賃貸借契約では“2年ごと1万円ずつ増額する”などと、定期的に賃料が改定される「賃料の自動増額特約」が定められている場合があります。これに対し、借主が「協議なしに自動的に家賃が上がるのは不当だ」として貸主に「減額請求」を行う場合、どのようなポイントを押さえておくべきなのでしょうか。弁護士の北村亮典氏が、実際の判例をもとに解説します。

借主による「賃上げ・賃下げ」交渉は法律で認められている

土地や建物の賃貸借契約においては、借地借家法により、賃料の増額または減額の請求が認められています(土地については、借地借家法11条、建物について借地借家法32条)。

この規定は、強行法規とされており、たとえ、契約書で「賃料は増額(または減額)しないこととする」と定められていたとしても無効であり、賃貸人または賃借人は増額または減額の請求ができることとなります。

借地借家法は、賃料の増額または減額の請求ができることの条件として

「土地もしくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地もしくは建物の価格の上昇もしくは低下その他の経済事情の変動により、または近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」

と定めています。

ここで、前提問題となるのは、「増減請求の当否及び相当賃料額を判断するにあたり、基礎とすべき賃料および考慮すべき経済事情の変動等の期間はどのようなものであるのか」という点です。

たとえば、賃料の自動増額特約があるような場合、すなわち、賃貸借契約が締結されてから、3年ごとに賃料が自動で増額する特約が定められているような場合に、賃借人側で地代の減額請求をしたいと考えた場合に、基礎となる賃料および経済事情の変動期間は

・契約締結時点の賃料額と、その時点からの経済事情の変動を考慮するのか

それとも

・特約で最後に増額された時点の賃料額と、その時点からの経済事情の変動を考慮するのか

ということが問題となります。

裁判所は「最後に賃料の合意がなされた時点」と判断

この点について判断したのが、最高裁判所平成20年2月29日判決です。

この判決は、上記の問題について、以下のように述べ、あくまでも「直近で合意した賃料と、その合意時点からの経済事情の変動を基礎とすべき」と判断し、特約によって増額された賃料とその増額時点からの経済事情の変動を基礎とすべきではないと判断しました。

「借地借家法32条1項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するにあたっては、賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(以下、この賃料を「直近合意賃料」という)をもとにして、同賃料が合意された日以降の同項所定の経済事情の変動等のほか、諸般の事情を総合的に考慮すべきである」。

「賃料自動改定特約が存在したとしても、上記判断にあたっては、同特約に拘束されることはなく、上記諸般の事情のひとつとして、同特約の存在や、同特約が定められるに至った経緯等が考慮の対象となるに過ぎないというべきである」。

「したがって、本件各減額請求の当否および相当純賃料の額は、本件各減額請求の直近合意賃料である本件賃貸借契約締結時の純賃料をもとにして、同純賃料が合意された日から本件各減額請求の日までのあいだの経済事情の変動等を考慮して判断されなければならず、

その際、本件自動増額特約の存在およびこれが定められるに至った経緯等も重要な考慮事情になるとしても、

本件自動増額特約によって増額された純賃料をもとにして、増額前の経済事情の変動等を考慮の対象から除外し、増額された日から減額請求の日までのあいだに限定して、その間の経済事情の変動等を考慮して判断することは許されないものといわなければならない。

本件自動増額特約によって増額された純賃料は、本件賃貸契約締結時における将来の経済事情等の予測にもとづくものであり、自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではないから、本件各減額請求の当否および相当純賃料の額を判断する際の基準となる直近合意賃料と認めることはできない」。

したがって、賃料の増減請求を検討するにあたっては、

賃貸人と賃借人とのあいだで、最後に賃料の合意がなされたのはいつの時点か」という事実を把握することが重要となります。

※この記事は2020年4月17日時点の情報に基づいて書かれています(2023年8月25日再監修済)。

北村 亮典

弁護士

大江・田中・大宅法律事務所

(※写真はイメージです/PIXTA)