インフレ局面を迎える中、安易に値上げをすれば顧客を失いかねず、価格を据え置けば利益は削られる。多くの企業にとって、今、「価格戦略」は最も重要な課題の1つだろう。当連載は、製品の販売価格をマネジメントする「価格支配力」により、高い利益率と成長を両立させるマーケテイング戦略、価格戦略について解説した書籍『価格支配力とマーケティング』(菅野 誠二、千葉 尚志、松岡 泰之、村田 真之助、川﨑 稔著/クロスメディア・パブリッシング)から一部を抜粋・再編集してお届けする。

 第2回は、ミラーレスカメラを開発してゲームチェンジャーとなり、市場シェア世界一となったソニーのマーケテイング戦略を明らかにする。

JBpressですべての写真や図表を見る

<連載ラインアップ>
第1回 クラフトビール市場を広げたキリンビールの「カテゴリーずらし」とは?
■第2回 「Sony listens.」とプロが称賛、ソニー「感動」のマーケティング戦略(本稿)
第3回 10年間で売上が約8倍、高収益企業スノーピークの「超上澄み価格設定」とは?
第4回 圧倒的な付加価値を創出、日東電工の「三新活動」「ニッチトップ戦略」とは?

<著者フォロー機能のご案内>
無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

 リフレーミング=購買要因の重要度ずらしによるマーケティング・イノベーション 

 ここでソニーの企業文化浸透のキーワードである「感動」を体現した、マーケティング戦略の具体例を紹介したい。

 2010年(1)、当時のソニー一眼レフのプロ・ハイアマチュア層向けカメラでキヤノンに水をあけられて低迷していた。この時、道は大きく2つあった。売れ筋キヤノンの真似をして既存の重要購買決定要因/KBF:Key Buying Factorを改善する道か、またはその顧客が重要な購買要因とは知覚できていない新しい購買要因を特定し、「こちらの方が、重要では?」と判断基準の軸をずらす道だ。これは顧客に共感し、顧客理解をすることからはじめる「リフレーミング」だ。対象の枠組みを変えて別の感じ方を持たせる方法であり、戦う土俵そのものを変える方法とも言えるだろう。

(1)『カメラ市場の「破壊者ソニー 「α9」が変えた創造と革新 』東洋経済ONLINE 2021/01/18

 そこで2010年にキヤノンニコンの最大の強みである「レンズ資産活用」を無効化するために、ソニーαシリーズ新規格のレンズ口径に変更し、他社レンズが使えるように仕様情報を開示することで、レンズマウントアダプターもサードパーティを通じて整備した。こうすることで、両老舗メーカーからのスイッチングコストを下げたのである。

 2013年にはCMOS画像素子のフルサイズを使用したミラーレスカメラ(2)α7を発売してゲームチェンジを狙った。ミラーレスカメラはパナソニックが先行していたが、技術的な問題から、まだ普及していなかったタイミングだ。

(2)ミラーレスカメラ:カメラ筐体内に鏡がなくコンパクトな設計にできるカメラのこと

 そして2017年、α9の発売に至って、文字通りミラーレスというカテゴリーを創造して、ついにはシェア逆転を果たし、市場シェア世界一を獲得した。

 当時のエンジニアはこの一連の動きを「強みの活用」と「弱みの克服」と指摘する。元々、ソニーのお家芸は小型化技術である。ミラーレスは構造上、小型化には有利だが、オートフォーカスが遅いという弱点があったが、「像面位相差イメージセンサー」という技術開発で克服したのだ。これは技術に端を発するプロダクト・イノベーションに見えるが、担当者たちからすると、「プロのカメラマンの本音やインサイトを徹底して収集し、考え抜いた成果」だという。

 ベテランのプロ写真家であっても、重くかさばるカメラとレンズを何本も持って現場で動くのは辛い。その弱音、本音を見逃さなかった。また、プロと言えども、動きの激しい被写体の決定的瞬間をマニュアルで撮るのはほぼ不可能なのだ。これもプロとしては声には出しにくい本音だ。これら「軽量コンパクト」「瞳オートフォーカス精度」をインサイトと捉え、自社の強みを活かした。

 今ではプロのカメラマンから、「Sony listens. /ソニーは我々の話をよく聞いてくれる」と言っていただけるそうだ。ある技術者は「ユーザーの声をよく聞き、彼らのペインポイントを新しい技術で解決した、良き例かと思います」と仰っていた(図3-8)。

 発売後はソニーのカメラを疑問視していたプロに徹底的に使用してもらい、その反応と撮った写真をSNSで拡散した。AP通信のフォトグラファーが認定してくれたこともコミュニケーション戦略上、大きい。高額なカメラ市場にはヒエラルキーがあって、頂点の著名プロが購入して「ソニー、いいね。」となると、その下の金持ちハイアマチュアへ、そしてお小遣いを貯めて買うミドルレンジのアマチュアへと裾野が広がる。そのアマチュアである私も、WEBの記事を読み、作品事例で夕闇で走り回る子どもの瞳にフォーカスができることに驚き、α7を購入して、まさに「感動」したのだ。これが顧客インサイト発見からのプロダクト+コマーシャル・イノベーションである。

 価格支配力を持ち、顧客とハッピーな関係をつくり出せている企業の多くは、マーケティング・イノベーションを実行している。

 私たちは示唆に富んだ事例研究を通じて、新しい現実を理解するためのフレームワークを学習して、勝ち筋の抽象化をおこなう。そしてその仕組みと効果を知り、自らの経営にカスタマイズして活かしていく必要がある。

<連載ラインアップ>
第1回 クラフトビール市場を広げたキリンビールの「カテゴリーずらし」とは?
■第2回 「Sony listens.」とプロが称賛、ソニー「感動」のマーケティング戦略(本稿)
第3回 10年間で売上が約8倍、高収益企業スノーピークの「超上澄み価格設定」とは?
第4回 圧倒的な付加価値を創出、日東電工の「三新活動」「ニッチトップ戦略」とは?

<著者フォロー機能のご案内>
無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  盛田昭夫はいかにして無名だったソニーを「世界のSONY」に成長させたのか

[関連記事]

盛田昭夫が夢見たソニー流「エレキとエンタの両輪経営」はこうして実現した

わずかな“揺らぎ”を増幅させヒットにつなげる、SME流エンタメDXの神髄