厚生労働省の調査によると、会社勤めを終えた人が受け取る退職金の金額は20年間で1,000万円以上減っていることが明らかになっています。金額が減るだけならまだしも、退職金の支給は義務ではないため、20年後、30年後の未来に勤め先から退職金制度そのものがなくなってしまうリスクも十分に考えられます。そう考えると、「退職金で住宅ローンを完済して…」という人生設計を組むことがいかにキケンなことかがわかるのではないでしょうか。詳しくみていきます。

退職金で住宅ローンを完済…老後生活に向けた準備は万端か

60歳を迎えたサラリーマンの多くが、このまま働き続けるか、完全に引退するかという選択を迫られます。引退すれば収入が途絶えるのは当然ですが、「嘱託社員」などの形で働き続けることにしたとしても、現役時代に比べて大幅に収入が減少することは避けられません。

そんな元・サラリーマンの現役引退後の生活を支えるのが、「退職金」。

中央労働委員会『令和3年賃金事情等総合調査(確報)』によると、「退職金がある(退職一時金制度がある)企業」は89.7%。およそ9割のサラリーマンが定年退職時に一括で、あるいは何年かに分割して退職金を受け取ります。

日本経済団体連合会の『2021年9月度退職金・年金に関する実態調査』によると、大卒サラリーマンが定年とともに手にする退職金は「管理・事務・技術労働者(総合職)」(勤続年数38年)で平均2,243.3万円。一方、中小企業の場合は、大卒の定年退職で1,091.8万円(東京都産業労働局『中小企業の賃金・退職金事情(令和4年版)』)と、大企業の半分程度というのが平均的な水準です。

大企業で2,000万円、中小企業で1,000万円という退職金ですが、一般社団法人 投資信託協会の『60歳代以上の投資信託等に関するアンケート調査(2021年(令和3年))』によると、退職金の使い道として59.3%の人が「預貯金」を挙げています。2番目以降には、「日常生活費への充当」(25.6%)、「旅行等の趣味」(21.7%)が続きます。

そして、4番目にランクインしているのが、「住宅ローンの返済」(20.8%)。年金生活に突入した後も返済を続けていくのは不安だからと、退職金を受け取ったタイミングで繰り上げ返済してしまおうと考える人が多いのです。

国土交通省のデータからマイホームの一次取得者の平均的な姿をみていくと、世帯主の年齢は概ね40歳。30年返済・3,000万円程度のローンを組んで住宅を購入しています。仮にローンの金利が0.5%、返済方式は元利均等とすると、40歳で契約したローンの残債は、60歳時点で1,040万円ほどになっている計算です。

中小企業勤務のサラリーマンであれば、退職金をすべて使って完済。大企業勤務のサラリーマンなら退職金から1,000万円を返済に充てても、手元にはあと1,000万円ほどが残ることになります。

負債はキレイさっぱりなくなって、年金生活に突入する準備も万端というところでしょうか。

退職金支給額は過去20年間で「1,000万円」も減少

ただ、少し過去を遡ってみると、退職金を前提にした人生設計がいかに危ういものなのかがわかります。厚生労働省『就労条件総合調査』によると、退職金の平均額は右肩下がりの推移を続けており、1997年に2,868万円だった支給額は2017年には1,788万円に。20年間でなんと1,000万円以上も減っているのです。

仮に同じスピードで支給額が減るとすると、現在40歳のサラリーマンが定年を迎える20年後、大企業における退職金の支給額は1,000万円ということになります。「ローンを完済しても手元に1,000万円残る」と想定していた人にとっては、受け入れがたい未来です。

上記は乱暴なシミュレーションではありますが、社会情勢や企業の財務状態によって支給額が変動することは事実。

調査機関のデータや、直近で退職した先輩の話から自身が定年退職時に受け取れるであろう退職金額を推定し、それを前提に老後のマネープランを設計するのはキケンです。退職金は法律で支給が義務付けられているものではありませんから、上記のような情勢の変化によって退職金規定が変わり、勤め先の会社から退職金制度そのものがなくなってしまう可能性もゼロではないのです。

定年退職が目前に迫っている会社員であれば、退職金の使い道についてあれこれ思いを巡らせてみたくもなるでしょうが、定年を迎えるのは20年以上先というような段階でシミュレーションしてみても、それは「捕らぬ狸の皮算用」。定年時、実際に手にする退職金額を知って「えっ、2,000万円もらえるんじゃなかったっけ…」と絶望する可能性が高いといえるでしょう。

60歳で引退するか、嘱託社員として同じ会社で働き続けるか。選択肢は人それぞれですが、いずれにしても、多くの場合60歳を機に現役時代に比べて大幅に収入が減少します。ゆとりある老後を迎えるには、大企業で平均2,000万円、中小企業は平均1,000万円ほどとされる退職金は「もらえればラッキー」という程度に捉え、仮に想定通りの退職金を受け取れたとしても、緊急時以外はそれに手を付けなくても済むように現役のうちから資産形成を行っておくことが重要です。

(※写真はイメージです/PIXTA)