国内金価格が史上最高値を更新し、歴史的な高騰を続けています。金価格高騰の背景にはどんな事情があるのでしょうか。本稿では、ニッセイ基礎研究所の上野剛志氏が金相場高騰の背景と展望について概観します。

1. トピック:国内金価格が史上最高を更新

国内金先物価格(大阪金先物・中心限月・終値ベース)が高騰している。今年3月にそれまでの過去最高値(1グラム8129円)を突破してからも上昇基調を続け、昨日8月31日には9113円まで上昇した(表紙図表参照)。昨年末以降の上昇率でみても17.6%とおよそ2割に迫っている。

歴史的な高騰の要因を分析したうえで先行きを展望する。

1)国内金高騰の要因

(1) 国際的な金価格の高止まり 国内金先物価格高騰の要因として、まず挙げられるのは国際的な金価格の高止まりだ。国際的な中心指標であるNY金先物価格(中心限月・終値ベース)は昨日時点で1トロイオンス1965.9ドルにある(表紙図表参照)。この水準は2020年8月に付けた史上最高値(2069.4ドル)を5.0%下回るものの、この間にFRBが急激に利上げを行ってきたことを鑑みると極めて底堅いと言える。

本来、保有しても金利の付かない金は、市場金利が上昇する局面において相対的な魅力(投資妙味)が低減し、価格に下落圧力がかかる。とりわけ、金価格にとって追い風となる市場のインフレ予想(ブレークイーブン・インフレ率)を控除した実質金利と金価格の動きには強い逆相関関係がみられてきた。

昨年春以降、FRBが急速な利上げを続けたことを受けて、米国の代表的な市場金利である長期金利(10年国債利回り)は上昇、先月には約16年ぶりの高水準となる4.3%台を付け、足元でも4.1%台にある。このため、米実質金利(10年物)も2%に迫る水準まで大きく上昇しており、本来、NY金先物価格は大きく押し下げられていても不思議ではない。

(実質)金利が大幅に上昇しているにもかかわらず、NY金が底堅く推移している理由としては、まず、根強い「安全資産としての金需要」の存在があると推測される。

急速な利上げを続けてきた欧米経済や不動産領域等に課題を抱える中国経済に対する市場の先行き懸念は根強い。長引くロシアによるウクライナ侵攻や米中対立も世界経済の下振れリスクであり続けている。

実際、経済の先行きの不確実性を示す一つの指標である経済政策不確実性指数も高止まりしている。市場参加者や家計の先々への不安感が、信用リスクが無く、危機の際に価値が上がりやすい金の需要に繋がっていると考えられる。

また、「インフレヘッジ資産としての金需要」も根強く残っているはずだ。世界的にインフレは鈍化しつつあるが、大半の国で物価上昇率が平時のレベルを未だ大きく上回っており、先行きも不透明な情勢にある。先々のインフレに対する懸念が、引き続き実物資産でインフレに強いとされる金への需要に繋がっていると考えられる。

さらに、足元にかけてのドルの上昇が抑制的であることもNY金先物の価格を支えている。

NY金先物価格とドルインデックス(ドルの複数通貨に対する強弱感を示す)は従来、逆相関の関係にあり、ドルが上昇する局面では金価格が下落しやすい。

これは、金が「無国籍通貨」として基軸通貨ドルの代替資産としての側面を持つため、ドル高時には売られやすくなるためだ。また、NY金先物価格はドル建て表記のため、ドルが上昇すると、ドル以外の通貨を使用する国の居住者にとって割高感が高まり、売られやすくなるという面もある。

ここで、足元のドルインデックスを確認すると、103台に留まっている。本来、米金利の上昇はドル高をもたらすはずであり、実際、昨年10月に米長期金利が4%を超えた際にはドルインデックスが110を超え、NY金先物価格は1700ドルを割り込んだ。

一方、最近では、米利上げ局面が近い将来に打ち止めになるとの観測が高まっているうえ、ドルインデックスを算出する上で最も強い影響力を有するユーロがECBの利上げ継続を背景に堅調に推移していることがドルインデックスの上昇を抑制している。

そして、NY金先物の価格を支える最後の要因としては、中央銀行による「準備資産としての金需要」が挙げられる。

もともと、リーマンショック以降、外貨準備資産のドル偏重に危機感を持った一部中央銀行がドル資産を分散化させる狙いで資金を金へとシフトさせる動きが続いていた。さらに、2022年にはウクライナ侵攻への制裁として、米国をはじめとするG7が自国の管理するロシアの外貨準備資産を凍結したことが中銀による金買いに拍車をかけたとみられる。

