ゴールデン街で働き、そこで出会った人々との交流を綴った私小説『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』を出版した山下素童さん
ゴールデン街で働き、そこで出会った人々との交流を綴った私小説『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』を出版した山下素童さん

およそ5年前、『タモリ倶楽部』に"痴の巨人"と呼ばれたある風俗ブロガーが登場し、話題になった。その内容とは、「1020人ものデリヘル嬢の紹介文を、テキスト分析ソフトで解析した結果」。マニアックなテーマを扱う『タモリ倶楽部』でも風俗関連の話題は異例であり、その本気のくだらなさから視聴者の好評を得たのだ。

【写真】AV監督と性の悩みや非モテを語った山下素童さん

そんな風俗ブロガーだった彼が、今年7月に私小説『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』を出版した。WEBサイト「よみタイ」の連載をまとめたものだ。

著者の山下素童(しろどう)さんが書いていた風俗ブログ名は、「26歳素人童貞のブログ」。その名のとおり、素人童貞だった。しかし、連載を読めば、知り合いの女性と次々に性交している。著書のタイトルにもある彼女とは、SNSのDMから知り合い、会ったその日に自分の部屋でセックスをしているのだ。素人童貞だった彼が、いつの間にかモテ男に......。

インタビュー前編では風俗にハマった理由や『タモリ倶楽部』出演以降の風俗接待など聞いたが、後編では素人童貞の脱却、モテる男へ変異した理由など、本人に聞いた。


■初セックスは作家仲間の女性!?

――『タモリ倶楽部』出演後に風俗ブログをまとめた『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』を出版。その後、初めて出会った風俗嬢の女性と同棲することになったということですが、結局彼女ではなかった?

山下 男女関係って不思議で「付き合ってください」とは言ってないんですけど、「別れましょう」とは言う。終わった時に彼女だったんだって。同棲中に相手から「私ってどういう存在なの?」って聞かれて、「彼女でしょ」って感じではあったんですけど、曖昧といえば曖昧。好きな気持ちはあったとは思うんですよ。少なくとも暮らしてく中で愛着はありました。

――不思議な関係ですね。ただその方と暮らして素人童貞を卒業したんですか? 著書などで「初めては好きな人とセックスがしたい」というようなことも書いていましたけど。

山下 卒業はその人じゃないんですよ。さっき言った大御所作家がヤってた風俗嬢のコです。当時はそのコがすごく好きで、そのお店に行った時、風俗以外で出会った好きな人とのセックスは完了しました。風俗ではあったんですけど。それもあって同棲したいという気持ちがあったんです。

――願望は叶えたけど、虚しさも残る初体験ですね。では結局、その同棲相手と肉体関係はないままだったんですか?

山下 それはありました。同棲することが正式に決まって、その日に家に来て。ただ、最初に会って同棲が決まった時に、彼女の家に行ってそうなったんですよ。でも僕は風俗ばっかり行ってたわけじゃないですか。だからその時も素股しちゃって。「風俗みたいだからやめて」って言われて、ちゃんとセックスできずに終わりました。

■体験して変わったセックス観

――多少いびつな関係ではありますが、付き合っているような関係の女性とセックスできたことで、自身に変化はありましたか?

山下 素人童貞の頃は、相手を好きな気持ちと、自分を受け入れてほしい気持ちと、セックスしたいという気持ちが混同していたんですよ。好きな人に受け入れてもらうことで最高なセックスができると思ってたんです。でも一緒に暮らして日々セックスするってなると、自分がしたくない時もしなきゃいけないこともあるし、その逆だってある。

自分が好きな時に最高のセックスをしたいということが、あまりにも理想主義だってことがよくわかりました。それを経験してからふと周りを見ると、別にみんな好きな人と最高なセックスがしたいって思ってるわけではないってことが理解できたんです。世の中の人のセックスに対する価値観と大きくずれていて、非モテ童貞の発想だったんだなって。

――ピュアなようで、ひとりよがりな思想だったわけですね。

山下 彼女がいてもセックスできてなかったので、どこかって完全体になってない感じ。その不足な状態を満たすにはセックスが必要って考え方だったんです。でも、セックスしていても関係が上手くいかない時ってある。セックスしたら完全体になるって考え方は、人生のある時期にだけ持つことができる夢想なんだと身に染みて感じました。おかげで自己が不完全なように感じていていても、それが普通なんだとわかったのかもしれません。

著書の刊行記念イベントでは、飲み仲間の漫画家の新井英樹さん、AV監督の二村ヒトシさん、ゴールデン街『マチュカバー』オーナーの麻知子さんと、3時間にわたって自意識や非モテについて語り合った
著書の刊行記念イベントでは、飲み仲間の漫画家の新井英樹さん、AV監督の二村ヒトシさん、ゴールデン街『マチュカバー』オーナーの麻知子さんと、3時間にわたって自意識や非モテについて語り合った

――セックスに対する意識以外に成長した部分はありましたか?

