ジェームズ ダイソン財団(https://www.jamesdysonfoundation.jp/)は、次世代のエンジニアやデザイナーの支援・育成を目的に、同財団が主催する国際エンジニアリングアワード、James Dyson Award (以下、JDA) の国内最優秀賞作品を含む上位3作品を発表しました。初開催の2005年から一貫して「問題を解決するアイデア」がテーマである本アワードに、今年は世界30か国より1,900以上の応募がありました。国内審査の結果、JDA2023の国内最優秀賞は法政大学 田中 郁也氏、日本大学 成嶋 セルジオ 正章氏による、視覚障害のある人が安心して横断歩道を渡るための歩行者用信号認識プロダクト「AISIG」(https://www.jamesdysonaward.org/ja-JP/2023/project/aisig/)に決定しました。
この作品は、視覚障害のある人は音響信号機や周囲の環境音などを頼りに横断歩道を渡っているものの、音響信号機の設置数は全国で20万基ある信号機のうち約2万基(令和4年3月末現在・出典:警視庁)と、非常に少ない現状に問題意識をもったことをきっかけに開発されました。視覚障害者にとって音響信号機のない交差点を渡ることは、いつ車が通るか分からないため命がけの行為です。そして交差点が渡れないために、「行きたいところに行けない」という悩みを抱えている視覚障害者が多くいます。
それを解決するアイデアとして生まれたのが、「AISIG」です。「AISIG」は、AIによる画像認識でリアルタイムに歩行者用信号機の色を判断し、利用者に伝えることで、視覚障害のある人が安心して横断歩道を渡れるよう手助けをするプロダクトです。青の時は短い振動、赤の時は長い振動といった振動パターンの違いで、判定結果を利用者に伝達します。またAISIGは白杖に装着するため、利用者は普段と同じ動作で使用ができます。
このプロジェクトがスタートした背景について、田中氏は次のように述べています。「きっかけは、チームメンバーである成嶋 セルジオ 正章が先天性の弱視という視覚障害をもっており、彼自身や彼の知り合いも、横断歩道を横断するのに苦労をしていたことでした。また、視覚障害者が横断歩道で事故にあうケースは後を絶たず、この問題は絶対に解決しなければならないと考えました。」
また今回の受賞を受け、田中氏は「受賞の知らせを聞いたときは、驚きと嬉しい気持ちでいっぱいでした。AISIGの実用化に向けて、多くの人にこのプロジェクトを知ってもらうことを目標にしています。今回の受賞が、日本だけではなく世界に人々にも認知されるきっかけになればと思っています。今回の結果は皆さまからの期待と受け取り、AISIGの実用化に向けて今後も開発に取り組んでいきます。」とコメントしています。なお、本受賞作品には賞金5,000ポンド(約80万円*)が贈られます。
また、国内準優秀賞は下記の2作品に贈られます。
●洋上風力発電のブレード点検作業を行うロープ自走式昇降機:(東北大学)
内蔵された動力でロープ上を昇降する自走式昇降機によって、洋上風力発電のブレード(翼部)点検作業を行う
●carari:(京都工芸繊維大学大学院)
自閉症スペクトラム障害の人に向けた集中のコントロールをサポートするツール
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< JDA2023 国内最優秀賞 AISIG>
https://www.jamesdysonaward.org/ja-JP/2023/project/aisig/
概要:AISIGは視覚障害のある人が安心して横断歩道を渡るための歩行者用信号認識プロダクトです。AIによる画像認識を用いて歩行者用信号機の色を判定し、青の時は短い振動、赤の時は長い振動といった振動パターンの違いで、判定結果をユーザーに伝達します。このデバイスによって視覚障害者の生活圏の拡大を目指しています。作品動画はこちら(https://www.youtube.com/watch?v=pxo5Tlw6wxk)。
問題:音響信号機のない交差点を渡るのは、視覚障害者にとってはいつ車が通るか分からないため、命がけの行為です。そして音響信号機の設置数は、全国で20万基ある信号機のうち約2万基(令和4年3月末現在・出典:警視庁)と非常に少ないのが現状です。交差点が渡れないために、「行きたいところに行けない」という悩みを抱えている視覚障害者が多くいます。
解決策:画像認識技術で信号の赤と青を判定して視覚障害者に伝達します。個人が持ち運べる携帯型デバイスで信号の色を判定できれば、音響信号機のない交差点でも安心して渡れるようになると考えました。AIによる画像認識で信号の色を判定し、デバイスが振動することでユーザーに赤か青かを知らせます。約500枚の信号機の画像を機械学習させたAIによる判定に、OpenCVの画像処理をかけることで画像認識の精度を高めています。