中国など米国と距離を置く国々では、将来米国から制裁を受ける可能性を考慮し、その影響を緩和する目的でドルから金へと資金を移す動きが続いていると推察される。

(2) 円安の進行

国内金価格高騰の要因として、次に挙げられるのは円安の進行だ。従来、円建てである国内金先物価格は、下図で確認できるように、「(国際的な指標である)NY金先物価格(ドル建て・1グラム当たり)×ドル円レート」に近似して動く。

インフレを懸念するFRBが利上げを続ける一方で、賃金上昇を伴った形での物価目標達成に確信を持てない日銀が金融緩和を続けたことを主因として、ドル円レートは年初以降円安基調となっており、足元では1ドル145円台にまで到達している。

つまり、円の購買力低下が円建てである国内金先物価格を押し上げている。

以上をまとめると、国内金先物価格高騰の理由は、(1)世界経済の先行き不安、インフレ懸念、堅調なユーロ相場、中央銀行の持続的な金買いなどを背景として国際的な金価格が高止まりする中で、(2)FRBの利上げ継続と日銀の金融緩和継続を主因として大幅な円安が進行し、円の購買力が低下、円建て金価格が押し上げられたためということになる。

2)国内金先物価格の展望

最後に先行きへ目を転じた場合、内外金相場を考えるうえでベースになるのは米金利の動向であり、そのカギを握るのがFRBの金融政策だ。 米国の物価上昇率は未だ高いものの、昨年半ば以降は概ね順調に低下基調を辿っている。コロナ禍による供給制約が解消したうえ、これまでの利上げの効果が浸透してきたためと考えられる。従って、FRBは今年11月初旬で利上げを打ち止めにする可能性が高いとみている。

FRBの利上げが打ち止めになったとの見方が市場に浸透すれば、市場参加者の目線は次の段階である利下げの開始へと移り、米長期金利は低下しやすくなる。米長期金利の低下がNY金先物価格の追い風になるだろう。

また、世界経済の下振れ懸念を背景とする「安全資産としての金需要」や国家間の構造的な対立を背景とする「準備資産としての金需要」はその後も続くとみられることもあり、NY金先物は秋以降、来年にかけて上昇基調になり、過去最高値を更新すると予想している。

一方、国内の金先物価格にとっては、米金利低下に伴うドル安(円高)圧力が逆風になりそうだ。日銀の金融政策正常化観測が燻ることも円高圧力になり得る。そして、その際には、「NY金先物価格の上昇(国内金の上昇要因)」と「ドル円レートの下落(国内金の下落要因)」の力比べの様相となり、その帰趨が国内金先物の方向性を決めることになる。

ただし、米国のインフレ鈍化は緩やかなペースとなり、FRBの利下げ開始には時間がかかりそうなこと(弊社では来年7月と予想)、日銀は7月にYCCの柔軟化を実施したばかりであり、今後、物価上昇率が低下していくと見込まれることを踏まえると、金融政策の正常化までにはまだ距離があると考えられることから、円高のペースは緩やかなものになりそうだ(具体的な予測値は8ページに記載)。

従って、(緩やかな)円高が上値を抑えるものの、NY金先物価格の上昇に下支えされる形で国内金先物価格は現状並みで高止まりすると予想している。中心的な見通しとしては、来年半ば時点で1グラム9000円台と予想している。

2. 日銀金融政策(8月)

(日銀)現状維持(開催なし) 8月はもともと金融政策決定会合が予定されていない月であったため会合は開催されず、必然的に金融政策は現状維持となった。次回会合は、今月21日~22日にかけて開催される予定となっている。

そうした中、内田副総裁は8月2日千葉県金融経済懇談会において「最近の金融経済情勢と金融政策運営」をテーマに講演を行った。

副総裁は、7月のYCC(長短金利操作)柔軟化について、「内外の経済・物価を巡る不確実性がきわめて高い中、上下双方向のリスクに機動的に対応しながら、粘り強く金融緩和を続けていくことを狙いとするもの」であって、「当然、出口を意識したものではない」と説明した。

YCCの枠組みについては、「(2%の)物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」継続すると約束している」が、「現在、まだ2%の目標の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っていないので、この基準に沿って、この枠組みを継続していく」と表明した。

YCCの枠内でのさらなる修正の可能性については、「(長期金利の上限キャップである)1%という基準というのは、少なくとも今の状況においてはかなり高いところに設定しているので、今の段階でそういうことは念頭には置いていない」と言及した。

一方、マイナス金利政策の解除に関しては、「短期政策金利を0.1%分だけ「引き上げる」ことを意味する」とした。

そのうえで、「その決断は、「実体経済面で需要を抑制することで、物価の上昇を防ぐことが適当」と判断するということ」、「マイナス金利を維持することで、「引き締めが遅れて、2%を超えるインフレ率が持続してしまうリスク」の方を、より心配する状況になるということ」と、YCC撤廃よりもハードルが高いことを示唆し、「現在の経済・物価情勢からみると、そうした判断に至るまでにはまだ大きな距離がある」との認識を示した。

