時系列で新型コロナウイルスの進化の変遷を徹底解説
時系列で新型コロナウイルスの進化の変遷を徹底解説

連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第2話

2020年初頭、瞬く間に世界中に広がった新型コロナパンデミック。発生から約3年半、新型コロナウイルスとは何なのか? 時系列でたどりながら、これまでにわかってきた新型コロナの進化の裏側に迫る。

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【写真】ワクチン接種が進み、新型コロナはイッキに下火になったが……

■BA.5までは「全とっかえ」で進化

今回は新型コロナの「進化」のことについて、記しておこうかと思う。端緒から今まで、いちウイルス学者として、新型コロナ研究コンソーシアム「G2P-Japan」の首謀者として、新型コロナの変異株を追いかけてきた立場から、新型コロナのこれまでの進化の変遷について、簡単にまとめてみようと思う。とはいえ、持論を展開してなにかを扇動したりはしたくないので、できるかぎり客観的に、科学的な事実に基づいたことだけをまとめるよう努める。

まず、新型コロナの「変異株」という概念が生まれたのは、2020年の秋にイギリスで初めて報告された「アルファ株」に端を発する。これは当時は、「イギリス株」とか、専門的な分類名である「B.1.1.7株」と呼ばれた。

やや専門的な話になるが、ウイルス、特に、新型コロナウイルスエイズウイルスのような、「RNA(リボ核酸)」をゲノム(全遺伝子の情報)に持つウイルスは、自分のゲノムを複製する際に、エラーを起こしてしまうことが多い。新型コロナウイルスのゲノムは比較的大きく、エイズウイルスの約3倍もある。これはつまり、単純計算だと、新型コロナが一度の複製でエラーを起こす確率が、エイズウイルスの約3倍になることを意味する。

しかし、新型コロナは巧みなウイルスなので、「校正酵素」と呼ばれる、エラーを修復する酵素を持っている。このことから、私を含む国内外のウイルス学者の多くは、新型コロナウイルスの場合、エイズウイルスやインフルエンザウイルスのような、たくさんの変異を蓄積した、いわゆる「変異株」が出現することはほとんど想定していなかったように思う。

しかし、この「アルファ株の出現」というイベントによって、「やばい新型コロナ、めっちゃ変異するかも」と、にわかに界隈がざわつきはじめる。当時はちょうど、メッセンジャーRNAワクチンが過去に類を見ない速度で開発され、その著効性に世界が沸いていた時期と重複する。つまり、「ワクチンができた! これでもう大丈夫だ!」と色めきたっていたところに、冷や水を浴びせられたような状態であったともいえる。

アルファ株は、ウイルスのタンパク質が変化する17もの変異を、ウイルスのゲノムに蓄積させていた。ひとつやふたつの変異を持ったウイルスはそれまでも見つかっていた。それがいきなり17、である。それだけの変異が蓄積していれば、ウイルスの性質も変わってしまっている可能性が十分に想定される。

そこで、世界各国の研究者が、それぞれの国々で流行していた新型コロナウイルスのゲノムを詳しく調べてみると、南アフリカとブラジルで、アルファ株とは違う変異株が見つかった。現在ではそれぞれ、「ベータ株」「ガンマ株」と呼ばれている。これらのゲノムにもたくさんの変異が蓄積していた。

これら3つの変異株の中でも、特にアルファ株は世界中に広がって、最終的に100以上の国々で流行した。日本も例に漏れず、この株が2021年初頭の第4波の原因ウイルスとなった。

その後で世界を席巻したのが、2021年の春にインドで初めて見つかった「デルタ株」である。デルタ株は、日本の第5波の原因ウイルスとなった。この株は、それまで世界で流行していた、アルファ株をはじめとするさまざまな変異株をすべて駆逐し、全世界を席巻する主流な株となる。

アルファ株も世界のいろいろな国に広がっていたが、天下を統一するほどには至らず。また、それも数ヵ月でデルタ株に駆逐された。それに対してデルタ株は、出現から半年近い間、世界のほぼすべての国々を席巻し続けた。

このことから、「デルタ株が天下をとって、新型コロナの進化もおしまい」という通説が浸透していった。そんな中、2021年末に突如出現したのが、オミクロン株である。2021年末のオミクロンBA.1、その直後の2022年初頭のオミクロンBA.2が、それまで主権を握っていたデルタ株を瞬く間に駆逐し、世界を席巻した。

ちなみに、アルファ株から最初のオミクロン株(BA.1)までは、世界保健機関(WHO)がギリシャ文字の名前をつけていた。しかし、BA.2が出現した際、「これに新しいギリシャ文字の名前をつけるか?」という議論が、WHOを中心として、世界中の研究者の間で巻き起こる。実は私もそれを決めるWHOの会議に声をかけられていて、ウェブ開催された会議に参加した。

最初の武漢株とデルタ株の間の変異の数は31。つまり、新型コロナの出現からデルタ株の出現に至るおよそ1年余りの間に、この31の変異が蓄積されたことを意味する。それに対し、ほぼ同時に発見されたBA.1とBA.2の間の変異の数は、なんと50である。つまり、武漢株とデルタ株の違いよりも、BA.1とBA.2の違いの方が大きい。

