2023年3月15日にアウトバウンドの本格的な回復に向けた政策パッケージを策定した。この中で発表された方針では、2国家・地域間での海外旅行者数の設定など覚書の締結の推進や、戦略的・効果的な取組のためのマーケティング調査、安全情報の発信の強化などによって、日本人の海外旅行者数を積極的に増やしていくとされた。  

国内旅行消費額は、早期に20兆円、2025年に22兆円とすることを目標にしている。全国旅行支援など政策の後押しを受けて、2022年は17.2兆円、2023年1-6月期は9.9兆円と順調に回復している。このペースを維持することができれば、2023年中に早期目標の20兆円を達成する可能性が高まる。

しかし、全国旅行支援を終了する都道府県が増加しており、2025年の目標を達成するためには、同政策終了後においても国内旅行消費額を増加させるための制度拡充、人手確保など官民双方の努力が必要だろう。

水際対策の変遷

日本のインバウンド需要が急回復を始めたのは、2022年10月11日に水際対策が緩和されたためである。それまでは、入国前に滞在していた国・地域を色によって区分し、地域によっては、出発前の検査、到着時の検査を実施した上で3日間の待機を課していた。  

2022年10月11日には、それまで禁止していた個人旅行の解禁、一日当たりの入国者数の上限の撤廃、短期ビザ免除の再開など、水際対策が緩和され、ワクチン接種が完了していれば、検査・待機なしで入国できるようになった。  

2022年の年末にはゼロコロナ政策を撤廃した中国で感染者が急増したことで、中国からの入国者に対して入国規制を強化したが、2023年3月にはそれを緩和し、4月には他の国・地域からの入国と同等の措置となった。  

新型コロナウイルス感染症法上の分類が5類へ引き下げられる直前の2023年4月29日に水際対策は撤廃され、コロナ禍前と同じように入国できるようになった。

(写真はイメージです/PIXTA)