山下 セックスで自分が受け入れられたい気持ちがなくなると、相手が何を望んでるか考えることしかやることない。相手からもここが良くないとか言われますし。それはセックス以外にも生活の中のコミュニケーションでも、です。

相手の言うことを聞くのってすごく嫌いだったんですけど、実際やってみたら関係が円滑になることがすごくよくわかったので。同棲生活で訓練されましたね、修行みたいな感覚でした。

――とはいえ、同棲する前の風俗ブログでも、常に客観的な視線というか、観察力や洞察力が表れていました。相手が何を望んでるか考えることも大事ですが、観察力がないと適切な振る舞いができないはず。観察力はなぜ身についていたんですか?

山下 それは中学生の時の経験ですね。彼女になったコが権力者みたいなコで、夜中に電話してきて自分がもらった賞状とか読み始めたりしてたんですよ。ついていけないなと思っていたら、「別れたくなったら言ってね」とか言ってきたので、「じゃあ別れたいです」って。そしたら「地獄に落としてやるからな」って言われて、次の日から全員に無視されて友達ゼロ。向こうは学校のヒエラルキーの頂点にいるわけで、一気に突き落とされました。

そんな出来事があったので、高校で取り戻そうと心理学や人間関係の本を読んで実践していました。相手の仕草や言葉の背景を読んだり考えたり。とにかく嫌われないようにしようと。おかげで高校生活は友達もできて楽しく生活できたのでよかったですよ。

■濃密な人間関係で鍛えられたメンタル

――自分を守るために身に着けざるを得なかったわけですね。

山下 でも友人関係から恋人関係というか同棲するような相手になると、関係性としてさらに一歩踏み込むわけです。色々気をつけてても一緒に住んでいたら、何かの言動で相手を傷付けたり、傷付けられたり、話し合っても埋まらなかったり。

精神に負荷がかかる期間はけっこうあるけど、メンタルが強くなったのか、相手の意志を感じられるのがいいことだなと思えるようになりました。例えば恋をして振られるってことも、自分の中にマイナスな感情は生まれますが、振られるってことは相手の意志を尊重することでもあるので、それはそれでいいことなんだかなと思えるようになりました。

――同棲生活を経て、深い人間関係を築くことでより器が大きくなっていますね。まさに育てられたというか。著書ではそうした懐の広さや人に対して見せる優しさがすごく感じられました。現在は新宿・ゴールデン街の「プチ文壇バー 月に吠える」で働いていますが、最後に今後の活動や目標を教えてください。

山下 作家としてってよりかはブログとか書き続けられればいいなと思っています。文章だけで商売にするの難しいと思うので。ブログ書くのをまた続けていくくらいですかね。本の出版は目指すっていうよりかは、結果的にそうなったらありがたいくらいのものです。

●山下素童(やました・しろどう) 
1992年生まれ。現在は新宿・ゴールデン街の「プチ文壇バー 月に吠える」で毎週金曜に勤務しているが、基本的に無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』、『本当に欲しかったものは、もう Twitter文学アンソロジー』(共著)、『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。また、集英社ノンフィクション編集部発のウェブメディア「よみタイ」では、「シン・ゴールデン街物語」(全11回完結)が読める。
公式X(旧Twitterr)【@sirotodotei
公式note【https://note.com/sirotodotei/


『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』
集英社 1650円(税込)
どうしたら正しいセックスができるのだろう――
風俗通いが趣味だったシステムエンジニアの著者が、ふとしたきっかけで通い始めた新宿ゴールデン街。老若男女がつどう歴史ある飲み屋街での多様な出会いが、彼の人生を変えてしまう。ユーモアと思索で心揺さぶる、新世代の私小説。

取材・文/鯨井隆正

ゴールデン街で働き、そこで出会った人々との交流を綴った私小説『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』を出版した山下素童さん