セブン&アイによるそごう・西武百貨店の売却劇は、61年ぶりの百貨店ストライキの裏で電撃的に進められた
セブン&アイによるそごう・西武百貨店の売却劇は、61年ぶりの百貨店ストライキの裏で電撃的に進められた

8月31日、日本では61年ぶりの百貨店ストライキが行なわれた。「今日一日なのでなんとか理解していただきたい」と労働組合が顧客に謝るなか、西武百貨店池袋本店は終日営業を中止し、その様子はさまざまなメディアで取り上げられた。

【写真】大量解雇されるそごう・西武の組合員たち

9月1日、親会社であるセブン&アイ・ホールディングス子会社そごう西武百貨店の売却が完了したと発表した。抵抗も空しく、親会社は冷徹に百貨店株を投資ファンドに売却してしまったのだ。

新たに株主になったのが、アメリカの投資ファンドのフォートレスだ。そごう西武百貨店を手に入れた価格はわずか8500万円。買収直後、フォートレス西武百貨店池袋本店の土地をヨドバシカメラに3000億円で売却した。

そして、そごう西武百貨店の社長は西武百貨店入社の生え抜きから、ファンドの代表に交代することも発表されている。ストで戦ったその翌日に、早くもそごう西武百貨店の解体が始まったのだ。

■数百人規模の従業員が解雇へ

結果として2025年には池袋本店の売り場面積は半分となり、残り半分には大家であるヨドバシカメラの店舗が入ることになる。西武百貨店池袋本店には900人の従業員がいるが、改装工事が始まるころにはその約半分が職場を失うことになる。

一般的には会社都合での解雇が発生すると会社がそれなりの保証をすることになるが、今回は職場を失う従業員の仕事はセブンが責任をもつ契約になっているらしい。ファンドへの売却条件が具体的に開示されているわけではないが、ヨドバシの会長はそういうことだとカメラの前で明言している。セブンが引き受けるといっても職場はコンビニかスーパーしか存在しない。百貨店の仕事はもうできなくなる。

「それが資本主義だ」と言ってしまえばそれだけの話だが、なんでこんなことになってしまったのか、当事者ではない読者もきちんと知っておいたほうがいい。

というのは、仕事というものは単なる金を稼ぐ手段ではないからだ。職場は人生の重要な居場所であり、人間にとってそれを失うことは尊厳にかかわる問題だ。西武池袋本店の場合ふたりにひとりがそれを失うことになる。その重大な決定を、前の株主と新しい株主で勝手に決めてもいいルールになっているということが、今回ニュースで明らかになった本質だ。

■百貨店業界で広がる二極化

実は百貨店業界自体は今、二極化していて、高島屋伊勢丹、三越、阪急、松坂屋といった老舗の旗艦店はインバウンドと富裕層の増加で成長産業になっている。一方で地方百貨店はじり貧で、閉店のニュースが毎年のように入ってくる状況だ。

そしてそごう・西武は本来は前者の立地を持つ百貨店でありながら、そうなれなかったのには歴史的な事情がある。

西武はかつてはセゾングループの中核会社だったのだが、バブル崩壊で巨額の借金を抱えて経営が立ち行かなくなった。それでグループは解体され、ファミリーマート伊藤忠に、西友はウォルマートに、パルコは大丸松坂屋のJフロントリテイリングに、西武百貨店セブン&アイに売却されることになる。

そごうも同様にバブル崩壊で多店舗展開が立ち行かなくなり、多額の借金は国が政治問題として一部を負担することとなり、2003年に西武と経営統合し、2005年にセブンアンドアイホールディングス傘下に入ることになる。

そごう西武百貨店がそれでも再浮上できなかった理由のひとつが、支援策の後に残った有利子負債が約2900億円とそれなりに大きかったことがある。

今回のファンド売却においてはセブン&アイが債権の一部約900億円を放棄したうえに、残りの債権について相殺する形で売却価格をわずか8500万円に減額したと言うのが経緯だ。

■ヨドバシに直接売却しなかったワケ

あくまで外部に出てきた情報からの推測だが、ファンドは約2000億円の有利子負債を抱えた百貨店を買収して、即日、土地を売って3000億円の現金を手にした。それで借金を全額を返済すれば負債はゼロになる。計算上はわずか8500万円で1000億円の現金と企業価値2200億円と試算された百貨店が手に入ったことになる。

「そんなに儲かる錬金術があるなら、なぜファンドではなくセブン&アイが自分でやらなかったの?」と誰しも思うだろう。それも今回の事件の本質だ。

スト期間中、雇用維持と事業継続を求めて声を上げるそごう・西武の組合員。しかしそれも虚しく、今後は大量解雇が待ち受けるだろう
スト期間中、雇用維持と事業継続を求めて声を上げるそごう・西武の組合員。しかしそれも虚しく、今後は大量解雇が待ち受けるだろう

同じことをもしセブンがやったらどうなるか。赤字の百貨店がお荷物だから、土地をヨドバシに売って借金を返済する。結果として池袋本店の社員の半分を解雇する。そんなことを親会社が口にしたら一日のストライキどころではすまない労働争議が起きていたことだろう。

だからセブンは、直前まで組合に計画を内緒にしたまま不動産を得意とするファンドに売却する計画を進めた。案の定、冷酷なアメリカの投資ファンドに株主が代わったとたん、マスメディアも、「ファンドがやることなら仕方がない」と論調が180度変わったわけだ。

■売却に至った責任はどこに?

では今回の一件は、そごう西武百貨店の従業員から見たらどのような問題だったのだろうか? 世論の一部には会社を黒字にできなかった従業員にも責任があるという意見があるが、この問題の本質は私から見ればそうではない。これは大企業の「親ガチャ」問題なのだ。

最初の親がバブル期に借金を重ねて到底返せない負債を抱えてしまった。次の親は子のノウハウを吸収するつもりで養子にしたが、結局、何も学習できずに頭を抱えてしまった。そして、最後の親は切り売りすれば儲かることに気づいていた。大企業にだって親ガチャ問題が存在するという、これはとても理不尽で深刻な事件だったのだ。

●鈴木貴博 
経営戦略コンサルタント、百年コンサルティング株式会社代表。東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループなどを経て2003年に独立。未来予測を専門とするフューチャリストとしても活動。近著に『日本経済 復活の書 ―2040年、世界一になる未来を予言する』 (PHPビジネス新書)

文/鈴木貴博 写真/photo-ac.com 時事通信社

セブン&アイによるそごう・西武百貨店の売却劇は、61年ぶりの百貨店ストライキの裏で電撃的に進められた