『ダ・ヴィンチ』の年末恒例大特集「BOOK OF THE YEAR」。今年の投票がまもなくスタート! ぜひあなたの「今年、いちばん良かった本」を決めて投票してみてほしい。ここで改めて、去年の「小説」部門にどんな本がランクインしたのか振り返ってみることにしよう。
コロナ禍がもはや普通となった今年(2022年)2月、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が起きた。7月には安倍元首相が銃撃され死亡。疫病、戦争、凶行。非日常が日常を侵食していく中で、物語に救いを求めた人も多かっただろう。
「導入、展開、結末、すべてにおいてシリーズでダントツ面白かった!」(41歳・女)と熱狂的な声に後押しされた1位は東野圭吾『マスカレード・ゲーム』。刑事とホテルマンの男女バディ、華やかなホテルを舞台にした設定の魅力もさることながら、キャリアを重ねた新田と山岸の成長が楽しめるのもシリーズの醍醐味。
2位はデビュー作で2022年本屋大賞を攫った逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』。独ソ戦時に実在した女性狙撃兵の苦悩と連帯を描いた冒険小説に、多くの読者が現実を重ねて見た。「ロシアのウクライナ侵攻がなければ普通の歴史小説として読んだだろう。面白いという言葉を使うのは不謹慎で憚られるが、読み手の心を抉る小説」(62歳・女)。戦争は今も続いている。
3位は凪良ゆう『汝、星のごとく』。高校時代に出会った男女の15年間を丹念にたどる恋愛小説。愛する誰かのために「人生を誤りたい」と願う切実な感情。それを善悪だけでジャッジする権利は、本当はきっと誰にもない。
4位『ペッパーズ・ゴースト』、5位『赤と青とエスキース』、7位『方舟』、10位『N』は、ジャンルこそ違えど巧みな仕掛けで読者を気持ちよく驚かせ、希望、もしくは絶望のラストへ誘う。
直木賞受賞作家・今村翔吾も『塞王の楯』『幸村を討て』の2作がランクイン。知略と裏切りに満ちたドラマチックな展開で、歴史小説の世界に新規読者を続々と引き込んでいる。
食を切り口にした物語も依然好調。おいしそうな料理描写で日常のドラマを丁寧に描いているのは17位『宙ごはん』、23位『古本食堂』、33位『カレーの時間』。6位の芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』も同じ路線かと思わせて、予想外のギャップに裏切られる。職場の閉じた人間関係と、おいしそうじゃない料理。読後、誰かと無性に語り合いたくなる。
唯一の翻訳作品としてランクインしたのは39位『プロジェクト・ヘイル・メアリー』。軽妙な語り口でSFの素養がなくとも十分楽しめるエンターテインメント。映画化も進行中。
36位『夜が明ける』、43位『両手にトカレフ』はいずれも現代の若者を取り巻く貧困と虐待がテーマ。どうすれば抜け出せるのか、手を差し伸べられるのか。物語を起点に考え続けたい。
物語に飛び込み、没頭し、再び現実に戻ったとき、世界は少し違って見える。災厄が降りかかる世界を生き抜く糧を、私たちは無意識のうちに物語から受け取っているのかもしれない。
文=阿部花恵 ※この記事は『ダ・ヴィンチ』2023年1月号の転載です。
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