今後の展望:今後の課題は画像認識の精度を高めることにあります。現段階では約85%の認識精度ですが、これを100%に近づけていくために、もっと多くの信号機の画像を学習させ様々なシチュエーションに対応できるようにしていきます。数年後には実用化できることを目標に、チームメンバーはもちろん、周りの人とさらに協力して開発に取り組んでまいります。
製作者: 田中 郁也氏 法政大学 デザイン工学部 システムデザイン学科
JDA国内審査員 緒方壽人氏コメント:
「信号機の色を認識することに特化している点、加速度センサーを使ってユーザーが杖を持って立ち止まった時にのみ画像認識を行うように工夫されているところがテクノロジーの使い方としてバランスがよいと感じる。こうしたAIの活用シーンが今後生活の様々な場面に浸透していくことを感じさせる作品である。」
JDA国内審査員 川上典李子氏コメント:
「白杖の傾きの違いで信号機の画像認識が始まり、色の違いは振動でユーザーに伝達されるという課題の解決方法が秀逸である。安全な歩行のために正確な情報の伝達が不可欠であるが、白杖に装着することで個々に携帯できる点をはじめ、煩雑ではない操作方法で活用可能な装置を目ざした試作検証の過程を高く評価したい。認識精度のさらなる向上や装置の形状の検討も継続されることで、必要とする方々に届けられるプロダクトに結実することを願っている。」
JDA 国内審査員 八木啓太氏コメント:
「視覚障害者が横断歩道を安全に渡れるよう、信号の色を画像認識し、利用者に伝える作品である。現状の試作機で既に80%の認識精度を実現しており、今後精度が向上すれば、多くの利用者にとって非常に実効的なソリューションとなりうる。また、従来技術(スマートフォンをかざして信号の色を判断する)などと異なり、横断歩道で白杖を立てることで自動的に画像認識し、振動で伝えるなど、利用者の自然な行為に寄り添ったUXである点も評価した。今後プロジェクトが成功し、多くの視覚障害者の方々にとって、安全の目となることを期待したい。」
JDA国内審査員 菅原祥平コメント:
「明確な問題とそれに対するアプローチが一貫しており、段階的で科学的な検討を経て現在の解決策にたどり着いている事がうかがえる。現在の白杖にデバイスを装着するというアイデアは、使用者が元々使用する道具を上手く利用しており、且つ操作やフィードバックも極端に不自然な動作を必要としていない事から解決策として綺麗にまとまっている。今後の更なる改良が楽しみである。」
https://www.jamesdysonaward.org/ja-JP/2023/project/self-propelled-blade-inspection-climber/
概要:内蔵された動力でロープ上を昇降する自走式昇降機によって、洋上風力発電のブレード(翼部)点検作業を行います。 従来の洋上風力発電の点検作業は高所作業のリスクが伴っていましたが、本技術でこの課題を解決することができます。ブレードにロープを張りその上をこの昇降機で往復させ、カメラを使用してブレード上の汚れや破損を点検します。限られた空間でも簡便に点検システムを敷設することができ、点検作業に伴うコストや電力損失を削減し、安定的な電力供給を維持することが可能になります。
問題:洋上風力発電の運用及び保守点検にかかる費用は、発電原価の約2割を占めています。その原因の一つは、人力による点検作業の場合、高所での作業となる上、ブレード上のクラックなどの異常に気づくことのできる判断力が必須であることが挙げられます。さらに、洋上の風車へのアクセスの困難さや、点検中は1基あたり最大80時間も運転を停止しなければならないことも費用がかかる原因です。このように、洋上風力のメンテナンスは発電事業者の大きな負担となっています。
解決策:今後ますます開発が進むとされる洋上風力発電で安定的に電力を供給するためには、コストを抑えた効率の良い点検システムの構築が必要だと考えました。そこで、我々が持つロープ上を自走する昇降機の技術を用いた点検システムについて開発・検証をスタートさせました。私たちの考える最終的な状態は、ロープ自走式昇降機を常に風力発電のブレードに取り付け、運用を止めずに自動で点検をすることです。
今後の展望:今後は、カメラを用いて撮影しながらの昇降や、100m以上の昇降能力の実証をする予定です。また、洋上風力発電の事業者や点検作業を行う方々、海外の企業などへのインタビューを通して、課題の深掘りとコンセプトの実証を同時並行で行っていきます。そして、来年の3月までに、陸上の風力発電での実証実験を行うことを目標としています。来年の年末までには、画像診断技術を実装し、実際の洋上風力発電での実証実験を考えています。
