大して財産がないから……と思っていても、相続トラブルは多くの家族のあいだで起きています。特に、子どもがいない夫婦は要注意と、日本総合研究所創発戦略センタースペシャリストの小島明子氏はいいます。本記事では、同氏の著書『女性と定年』(金融財政事情研究会)より、子どもがいない夫婦の相続トラブルを未然に防ぐ方法について解説します。

子どものいない夫婦ほど「遺言書」を準備すべき理由

相続問題は「争族」と表現されるほど、厄介な問題です。自分の親は、相続が発生するほどの財産はないから問題にならないと思っている方もいるかもしれませんが、相続とは、プラスの財産だけではなく、買手が見付からない土地の処分や、隠れ借金の問題などもあります。

最近では、子どもがいない夫婦も増えており、例えば、配偶者(夫)が遺言を残さないまま亡くなってしまったがゆえに、配偶者の兄弟姉妹から法定相続分を要求されて、残された妻が嫌な思いをするというケースもあります。そのようなことを未然に防ぐために、事前にできる準備としては、遺言書を作成しておくことが大切です。

仮に、死亡した人が遺言書をつくっていない場合、相続人全員(相続人に未成年者がいる場合は、その代理人の参加も必要)による遺産分割協議を行う必要があります※1。遺産分割協議を行った際には、合意した内容について、後で問題が起こらないように、遺産分割協議書を残しておくことも重要です。

しかし、相続人全員が参加をして協議を行う必要がありますので、相続人同士が不仲等でそもそも話合いができる状態でなかったり、相続人のうち、一部の人が死亡した人の介護の世話をしていたりといった事情があるなど、様々な事情から、相続の合意が長引くリスクもあります。

※1 三井住友銀行ホームページ(https://www.smbc.co.jp/kojin/souzoku/chishiki/chishiki05.html

相続に関する法律用語

相続人の範囲※2

死亡した人の配偶者は常に相続人となり、配偶者以外の人は、次の順序で配偶者と一緒に相続人になる。なお、相続を放棄した人は初めから相続人でなかったものとされ、内縁関係の人は、相続人に含まれない。

〈第1順位〉

死亡した人の子供

その子供が既に死亡しているときは、その子供の直系卑属(子供や孫など)が相続人となる。子供も孫もいるときは、死亡した人により近い世代である子供の方を優先する。

〈第2順位〉

死亡した人の直系尊属(父母や祖父母など)で、父母も祖父母もいるときは、死亡した人により近い世代である父母の方を優先する。第2順位の人は、第1順位の人がいないとき相続人になる。

〈第3順位〉

死亡した人の兄弟姉妹

その兄弟姉妹が既に死亡しているときは、その人の子供が相続人となる。第3順位の人は、第1順位の人も第2順位の人もいないとき相続人になる。

法定相続分※3

法定相続分は次のとおりである。なお、子供、直系尊属、兄弟姉妹がそれぞれ2人以上いるときは、原則として均等に分ける。また、民法に定める法定相続分は、相続人の間で遺産分割の合意ができなかったときの遺産の取り分であり、必ずこの相続分で遺産の分割をしなければならないわけではない。

〈配偶者と子供が相続人である場合〉

配偶者:2分の1

子供(2人以上のときは全員で):2分の1

〈配偶者と直系尊属が相続人である場合〉

配偶者:3分の2

直系尊属(2人以上のときは全員で):3分の1

〈配偶者と兄弟姉妹が相続人である場合〉

配偶者:4分の3

兄弟姉妹(2人以上のときは全員で):4分の1

遺留分※4

亡くなった人(被相続人)は、自身の財産の行方を遺言により自由に定めることができるが、被相続人の遺族の生活の保障のために一定の制約があり、これを遺留分の制度という。遺留分を有する者は、配偶者、子(代襲相続人も含む)、直系尊属(被相続人の父母、祖父母)であり、兄弟姉妹は遺留分を有しない。

遺留分の相続財産に対する割合は、誰が相続人になるかによって異なり、遺留分を有する相続人が複数いる場合は、遺留分を法定相続分により分け合うことになる。

※2 国税庁ホームページ

※3 国税庁ホームページ

※4 日本司法支援センター 法テラスホームページ

遺言の無効リスクを回避するには…

遺言書を残すときにも注意が必要です。遺言書には、「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類があります。

①自筆証書遺言

「自筆証書遺言」は、遺言をする人が自分で遺言の全文をすべて自筆で書き、捺印をします。証人や立会人を不要としますので費用もかからず、遺言書を作成したことを秘密にすることができます。しかし、法律の要件のとおり作成されていないと遺言が無効になってしまったり、偽造、紛失等をされてしまうリスクもあります。

裁判所で検認手続を行うことが必要となりますので、所定の費用もかかります。ただし、2020年7月10日からは、各地の法務局が自筆証書遺言を保管する制度が開始されています。法務局が保管をすることで、紛失や改ざんを防止し、家庭裁判所の検認手続も不要となります。

②公正証書遺言

「公正証書遺言」は、公証人が遺言の内容を聞いて、遺言者に代わって遺言書をつくります。通常、原本・正本・謄本の合計3通をつくり、正本と謄本は遺言者(遺言執行者を指定すればその人)に渡されますが、原本は公証役場で原則として20年(遺言者100歳まで保管の例が多い)保存されます。公証人に依頼する費用はかかりますが、無効になったり、紛失や偽造のリスクもなく、裁判所の検認手続も不要です。

③秘密証書遺言

「秘密証書遺言」は、封を施された遺言書の中に、遺言書が入っていることを公正証書の手続で証明します。遺言の内容を秘密にしておけるため、偽造などのリスクはありませんが、内容については本人が作成するため、不備がある可能性もあります。

公証役場には、遺言書の封紙の控えだけが保管されますので、隠匿等のリスクもあります。2人以上の証人の立会いが必要であることや、家庭裁判所の検認手続も必要となります。不安要素を減らすという点では、費用はかかりますが、「公正証書遺言」のほうがよいといえます。

「相続放棄」は相続人の死亡を知ってから3ヵ月以内に

相続税の申告・納付期限についても注意が必要です※5。相続人が死亡したことを知った日の翌日から10ヵ月以内に行わなければなりません。たとえ、遺産分割が終わっていなくても、相続税の申告は期限までに行わなければなりません。法定相続分などの割合で各相続人が申告・納税を行い、その後、実際に行われた遺産分割の割合に応じて、修正申告、更正の請求を行うことになります。

ただし、中には、負債が多いなど、諸事情からそもそも相続を放棄したいという方もいると思います。その場合は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヵ月以内にしなければならないと定められています※6

諸手続が必要となりますが、不安な場合は、専門家に相談をされるのがよいでしょう。例えば、弁護士に相談をしたいけれど、探し方がわからない場合、日本司法支援センター法テラスのホームページ※7では、相談窓口を調べることができますので、そこで調べた相談窓口を利用されるのも一案です。

※5 国税庁ホームページ

※6 裁判所ホームページ

※7 日本司法支援センター 法テラスホームページ(https://www.houterasu.or.jp/madoguchi_info/index.html

小島 明子

日本総合研究所創発戦略センター

スペシャリスト