上野瞭の傑作児童文学『ひげよ、さらば』を、蓬莱竜太の脚本・演出で舞台化。9月9日(土)、東京・PARCO劇場で初日の幕を開けた。そこでその前日に行われた、記者会見と公開ゲネプロの模様をレポートする。

記憶を失った猫《ヨゴロウザ》は、《片目》と名乗る猫に連れられナナツカマツカの丘に辿り着く。そこで暮らすのは、知識豊富な《学者猫》に、血統にこだわる《オトシダネ》。力自慢で乱暴者の《黒ひげ》に、ミステリアスな《星からきた猫》。さらにマタタビのやり過ぎで、年中酩酊状態の老猫《くずれ猫》など、個性的な猫ばかり。そこで片目は、犬との縄張り争いに対抗するため、ヨゴロウザをリーダーに担ぎ上げようとするが……。

猫と犬の架空の物語ではあるが、ここで起こるすべての出来事は、痛いほど人間――劇中の言い方をすれば二本足――の現実にそのまま当てはめることが出来る。自分たちのリーダーを決める際、それぞれの候補猫が、マイク片手に自らの主張を懸命にアピールするのは、選挙前に街中で見かけるあの光景。そして食糧問題に起因する猫と犬の縄張り争いは、世界中で繰り広げられている戦争そのものである。

児童文学ながら核心を突いたその原作について、蓬莱は「子供のころに読んだ時、ワクワクだけでなく、大人の社会の怖さも感じた」と語る。だが人間の姿をした役者が猫を演じることで、「普遍的なテーマと、演劇の可能性みたいなものを合わせた面白さを見せられるのではないか」と、舞台化に当たっての狙いを明かす。

ゴロウザ役の中島裕翔は、波乱万丈な“猫生”を高い身体能力と感情豊かな演技で体現。30歳という節目の年を迎え、役者としてさらなる進化を感じさせる。片目役の柄本時生は、飄々とした言動の奥に感じる深い闇が印象的。また猫の動きが非常に自然で、つい見入ってしまった。学者猫役の音月桂は凛とした美しさの中に、母性と葛藤が内包されており、オトシダネ役の忍成修吾は、プライドの高さに自身の弱さをにじませる。くずれ猫役の中村梅雀はさすがの安定感。また唯一の犬・ナキワスレ役の石田佳央が見せる怒りと、犬として避けられない生き方に、何とも言えないやるせなさを感じた。

中でも注目したのは、黒ひげ役の一ノ瀬ワタルと、星からきた猫役の屋比久知奈。Netflix配信ドラマ『サンクチュアリ -聖域-』の猿桜役でも話題の一ノ瀬は、その大きな体で抜群の存在感を誇り、さらに何とも言えない“猫”臭さのある芝居は彼にしか出せない味だろう。さらに会見では共演者から総ツッコミを受けるなど、カンパニーのムードメーカーとしても大きな役割を果たしたようだ。一ノ瀬とは真逆の小さな体ながら、こちらも抜群の存在感が光ったのが屋比久。自身のチャーミングな魅力と、劇場に響き渡る歌声で、多くの猫と同じく、観る者の心を一瞬にしてとらえてしまった。

『ひげよ、さらば』初日前会見より、(左から) 一ノ瀬ワタル、屋比久知奈、忍成修吾、柄本時生、中島裕翔音月桂、中村梅雀、石田佳央、蓬莱竜太

印象的なピアノで物語を彩るのは、現在放送中の大河ドラマ『どうする家康』でも音楽を手がける稲本響。蓬莱は稲本作品の魅力について、「少し遠いところから見ているような音楽」と評する。本作への作曲に当たっては、「シンプルでありながら、情感のある音であったり、冷たい音であったり、その世界を表現するような音楽を流してもらいたいなと。そんな僕のオーダーに、見事に応えていただいたと思います」と満足気な表情を浮かべる。

猫たちと犬たちの争いの先にあるものは――。今を必死に生きるすべての人に、ラストの台詞が届いて欲しい。

取材・文:野上瑠美子

<公演情報>
『ひげよ、さらば』

原作:上野瞭 「ひげよ、さらば」(初版1982年理論社より出版)
脚本・演出:蓬莱竜太
音楽:稲本響

出演:
中島裕翔 柄本時生 音月桂 忍成修吾 石田佳央 一ノ瀬ワタル 屋比久知奈
江原パジャマ 小口隼也 田原靖子 月那春陽 益田恭平 松田佳央理
中村梅雀

【東京公演】
2023年9月9日(土)~9月30日(土)
会場:PARCO劇場

【大阪公演】
2023年10月4日(水)~10月9日(月・祝)
会場:COOL JAPAN PARK OSAKA WW ホール

公式サイト
https://stage.parco.jp/program/higeyosaraba

『ひげよ、さらば』より、(後ろ) 中島裕翔(前)柄本時生