「ウイルスゲノムの違い」という観点からすると、武漢株に比べて31の変異を持つデルタ株に固有名をつけるのであれば、BA.1に比べて50もの変異があるBA.2は、ウイルスゲノムの配列上はまったくの別人であり、「オミクロン」とは別の名前を与えられて然るべき、ということになる。

ウイルスゲノムの変異のデータや、当時プレプリントとして公表していた私たちG2P-Japanの実験データ(これはその後、学術雑誌『セル』に掲載された)を、先に述べたWHOのウェブ会議で発表し、「やはり別の名前をつけるのが妥当なんじゃないか」というアピールをした。

しかし結局、「臨床的には特に違いが見られないので」ということを理由に、BA.2に別のギリシャ文字の名前がつけられることはなかった。それ以降、2023年9月現在まで流行しているのは、すべてオミクロン、それもBA.2の子どもたちである。

そして、2022年の夏にはオミクロンBA.5が出現し、それまでの主流だったBA.2を押しのけて世界を席巻(ちなみに、BA.5のゲノムには、BA.2に比べて5個の変異がある)。日本でも流行し、昨夏の第7波の原因ウイルスとなった。つまり、BA.5までは、その出現から全世界規模での流行まで、そのときにいちばん強い変異株が「全とっかえ」する形で、流行の波が繰り返されたことになる。

■ワクチン接種でつくられた大きな「壁」

変異株の特性をさらに詳しく見ていくと、武漢株からデルタ株までの新型コロナの進化は、とにかく感染力を上げることに特化した進化であったといえる。それに対し、当時(2021年)全世界で進められたのが、新型コロナに対するワクチン接種である。短期間で新型コロナに対する免疫を持った人がたくさんできたことで、新型コロナの流行は一時的に世界的に下火になった。

日本も例に漏れず、デルタ株の流行が下火になった2021年秋以降、オミクロン株が出現するまでの間、新型コロナの存在を忘れられるほどに無風の状態が続いた。つまり、新型コロナの目線になってあえて考えてみると、感染力を上げるだけではうまく流行することができない状況が作られた、ということになる。

ワクチン接種が進んだ2021年秋以降、流行は下火になっていったが......。
ワクチン接種が進んだ2021年秋以降、流行は下火になっていったが......。

ウイルス側にとっては、単に感染力を上げるのではなくて、「(ワクチン接種で獲得された)免疫から逃げる」という新たなタスクが生じたわけであり、それを実現したのがオミクロン株であった、といえる。

事実、ファイザー社、モデルナ社のメッセンジャーRNAワクチンの場合、当時は2回接種で十分であるといわれていたが、2回の接種で獲得された中和抗体は、オミクロン株にはまったく効果がなかった(現在では、3回以上接種すれば、オミクロン株にも効く抗体ができることはわかっている)。

■中和抗体から逃げつつ、感染力も維持

新型コロナを含めたウイルスは、感染するために細胞に侵入するとき、ウイルス表面に生えているタンパク質を「鍵」として使う。それを、ヒトの細胞の表面に生えている「鍵穴」となるタンパク質に差し込むことによって、細胞に侵入し、「感染」することに成功する。新型コロナにとっての「鍵」はスパイク、「鍵穴」がヒトのACE2というタンパク質になる。

そして、ワクチン接種や自然感染で獲得される「中和抗体」とは、この「鍵(スパイク)」が「鍵穴(ACE2)」にくっつくことを邪魔するものである。BA.5までのオミクロン株の進化は、ざっくり言うと「鍵」であるスパイクが、以下のふたつの変異を「ニコイチ」で獲得する、ということで成し遂げられていた。

ひとつは、「(感染やワクチン接種で獲得した)中和抗体から逃げるための変異」である。しかし大抵の場合、この変異は、中和抗体から逃げることの代償として、「鍵穴」であるACE2への結合力を下げてしまう。そこで、低下したACE2結合力を補完・補填するためのもうひとつの変異として、ACE2への結合力を上げる変異を獲得する。

これらふたつを「ニコイチ」で獲得することによって、中和抗体から逃げつつ、感染力も維持できる、ということを可能にしていたわけである。これが、2022年夏までの、ざっくりとした新型コロナの進化である。(中編に続く)

●佐藤 佳(さとう・けい) 
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野 教授。1982年生まれ、山形県出身。京都大学大学院医学研究科修了(短期)、医学博士。京都大学ウイルス研究所助教などを経て、2018年に東京大学医科学研究所准教授、2022年に同教授。もともとの専門は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の研究。新型コロナの感染拡大後、大学の垣根を越えた研究コンソーシアム「G2P-Japan」を立ち上げ、変異株の特性に関する論文を次々と爆速で出し続け、世界からも注目を集める。
公式X(旧Twitter)【@SystemsVirology】

文/佐藤 佳 イラスト/PIXTA

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