ジブリ作品の中でも世界中で爆発的ヒットとなった映画『千と千尋の神隠し』。同作では"カオナシ"という不気味なキャラクターがストーリー後半で際立ってくるのだが、制作当初はモブキャラだったことをご存じだろうか。そもそもこの映画のストーリーは当初、「湯婆婆を倒したあとに姉の銭婆を倒すアクションもの映画」になる予定だったのだそうだ。

「一見、最初のストーリーのほうが分かりやすいし、そのほうがヒットすると考える人もいるかもしれません。(中略)でも、大ヒットする映画にはならない。なぜなら、そこには"現代との格闘"がないからです」

 上記は書籍『スタジオジブリ物語』(集英社新書)に記された文章です。同書は鈴木敏夫プロデューサー責任編集のもと、藤津亮太氏(元ジブリの出版部に所属していて現在はアニメ評論家)とジブリ所属の野中晋輔氏が執筆した。同書では歴代ジブリ作品の企画・立案から宣伝方法まで、各作品ごとに詳細に書き記されている。まさに「裏ジブリ決定版」といったところではないだろうか。

 ジブリスタジオの歴史や、ジブリに関わった人々(高畑 勲氏や庵野秀明氏、押井 守氏など)についても、その人となりを含めたエピソードが綴られており興味深い。鈴木プロデューサーが編集責任というだけあって、宮崎 駿氏の意外な一面が多く語られているのも面白い。

 先述した『千と千尋の神隠し』のように、作品の意外なエピソードも同書にはたくさん記されている。例えば『もののけ姫』に出てくるタタラ場の責任者・エボシ御前は、企画段階で「エボシは命を落とすことにしたらどうか」という案が出されていたという。もしそうなっていたら物語の雰囲気もガラリと変わっていたかもしれない。

 「すごいな、面白いな」と何とはなしに観ていたジブリ作品。しかし各作品にしっかりとしたテーマがあることがわかり、「そういうことか!」と腑に落ちる点も多くある。例えば『魔女の宅急便』は「そのくらいの才能(飛べるだけ)なら誰でもある。それで食べていけるのか?」という現代に絡めたテーマが根底にある。

「最初の出発点として考えたのは、思春期の女の子の話を作ろうということでした。しかもそれは日本の、僕らのまわりにいるような地方から上京してきて生活しているごくふつうの女性たち」(同書より)

 また公開前に「子供には難解すぎるのでは?」という評価の多かった『もののけ姫』について、宮崎氏はこう語っている。

「『作品はメッセージやテーマのためにあるのではない。一言や二言で語れるのなら映画をつくる必要はない。子供が何を受け取ってくれたかは、もっと後になってはっきりするのではないか』(中略)興行的に成功したことについても『それは社会現象であって、作品が本当に支持されたとは言えない』とつとめて冷静に構える」(同書より)

 私がジブリ作品を初めて見たのは小学生の頃だったが、不思議なのは何年たっても作品が色褪せないことだ。時代背景や国などが曖昧に描かれているのも要因のひとつだとは思うが、年齢を重ねると子供の頃とは違った感情移入ができる。それはジブリ作品がただのファンタジーではなく、見ている人たちが知らず知らずのうちに作品に込められたテーマを感じ取っているからではないか。

 各作品のテーマは、歴代ジブリ作品に共通する普遍的テーマ「生きる」につながっている。同書にあるように歴代ジブリ作品のキャッチコピーは「生きること」に焦点を置いたものが多い。「生きろ。」(『もののけ姫』)、「生まれてきてよかった。」(『崖の上のポニョ』)、「4歳と14歳で、生きようと思った。」(『火垂るの墓』)などなど。また『風の谷のナウシカ』の原作漫画の最後は「生きねば」というセリフで締めくくられている。

「それはおそらくこの30年が、『生きるとは何か』を何度も問い直さざるをえない時代だったからでしょう」(同書より)

 『紅の豚』制作中には湾岸戦争が勃発。さらに『コクリコ坂から』制作時には東日本大震災が起きている。「宮さんのコンテが進まないことと世界情勢の変化には関係があると、何とはなしに思っていました」と鈴木プロデューサーは語っていた。宮崎氏、ひいてはスタジオジブリにとって「生きること」と「戦争」は常にリンクしているテーマなのだろう。そしてそれは世界中の人々にとっても解決が難しい永遠のテーマでもある――。

 同書は「ジブリのすべてが詰まっている」と言っても過言ではない。「表のジブリ」から「裏ジブリ」まで網羅したい人にはぜひ読んでほしい一冊だ。

『スタジオジブリ物語 (集英社新書)』鈴木 敏夫 集英社