製作者: 児玉 幸斗氏 東北大学 工学部 機械知能航空工学科航空宇宙コース
葛野 諒氏 東北大学 工学研究科航空宇宙工学専攻
JDA国内審査員 緒方壽人氏コメント:
「再生可能エネルギーの一つとして注目される洋上風力発電に着目し、カメラとロープによる無人での安価なメンテナンスを実現しようとしている。過酷な環境での利用が想定されるため、この点検装置自体の耐久性や安定性が課題であるが、実際に試作を重ねながら検証と改良を進められているプロセスは評価に値する。」
JDA国内審査員 川上典李子氏コメント:
「カーボンニュートラルの今後の切り札としても洋上風力発電の可能性が示されている。それだけに宇宙エレベーターの研究開発の成果を洋上風車のブレード(翼部)点検機能に活かそうとする着想と取り組みを興味深く拝見した。次なる段階では、陸上における風力発電や洋上での実証実験の結果や、安定した昇降制御に関する検証結果にも期待したい。洋上作業の可能性を切り拓くものとなることを願いつつ、開発の行方に注目したいと思う。」
JDA国内審査員 八木啓太氏コメント:
「洋上風力発電のブレード点検作業に関する問題に対し、ロープ自走式昇降機を応用して解決を目指す作品である。従来式の点検装置や、人によるブレードの点検方法などの課題に対し、従来にない方式で問題解決を目指し、プロトタイピングや検証を経て改善を重ねるプロセスを含め、評価した。 実用化に至るまでには、数多の課題が見込まれるが、最終的に洋上風力発電の遠隔自動点検システムの実現に期待をしたい。」
JDA国内審査員 菅原祥平コメント:
「現在の段階までに複数のテーマやプロトタイプを経て改良が重ねられている事が示されている。ロボットによる自動化で、より安全に安価に点検が行える様になればその恩恵はとても大きい。プロジェクトの規模と洋上で使用する性質上、実用化までに越えなければならない壁が数多くある事は容易に想像できるが、一歩一歩着実に前に進めていって欲しい。」
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<JDA2023 国内準優秀賞 caraari>
概要:自閉症スペクトラム障害の人に向けた集中のコントロールをサポートするツールです。自閉症スペクトラム障害の特性である視覚的優位を生かし、ブロックが積み上がった高さで回数・時間を可視化し、進捗把握を促します。また、ビー玉を転がし止まった場所に従ってあらかじめ決めた行動をとることで、意識を外に向け十分な時間休憩をとることを手助けします。これにより集中力をコントロールすることをサポートし、過集中を防ぐことが可能です。
問題:自閉症スペクトラム障害の特性である過集中に着目しました。過集中時には高い集中力を発揮する反面、他のことに意識が向けられないため周りの呼びかけに気が付かない、時間感覚がなくなり生活リズムが狂ってしまうなど、日常生活に支障をきたすことがあります。また疲労を感じづらく没頭してしまうため、反動で極度の脱力状態になってしまうことがあり、健康面でも大きな負荷がかかっています。
解決策:本作品は6つのアクリルブロック、トレイ、ビー玉で構成されています。アクリルブロックの内部は階段状になっており、ブロックを順番に重ねると内部の階段が繋がり、螺旋階段のように上から下までビー玉が転がり落ちるようになっています。休憩目安時間になったらアクリルブロックを1段積み、ビー玉を転がして止まった場所に応じた休憩行動をとります。これを繰り返すことで、一定時間ごとに休憩を促し、過集中を防止します。また、アクリルブロックが積み上がることによって、自閉症スペクトラム障害の人が実感しづらい時間や作業量の蓄積、進捗状況を高さの推移で視覚的に体感し、達成感や満足感に繋げます。
今後の展望:今回の受賞作は自閉症スペクトラム障害の過集中について着目しましたが、自閉症スペクトラム障害以外にも、世の中には様々な課題を抱えている人がいます。マイノリティの人々が社会課題に対してより生きやすく、個々人の違いを認め合える世の中になるよう、デザインによって誰かの生きづらさをとりのぞくことを目標にこれからも活動していきたいと考えています。
製作者:大原 衣吹氏 京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科 デザイン学専攻
JDA国内審査員 緒方壽人氏コメント:
「何かに集中しすぎてしまうという自閉症スペクトラム障害の人が抱える過集中という状態に真摯に向き合い、ブロックを積むという単純な行為から自然と意識を外に向け休憩をとること促すという繊細な意識と行動のデザインがされている。日常生活で目に触れる道具としてオブジェとしても美しくデザインされている点も評価できる。」