また、8月30日には田村審議委員が道東地域金融経済懇談会で挨拶を行った。同氏は「(物価目標の)実現に向けた不確実性も残る状況下、まだ、賃金や物価の動向を謙虚に見つめていくべき局面にあり、現時点においては、金融緩和を継続することが適当」とした。

同時に、「ようやくその(=物価目標の)実現がはっきりと視界に捉えられる状況になったと考えている」、「持続的・安定的な物価上昇の実現に向けた状況の見極めにはなお時間が必要だが、来年1~3月頃には、その時点の賃上げのモメンタムやそれまでに得られる年後半の物価動向などのデータから、解像度が一段と上がると期待している」と踏み込んだ発言を行ったのが印象的であった。

さらに、翌31日には中村審議委員が岐阜県金融経済懇談会で挨拶を行った。

同氏は、「賃金上昇を伴う物価上昇の形成には至っていない」、「2%の物価安定の目標達成に確信を持てる状況には至っていない」と物価情勢に対する慎重な姿勢を示したうえで、「販売価格の上昇が賃金上昇に繋がる前に金融引き締めに転換すれば、需要が抑制され、企業の「稼ぐ力」が再び低下しかねない」と金融引き締めに対しても否定的な見解を示した。

日銀の政策委員の中で、見解の温度差が目立つようになってきた印象を受ける。

(今後の予想) 7月のYCC柔軟化によって日銀が最大1%までの長期金利上昇余地を創出したことで、YCCにまつわる副作用(イールドカーブの歪み発生や債券市場における流動性の枯渇)は顕在化しづらくなったと考えられる。

一方で、植田日銀は金融政策の正常化を志向していることから、来春闘での比較的高い賃金上昇がデータとして確認できるようになり、多角的レビューで過去の政策の総括を終えた段階にあたる来年10月に正常化の第一段階となるYCCの撤廃(長期金利操作目標の撤廃)に踏み切ると予想する。

一方、マイナス金利政策については、上記の内田副総裁の発言などから、YCCの撤廃よりも解除条件が厳しいと考えられる。従って、来年秋にYCCを撤廃する際にもマイナス金利政策は現状のまま存置され、過度の金利上昇の抑制が図られると見ている。マイナス金利の解除は再来年以降と予想している。

3. 金融市場(8月)の振り返りと予測表

(10年国債利回り 8月の動き(↗) 月初0.5%台後半でスタートし、月末は0.6%台半ばに。

月初、堅調な米経済指標を受けた金融引き締め長期化観測等に伴う米金利上昇が波及する形で上昇し、3日0.6%半ばに到達。ただし、日銀が同日に臨時オペで金利抑制姿勢を示したことで、以降上昇は一服。順調な国債入札結果も債券の買い安心感に繋がり、9日には0.6%を割り込んだ。

一方、中旬以降は金融引き締め長期化観測に伴う米金利の急上昇や入札の不調を受けて上昇基調となり、22日には約9年半ぶりの高水準となる0.6%台後半に到達。その後、月の終盤には弱めの米経済指標やジャクソンホールでのパウエル議長講演通過を受けて米金利上昇が一服し、月末は0.6%台半ばで終了した。

(ドル円レート) 8月の動き(↗) 月初142円台後半でスタートし、月末は146円台前半に。

月初、日銀の臨時オペ実施に伴う円売りと米経済指標鈍化、米国債格下げに伴うドル売りが交錯し、10日にかけて141~143円台での一進一退の展開に。その後はインフレ圧力の根強さを背景とする米金融引き締め長期化観測によって米金利が大幅に上昇してドル高基調に。

17日には146円台半ばに到達した。下旬にはジャクソンホール会議でのパウエル議長講演を控えて様子見地合いとなり、144~146円台前半での一進一退に。円買い介入への警戒感も円の下値を支えた。パウエル議長講演を受けた28日には米金融引き締め長期化が意識されて146円台半ばへ上昇したが、米雇用指標の鈍化がドルの上値を抑え、月末は146円台前半で終了した。

(ユーロドルレート) 8月の動き(↘) 月初1.09ドル台前半でスタートし、月末は1.08ドル台半ばに。

月上旬は米経済指標の鈍化とリスクオフのユーロ売りが交錯し、1.09ドル台での膠着した推移となった。その後、ECBの金融引き締め長期化が意識されたことで10日に1.10ドル台に乗せたが、中旬以降には米インフレ圧力の根強さが確認され、米金融引き締めの長期化観測が高まったことでユーロが下落し、18日には1.09ドルを割り込んだ。

下旬には欧州の景況感悪化を受けて一旦1.08ドル台前半に落ち込んだものの、その後公表された米雇用指標の鈍化がドルを下押しし、月末は1.08ドル台半ばで終了した。

(写真はイメージです/PIXTA)