今回の相談者は、以前から付き合いのある地方銀行の提案で3,000万円分の「仕組債」を購入したというSさん。10年前に買った「仕組債」であっさりと利益を得ていたため、「今回も大丈夫だろう」と安易に購入を決断しましたが、なんと900万円もの損失を出してしまいます。Sさんの失敗の原因はどこにあったのでしょうか。本稿では、アルファファイナンシャルプランナーズの代表取締役・田中佑輝氏が、「仕組債」のリスクについて解説します。

「1.5年満期だし、大丈夫だろう」…で仕組債を3,000万円分購入

今回の相談者であるSさんは、長く利用している地方銀行Aで資産の一部を運用していました。60歳になって3,000万円の退職金を受け取ったタイミングで、地方銀行Aの営業から電話があり、退職金の運用先を相談することになりました。

そこで仕組債の提案を受けたといいます。

仕組債とは、債券ではあるものの、オプション取引を応用し、対象となる株価指数や特定の銘柄の株価、為替が一定の値を維持している間は、元本が確保されながら通常の債券より高い利回りを得られるという仕組みのもの。ただし、一定の値を下回ると大幅な損失を被るリスクがあることが特徴です。これを「ノックイン」と呼びます。

実はSさんが仕組債を買うのは、初めてではありませんでした。50歳のころ、地方銀行Aと資本関係にある証券会社Cが発行する日経平均株価に連動する仕組債を購入していたのです。この商品は、3年間の預け入れ期間中に当時1万円程度だった日経平均株価が6,000円まで下落しなければ、元本が確保され、年率6%もらえるというものでした。

預金以外の経験がなく、「元本保証」の商品以外を買ったことがなかったSさん。「さすがに3年間で6,000円まではいかないだろう。これなら元本保証みたいで安心できる」と考え、不安を抱きながらも、500万円分を購入したのでした。

そして3年後の償還時、日経平均株価は大幅に上昇し17,000円程度。あっさりと元本は100%返還され、年率6%×3年の利息収入を得ました。

新たに提案された仕組債は、基本的な仕組みは以前購入したものと同じでしたが、以下のような違いがありました。

・期間が1.5年(以前のものは3年) ・とある上場企業と連動する(以前のものは日経平均株価) ・70%を下回らなければ元本が確保(以前のものは60%) ・年率5.5%(以前のものは6%)

50歳で仕組債を購入して以降、日経平均株価くらいはチェックするようになっていたSさん。営業からの説明を受け、「若干リスクの高さは感じるけれど、株価も安定的に上昇してきているし……。1.5年のという短い期間だから大丈夫だろう」と考え、退職金と合わせて4,500万円あった預金のうち3,000万円を投入することにしたのです。

しかし、ここで大問題が勃発します。連動する上場企業の株価が急落し、ノックイン(株価が70%を下回った)に到達。あっという間に900万円もの損失を出してしまったのです。

Sさんが失敗してしまった仕組債。どう考えればこのような大幅なマイナスにならずに済んだのでしょうか。

一般的な「債券」よりも高利回りが“期待できる”金融商品「仕組債」とは

仕組債の特徴

仕組債とは、スワップやオプションなど一般的な債券にはない仕組みを併せ持つ債券です。一般的な債券は満期日が決まっており、定期的に決まった金利を得るとともに満期日には元本が返ってくる償還制度になっています。

仕組債を使うメリットは、0.5%~12%という一般的な債券よりも高い利息が“期待できる”ことです。相場や商品設計上の条件により、もらえる利息額が変動することもあるのが特徴です。オプション取引を組み合わせて使うことが多く、オプション取引により発生する「プレミアム」という利息収入のようなものを受け取り、投資家と金融機関がこれを分け合う仕組みです。この「プレミアム」により、高い利息収入を実現できるのです。

一方、投資家にとってのリスクは大きく、参照する指標(株価、日経平均株価、為替など)が、一定の値以下になった場合は、投資家だけがリスクを被ることになり、金融機関側は「ノーリスク」という仕組みになっています。金融機関が大したリスクを取ることなく収益を得られる仕組債は、地方銀行が十分な説明をせずに販売をしていたことが問題となり、2023年、金融庁が動き出したというニュースもありました。

仕組債にはどんなものがあるか?

仕組債は、一般的な債券に金利、為替、株価、企業の信用度などの要素を組み込むことで高い利回りを実現するように設計されます。すべてを解説するとかなりマニアックになってしまうので、ここでは、代表的な2種類の仕組債についてみていきましょう。

【リンク債】 リンク債とは、「仕組債とは」の章で解説していたものです。株価指数や株価が一定以下の水準に到達するとマイナスが発生(ノックイン)し、到達しなかった場合は高い利息を得ることができる仕組みです。運用期間中にノックインすると、満期時の評価額で元本が返還されます。 【EB債】 EB債とは、基本的な仕組みはリンク債とほとんど同じです。ただ、ノックインした場合、リンク債なら現金で返還されるところが、EB債では現物(株式)で返還されるという違いがあります。

FPがアドバイス…仕組債での運用に失敗する要因と3つの注意点

今回、Sさんはなぜ仕組債の運用で失敗してしまったのでしょうか。

もっとも問題だったのは、大きく損失を出した商品を購入したタイミングでは株価が高値圏にあり、さらに日経平均株価のような指数ではなく、個別銘柄に連動するものだったにもかかわらず、50歳のころに購入した日経平均連動型の仕組債で良い思いをしたことで、「大丈夫だろう」と判断してしまったことです。

仕組債の最大のリスクはノックインによる大幅な元本割れ。ここを軽視しすぎたことが原因です。

仕組債でよくノックインの水準として設定されるのは、運用スタート時の株価から60~70%未満になった場合です。いまの相場と将来を分析し、「そこまではさすがに落ちないだろう」としっかり判断できるものであれば購入してよいと考えられますが、一度下回ると、取り返しのつかないくらいマイナス幅で元本が返還されてしまうため、注意が必要です。

表面的な高い利回りに左右されることなく、冷静な相場予想ができなければ大損するリスクを孕んだ商品であることを、しっかり認識しなければなりません。

また、今回のケースでのもう1つの問題といえるのが、営業マンの言葉を信じすぎてしまったことです。Sさんの話をじっくり聞いてみると、ほとんどの分析結果が営業マンのセールストークのトレースでした。営業マンは売りたい側の人です。売りたい側の分析に乗っかって良いことはありません。

それでは、Sさんはどうすれば失敗を避けられたのでしょうか。仕組債で資産運用する際の3つの注意点をみていきましょう。

最悪のリスクを知れば違った

最悪の状況(損失が出る可能性)を把握しておくこと。株式投資なら失敗したら損切という選択肢もありますが、仕組債は高いリターンか3~4割のマイナスの二極です。絶対にマイナスにはならないと自信を持てるものでなければ、手を出すべきではありません。

とにかくリンクする銘柄の分析を

個別銘柄に連動するものであれば、企業分析をすべきです。そこに自信がない人は、利回りは下がるものの、日経平均株価や為替に連動するものを選択したほうがリスクを低減できます。失敗してから「リスクを見ておけばよかった」と後悔しないよう、商品を購入する際にはとにかくリスクを確認しましょう。

余剰資金で運用する

仕組債をはじめとした投資は、余剰資金で運用することが大切です。投資金額を多くして、利益を増やしたいと思ってしまいがちですが、損失が出た場合のことを考慮して、生活防衛費を確保しつつ余裕のある資金で運用しましょう。

(※写真はイメージです/PIXTA)