2019年に行われた内閣府の調査によると、日本における「ひとり親世帯」の子どもは「2人に1人」が貧困となっており、ひとり親世帯の経済状況は厳しい状況にあることがわかります。親としては、そんな娘や息子を助けたいという思いが生まれますが、年金暮らしでも援助は可能なのでしょうか? 牧野FP事務所の牧野寿和CFPが、具体的な事例をもとに解説します。

男手ひとつで育てたひとり娘、突然の“ただいま”

現在年金暮らしのAさん(69歳)は、30歳のとき、3歳年下の妻と結婚しました。長らく不妊に悩まされていましたが、結婚から6年後に待望の娘が誕生。しかし、もともと体の弱かった妻は翌年に体調を崩し、Aさんが39歳、娘が3歳のときに亡くなりました。

それからというもの、Aさんは両親の助けを借りながら、男手ひとつで娘を育てあげました。

その後無事大学を卒業した娘は、全国展開する飲食関係の会社に就職後、28歳で授かり婚。Aさんはひとり暮らしになり、寂しさをおぼえつつものんびりとセカンドライフを送っていました。

ところが……。

それから5年が経ったある日のことです。33歳になった娘が突然、4歳の息子を連れてAさんの住む実家を訪ねてきました。久しぶりの娘と孫の来訪に驚きながらも、Aさんが喜んでドアを開けると、娘は開口一番にこう言うのです。

「パパ、ただいま。子どものためにお金貯めたいから、今日から一緒に住むね」

そのまま大荷物で家に上がり込み、せっせと荷解きを始める娘に、Aさんは戸惑いを隠せません。「なにがあったんだ」「1回話そう」いくら理由を訊ねても、娘は涙目のまま答えません。困り果て、孫に「パパはどうしているの」と聞いても、孫は「パパは嫌い」と繰り返すだけです。

その後、日を置いて落ち着きを取り戻した娘は、自宅を飛び出してきた理由をポツポツと話し始めました。当初、自身が片親で寂しい思いをさせたかもしれないという自責の念があったAさんは娘の離婚に反対でしたが、娘の夫の素性を知り、長い時間をかけて話し合ったことで、「離婚もやむを得ない」という結論にいたったそうです。

しかし、娘は働いているとはいえ、子育て真っ最中。このまま娘や孫と同居して、自分の年金と貯蓄を切り崩して生活することになれば破産しかねないと心配になったAさんは、筆者のFP事務所に相談に訪れました。

年金暮らしのAさんとひとり親の娘…家計収支の見通しは?

筆者が話を聞いたところ、Aさんは今後の生活費が、娘は息子の教育資金が心配な様子。Aさんによると、娘は「自分の収入は極力子どもの将来のために貯めたい」と言っているそうです。

そこで筆者はAさんと、今後の家計収支と孫の教育資金について試算することにしました。

勤めていた会社を60歳で定年退職し、退職金1,500万円と10年確定の企業年金を月額10万円受け取っているAさん。65歳からは老齢厚生年金も受給しています。ただし、企業年金の受給は間もなく終了し、70歳からは老齢厚生年金232万円(月額19万3,300円)の受給のみになります。

とはいえ、ひとり暮らしになってからいままで、毎月15万円ほどで生活しているAさんは、旅行費用などの不足分は貯蓄から補えば、100歳までは現在の生活が続けられそうです。したがってAさんの家計は、収入が支出を上回っているため不足額(家計の赤字)はありません。

※ 厚生労働省「2022年家計調査年報(家計収支編)2022年(令和4年)結果の概要」によると、65歳以上の単身無職世帯(高齢単身無職世帯)の家計収支は、年金などの実収入が13万4,915円である一方、生活費などの消費支出14万3,139円と社会保険料などの非消費支出1万2,356円を合わせ支出は15万5,495円と、収支は2万580円の不足となっている。

また、娘の現在の年収は260万円※1です。Aさんと娘の収入を合算すると年間492万円※2となり、当面の生活は成り立ちそうです。

※1 厚生労働省令和3年度全国ひとり親世帯等調査結果の概要」によると、母子世帯の平均年間収入は272万円

※2 母子世帯の同居親族を含む世帯全員の平均年間収入は、373万円(出所:同上)。

生活が成り立つことがわかりほっと一安心のAさんですが、「孫の教育費をできるだけ貯めたいという娘の思いに応えたい」といいます。そのためには、生活費など「3人での生活で予想される支出額」を改めて見直すことが必要です。

教育費は1,500万円以上…「奨学金制度」などの利用も検討

孫の教育費については、高校までは公立に進んだとしても、進学塾代なども含め進学する大学によっては卒業するまでに1,500万円、あるいはそれ以上の費用が必要になる可能性があります。

孫は現在4歳ですから、だいたい10年後には高校や大学の進路を決めます。そのころから、貯めた教育費の支出が徐々に始まる見込みです。

※ 子どもの高校卒業後の進路は、母子世帯では「大学」が 41.4%、大学等(大学、短大または専修学校・各種学校)が66.5%を占める。また、子どもの最終進学目標について、「大学・大学院」とする親は母子世帯で 50.1%(出所:同上)。

ちなみに、現行制度では、高校通学時には文部科学省の「高校生等への修学支援※1」を、大学・専門学校等通学時には日本学生支援機構の「給付型や貸与型の奨学金制度※2」などを利用することができます。

なお、給付型奨学金を利用する際は、授業料・入学金の免除または減額(授業料等減免)ができる「高等教育の修学支援新制度※3」を併用できます。ただし、これらの制度を利用するときは所得制限の確認が必要です。

※1 詳細は、文部科学省「高校生等への修学支援」を参照。

※2 詳細は、日本学生支援機構HPを参照。

※3 詳細は、文部科学省「高等教育の修学支援新制度」を参照。

また、居住している市区町村の福祉協議会や市区町村福祉関係窓口に、母子世帯の公的な支援制度を相談するのもいいでしょう。今後、万が一娘の収入が減った際などに命綱になります。

ひととおり試算を終え、筆者の話を聞いたAさんは、「とにかく、収入は現在のところ増える見込みはないので、支出を減らすために話し合ってみます」とその日は帰っていきました。

まとめ…娘と孫との「新たなセカンドライフ」がスタート

後日、Aさんが再び筆者のところを訪れました。娘は夫と離婚の手続きを進め、孫の親権は娘が持つことで夫も同意したそうです。しかし、養育費には期待していないといいます。

※ 母子世帯で、養育費を取り決めている家庭は46.7%。取り決めていない理由は、「相手と関わりたくない」が34.5%、「相手に支払う意思がないと思った」が15.3%。また、離婚した父親からの養育費の受給状況については、「現在も受給している」が28.1%。そのうち養育費の額が決まっている世帯の平均月額は5万485円となっている(厚生労働省令和3年度全国ひとり親世帯等調査結果の概要」より)。

そして、娘は、家計を見直すためAさんの預金通帳をみて「私が学生でひとり暮らししていたころ、こんなにお金は使ってなかったよ」と言い、3人でも月15万円で生活することにしたそうです。この支出額をキープできれば、娘の給与は貯蓄に回すことができるでしょう。

Aさんは、「このときの娘の口調が、亡き妻と同じだったんです。娘は知るはずもないのに……」と微笑みました。さらに、娘から「息子に寂しい思いをさせないために、パパも長生きしてね」と言われたそうで、Aさんは孫が成人するまで元気でいると誓ったそうです。

現在、娘は会社で商品開発に、Aさんは孫の保育園への送り迎えに励んでいます。

牧野 寿和

牧野FP事務所合同会社

代表社員

(※写真はイメージです/PIXTA)