千葉大学分子キラリティー研究センターの尾松孝茂教授、大阪公立大学大学院理学研究科の柚山健一講師らの共同研究グループは、蛍光色素が溶解した高粘度液体(蛍光性インク)の液膜に光渦(注1)を照射することで、直径100 µm(マイクロメートル)程度のサイズの揃った液滴を、マイクロメートルスケールの高い位置精度で印刷することに成功しました(図1)。さらに、印刷した微小液滴は液滴内部に効率よく蛍光を閉じ込めることができます。その結果、微小液滴がレーザー発振することも明らかにしました。
 これらの印刷技術は、微小液滴レーザーアレイの作製や導電性ナノインク、細胞足場材用バイオインクなどのパターニングを可能にし、次世代プリンタブルフォトニクス/エレクトロニクス技術の確立に繋がることが期待されます。本研究成果は、2023年9月13日(現地時間)にアメリカ化学会の学術誌 ACS Photonics にてオンライン掲載されました。

  • 研究の背景

 液滴を対象物に直接印刷する手法として、ノズルから微小液滴を吐出して印刷を行うインクジェット技術がよく知られています。しかしながら、高濃度で高粘度なドナー物質をノズルの目詰まりなく印刷することは難しく、新しい印刷技術が求められてきました。レーザー誘起前方転写法(注2)(Laser-induced forward-transfer: LIFT)は、レーザーパルスを照射して印刷したい物質(ドナー物質)を転写するという印刷技術です。LIFTは、インクジェット印刷とは異なりノズルを使用しないため、様々な物質を目詰まりの心配なく吐出することができる次世代印刷技術として期待されています。従来のLIFTでは、通常のレーザー光(ガウスビーム(注3))が利用されてきました。共同研究グループは、光渦と呼ばれる特殊なレーザー光を用いると、従来のLIFTでは転写できない高粘度液体を安定して印刷できることを見出しました。

  • 研究の成果

 本研究では、水の約100倍の粘度をもつ蛍光性インクを使用しました。通常のレーザー光(ガウスビーム)を照射して印刷を行うと、吐出される液滴のサイズは不均一になり、転写位置も不規則となります(図2a)。さらに主滴に加えて多数の副滴が同時に印刷されてしまいます。一方、光渦を用いると直径100 µm程度のサイズの揃った液滴を、10%以下の位置決め誤差で転写することができました(図2b)。さらに、副滴が生成することなく、主滴のみが安定的に印刷されました。

 光渦LIFTにより、微小液滴のパターニングを行いました。33個の微小液滴を転写することにより、Osaka Metropolitan University(大阪公立大学)の頭文字である「OMU」を描きました(図3a)。パターニングした液滴はピンク色の蛍光を発します。興味深いことに、全ての液滴において中心部よりも端部分で強い蛍光が観察されました(図3b)。これは、液滴内部で発せられた蛍光が液滴/空気界面での反射を繰り返しながら液滴内部に閉じ込められていることを示しています。

この光閉じ込め効果により、液滴はレーザー発振(光が刺激を受けることによって光波を発生させる現象)します。レーザー発振が起こると、蛍光の色(スペクトル)が大きく変化し、ある特定の波長の光が強く発せられるようになります(図3c)。蛍光色素の種類を変えることにより、異なる色の微小液滴レーザーアレイ(レーザー(光線)を特定のパターンや配置で発生させるための技術)の作製が可能になり、高感度センサーやレーザーディスプレイなどへ応用することができます。

  • 実験の詳細(印刷機構)

螺旋位相板(注4)によって光渦に変換した波長532 nmのナノ秒パルスレーザーをガラス基板上のドナー液膜にビームスポットが50 µmになるようにレンズで集光しました。単一パルス照射によって、液膜から単一液滴を吐出し、別のガラス基板上(レシーバー基板)に液滴として転写しました。

なぜ光渦を用いると微小液滴が安定的に印刷できるのでしょうか?そのメカニズムを解明するため、高速度カメラを使用して、106画像/秒の速度で液滴吐出過程を観察しました。通常のレーザー光(ガウスビーム)を照射すると、液膜が破裂し多数の極小液滴が噴出しました(図4a)。一方、光渦照射の場合、液膜が破れることなく変形し、回転するジェット(細長い液柱)の先端から微小液滴が吐出されました(図4b)。液滴は自転運動しながら安定に飛翔し、レシーバー基板上に転写されます。ジェットや液滴の自転運動は、光渦の軌道角運動量(注5)が大きく寄与しています。光渦特有の捩じり力が液膜に働くことにより液膜が高速で捩じられ、自転するジェットや液滴が生成されることで、安定した印刷が可能になることがわかりました。

  • 用語解説

注1) 光渦:同じ位相の場所を通り波の進行方向に対して垂直になるような面(波面)が螺旋状になっており、円環型の強度分布をもつ光を光渦と呼ぶ。

注2)レーザー誘起前方転写法(LIFT):透明基板上に形成したドナー液膜に対してレーザーパルスを照射して、前方にドナー液滴を飛翔させて転写する印刷技術。原理的に転写できる物質の粘度や濃度に制限がない。

注3)ガウスビーム:平行な波面とガウス分布状の強度分布を持つ光。

注4)螺旋位相板:通常のレーザー光(ガウスビーム)を光渦に変換する光学素子。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  

注5)軌道角運動量:光渦は、1波長あたりの螺旋波面の巻き数リットル(整数)に対してリットルℏの軌道角運動量を有し、リットルに比例したトルク(捩じり力)を物質に与える。ℏはプランク定数である。

  • 論文情報

・著者:Ken-ichi Yuyama, Haruki Kawaguchi, Rong Wei, and Takashige Omatsu

・論文タイトル:Fabrication of an array of hemispherical micro-lasers using optical vortex laser-induced forward transfer

・雑誌名:ACS Photonics

・DOI:https://doi.org/10.1021/acsphotonics.3c01005

  • 研究プロジェクトについて

本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(CREST)の一環として行われました。

配信元企業:国立大学法人千葉大学

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