会計事務所の勧めで、3年前に自身のクリニックを医療法人化した開業医。大きな税負担軽減効果を感じる一方で、3人の子どもの教育資金の準備には不安を抱いているといいます。本稿では株式会社FPイノベーションの代表取締役・奥田雅也氏が、医療法人成のメリット・デメリットについて解説します。

内科クリニック理事長…役員報酬は夫婦で「月240万円」

今回の事例として取り上げる相談者は、某県で開業している男性内科医。初めて面識を持った当時は46歳で、内科クリニックの年間収入は1.5億円ほど。3人の子どもの教育資金をどうやって積み立てればよいか、という悩みを抱えていました。

面談を実施して医療法人の申告書・決算書に目を通すと、理事長である相談者が月額180万円・妻が月額60万円の役員報酬を取っており、世帯には月240万円の収入がありました。さらに先生個人の詳細な収支を確認すると、投資用マンションの家賃収入が毎月返済額を引いた手残り分で約20万円ありますが、医療法人成をする際に医療法人へ引き継げなかった個人開業時代の借入金返済が月額30万円あるという状況でした。

法人からの収入や不動産収入、借入金返済などを差し引いても、生活費や住居費は問題ないのですが、将来の教育資金を考えると資金が足りない状況です。

先生の経歴を確認させてもらうと、学費が高額なことで有名な某私立大学卒でした。筆者はその経歴をみた瞬間に、先生が十分な収入を得ているにもかかわらず子どもの教育資金に不安を抱いている理由を理解しました。筆者の個人的な意見ですが、私大医学部卒の医師の子どもは、同じように私大医学部へ進学する傾向が強いため、教育資金が高額になるケースが多いのです。

筆者が一番気になったのは、このクリニックが医療法人成をした経緯です。

医療法人成をしたのは3年前、先生が43歳のときです。その時点で子どもはすでに3人おり、将来、多額の教育資金が必要になることは想定できていたはずです。

にもかかわらず、なぜ個人の可処分所得が減少する医療法人成を選択したのか。

筆者は「顧問会計事務所のミスリードがあったのではないか」と感じ、先生に医療法人成をした経緯を確認しました。すると先生は、「会計事務所の担当者に『高額な所得税負担を減らしたい』と相談したところ、法人化を勧められたのです」と事情を聞かせてくれました。

会計事務所は、「税負担を軽減したい」というクライアントのニーズを満たす手段として、積極的に法人化を勧めたのでしょう。ただ、先生個人のライフプランニングを軽視してしまったがゆえに、教育資金が不足するという事態に陥ってしまったのです。

医療法人成で理事長が自由に使えるお金は「確実に」減少する

同じ医業収益でも、医療法人は実効税率が低く、法人化すれば税負担額を軽減できます。加えて、医療法人の理事長が勇退する際に法人に内部留保された資金を退職金として個人に支払えば退職所得税制の恩恵を受けられるため、生涯を通じてみれば税負担がかなり軽くなるというのは事実です。

ただ、法人の内部留保は自由に使えないため、理事長が現役時代に自由に使えるお金は確実に減少することを忘れてはなりません。医療法人成を検討する際は、法人化が理事長個人の人生設計にどんな影響を与えるのか、しっかりと見極める必要があるのです。

子どもの教育資金が一番必要な時期に医療法人成を行うことで、教育資金ショートが発生することは十分に想定できたはずです。先生にはそれを認識してもらった上で、対策を検討する必要があることを伝えました。

理事長は、自身のライフプランニングをしっかり行わなわず、法人化のデメリットを説明してくれなかった会計事務所に失望しつつも、最終的に意思決定をしたのは自分自身であり、自分に責任があることにショックを受けている様子でした。

筆者の提案は、将来の教育資金を確保するために、医療法人の最大のメリットである「所得税の軽減効果」を捨て、役員報酬を増額するというもの。理事長はこの提案を了承し、今期決算後に、役員報酬の増額と会計事務所の変更することを決断しました。

法人成は会計事務所にとっての「ビッグビジネス」

今回の相談者に限らず、開業医の先生のなかには、あまり適切でない医療法人成を行っている事例がよく見受けられます。

後継者も決まっておらず、医療法人成のメリットである附帯事業の展開や分院の開業予定もないにもかかわらず、目先の税額を減らすことを目的に法人化することには、個人的には疑問を抱いています。

たしかに、法人化することでクリニックの税負担が減るのは事実です。そのために、医療法人成は方々で積極的に行われている訳ですが、忘れてはならないことは、会計事務所がこれによって多額の手数料・顧問料収入を得ていること。つまり、医療法人成は会計事務所にとって大きなビジネスになるという点です。

法人化を検討する際は、目先の税額軽減だけにとらわれることなく、中長期のマネープラン・ライフプランとも照らし合わせながら、その是非を判断してほしいと思います。

(写真はイメージです/PIXTA)