「今月中旬、恵山(ヘサン)税関を開き貿易を再開する」

人々は、もはやこんな噂など信じまいと思いつつも、内心期待している。

北朝鮮北部の両江道(リャンガンド)恵山。鴨緑江を挟み、中国と向かい合う国境の町だ。その地の利を活かした貿易で大いに賑わっていたが、2020年1月からのコロナ鎖国により人と物の行き来は完全にストップ。そればかりか、新型コロナウイルスが侵入したとして、頻繁にロックダウンされ、地域経済は壊滅状態に追い込まれた。

先月、北朝鮮と中国を結ぶ最大のルートである新義州(シニジュ)と丹東の間で人の行き来が再開された。それに先立って東海岸の羅先(ラソン)と琿春を結ぶルートも再開されている。しかし、恵山と長白を結ぶルートは、再開の噂が度々流れ、実際に当局の通告まであったが、いまもって再開されていない。

現地の人々はそんな噂に大いに期待し、裏切られることを繰り返してきたが、現地のデイリーNK内部情報筋によると、市内の貿易会社と、コロナ鎖国で北朝鮮に戻れずにいた私事旅行者(親戚訪問の名目で中国に出入りする事実上の担ぎ屋)にこんな通告が下されたとの噂が流れている。

「今月中旬に恵山税関が業務を再開し貿易が完全に再開される。中国に行き3年にわたって足止めされていた私事旅行者は、帰国できるよう準備せよ」

一部の市民の間からは「今まで何の話もなかった私事旅行者を入国させる準備をしているのを見ると、今回こそは確実だ」との期待の声が上がっているが、それはごく一部で、ほとんどは「実際に開かれてみないとわからない」と半信半疑だ。

「今年の初めから税関が開かれるとの噂が何度も流れたが、未だに開かれていない。そんなことの繰り返しで、もはや何とも思わない。以前は、国境が開かれると聞いただけで夜も寝られないほど嬉しがったが、今は正反対だ。いっそ完全に開かれないとなるとあきらめもつくが、いつまでこんな蛇の生殺しのような状態に置かれるのかと考えると、お先真っ暗だ」(市内の貿易業者)

当局から貿易再開の具体的な指示が下された前回は、中央の検閲(監査)で問題点が発覚した。それが終わっても、未だに開かれない状況に別の貿易業者は、こんな強い不満を示した。

「冗談もほどほどにして欲しい。開くと言ったのに、なぜ先延ばしにするのか理解できない

業者の間から強い不満の声が上がるのは、再開に向けてヤミ金業者から借金して、鉱石や薬草を大量に買い付けているからだ。再開が遅れると、それだけ利子が膨らむ。中でも、地域の名産品で中国でも人気の高いトゥルチュク(クロマメノキの実、ブルーベリーの一種)を大量に買い付けた業者からの不満が大きいようだ。

「8〜9月が収穫時期のトゥルチュクを買い付けた貿易関係者のイライラが募っている。早く輸出しなければ熟してしまい、味も変わって新鮮でなくなり、安く買い叩かれ損をしてしまう」(情報筋)

税関業務の再開が遅れている明確な理由は明らかになっていない。ただ、中央がこの地域を、かなり問題視していたことは確かだ。鉱業以外の産業に乏しいこの地域の人々の多くは、正式な貿易に加え、密輸にも手を出し、中国から様々な生活必需品を輸入して全国に流通させていた。

コロナ鎖国で貿易が止まったことで、国産品で中国製を代替するようになったが、密輸が再び盛んになると、価格競争力や質の面で劣る国産品は、あっという間に中国製に駆逐されてしまい、市場で取引される多くの品物が中国製というコロナ前の状況に戻ってしまう。

そこで、国がすべての貿易を司り、本当に必要なものだけを輸入する体制を確立しようとしているが、恵山税関を開くと元の木阿弥になってしまうと考えているのだろう。

それだけではない。品物と同時に、当局の最も嫌う韓流コンテンツも国内に流入することは、火を見るよりも明らかだからだ。できるのならば、恵山税関は完全に廃止したいというのが、当局の本音かもしれないが、そんなことをすれば、市民の不満が爆発して、大規模な騒擾が起こりかねない。

なお、国産品とは言っても、その多くが中国に原材料や製造技術を頼っている。いくら「自力更生」を叫んだところで、貿易なしで北朝鮮という国は成り立たないのだ。

中国から撮影した北朝鮮・恵山市の町並み (画像:milky0733)