JDA国内審査員 川上典李子氏コメント:
「集中力のコントロールによる休憩をとることのできるしくみや、時の経過を視覚的に認識できる状況になっているなど、自閉症スペクトラム障害を持つ人々の現状に丁寧に向き合った提案となっていることに注目した。本アワードではこれまで挙がっていなかった課題への取り組みであることも興味深く、使用者の立場をふまえた細やかな工夫や配慮はもちろん、アクリルブロックの美しさなどプロダクトデザインとしての魅力も備えている。汎用性の検証をはじめ、本提案からの展開に期待したい。」
JDA国内審査員 八木啓太氏コメント:
「自閉症スペクトラム障害の方々の、過集中という問題を抑制するための作品である。
プロトタイプを通して、モニタユーザーの方にインタビューとユーザーテストを繰り返し、過集中の解決に有効な作品に落とし込んでいる点を評価した。社会でさらなる実効性を発揮する為には、より広いモニタリングや定量的な効果の確立などが必要と考えるが、今後プロジェクトが発展し、多くの過集中に悩む方々のソリューションとなることを期待したい。」
JDA国内審査員 菅原祥平コメント:
「科学技術が発達した現在では問題の解決策として工学的なアプローチがされがちであるが、本作品はそれだけが唯一の方法ではないという事を示している。繰り返しユーザートライアルを行い、フィードバックを元に段階的な改良を重ねている事が示されており、どの様にすればユーザーが抱える問題を解決できるかを中心において開発を進めていった事が窺える。今後はユーザーの範囲を広げた検証を行うなどプロダクトの精度を更に高めていって欲しい。」
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今後の審査の流れ
上記3作品を含む各国作品群は国際第2次審査に進みます。その中からTOP20作品が選ばれ、ダイソン創業者兼チーフエンジニアのジェームズ ダイソンによる国際最終審査に進みます。選考結果は、TOP20を10月18日に、最終結果を11月15日に発表予定。国際最優秀賞受賞者には、賞金30,000ポンド(約477万円*)、国際準優秀賞には5,000ポンド(約80万円*)が贈られます。また、ジェームズ ダイソン アワードのInstagram(https://www.instagram.com/jamesdysonaward/?hl=en、英語のみ) やDyson Newsroom(https://www.dyson.co.jp/community/news.aspx、日本語) でも最新情報を適宜ご案内いたします。
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JDA2023国内審査員
緒方壽人氏 デザインエンジニア/Takram ディレクター
ソフトウェア、ハードウェア問わず、デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスまで領域横断的な活動を行うデザインエンジニア。東京大学工学部を卒業後、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)、リーディング・エッジ・デザインを経て、ディレクターとしてTakramに参加。
川上典李子氏 デザインジャーナリスト
AXIS編集部を経て1994年に独立、企業やデザイナーの取材、執筆を行う。国際交流基金主催の展覧会の共同キュレーションにも関わり、「London Design Biennale 2016」日本公式展示キュレトリアル・アドバイザーを務める。21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクター。武蔵野美術大学 工芸工業デザイン学科客員教授。
八木啓太氏 デザインエンジニア/Bsize(ビーサイズ株式会社)代表取締役
2011年、ハードウェアスタートアップBsizeを設立。同年、世界で最も自然光に近いLEDデスクライト“STROKE“を上市し、たったひとりの家電メーカー「ひとりメーカー」として話題に。NHK連続テレビ小説「半分、青い。」で「ひとりメーカー」公証として制作協力。現在は、AI・IoT技術を応用した見守りロボットGPS BoTを展開。JDA2006入賞。その他受賞歴に、Good Design賞、Red Dot賞、iF賞 等
菅原祥平 ダイソン社 デザインエンジニア
ダイソン初の日本人デザインエンジニア。現在、英国マルムズベリーのNPI(New Product Innovation)所属。
*参考金額:1ポンド=159円 発表時の為替相場に応じて換算
配信元企業:ダイソン株式会社
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