現在のVTuberシーンにおけるトップランナーの一つであるにじさんじ。そのなかにおいてもタレントの活躍する分野は日々拡がっている。

 メインとなる生配信に加え、事務所が主導する企画への参加や監修、主に一人ひとりのライバーが主導となって進む歌ってみたなどの動画のほか、ここ数年ほどはエンターテインメントのフィールドでアーティストとして日の目を見る者も増加してきた。

【動画】どうしてこうなった!? とんでもない3周年となった長尾景

 育成プロジェクトであるバーチャル・タレント・アカデミーVTA)からも新規ライバーがデビューし始めており、現在約150名のメンバーが所属・活動しているにじさんじ。その層の厚さで今後も大きな影響を与えるだろう。

 さて、前回は2020年最初にデビューしたにじさんじライバー、「メイフ」ことメリッサ・キンレンカフレン・E・ルスタリオイブラヒムの3人組からイブラヒムをご紹介したが、今回からは男性3人組によるユニットグループ「VΔLZ(ヴァルツ)」の面々について記していこう。

 まず初めに紹介するのは、彼らの出身国・桜魔皇国の祓魔師・長尾景。2020年4月2日にSNSで初投稿をすると、4月4日にYouTubeで初配信をおこない、デビューを果たした男性タレントだ。

 濃い青色のロングヘアーポニーテールのように結び、ネクタイ・シャツ・スーツでビシッと決めた細身な体つき、白い肌にアイラインを引いたかのような印象的な目元で、クールなルックスが目を引く。

(参考:【初配信】先に謝っとく。てんやわんやしてごめん。不死鳥長尾景 【にじさんじ】)

■綺麗めでクリーンなイメージとは意外なほど縁遠い? 豪快な笑い声も魅力

 中性的クリーンな印象を持つ長尾だが、そのビジュアル・ルックスと実際の性格・振る舞いとの間に違いがあるタイプであり、リスナーとしてはその大きなギャップに惹きつけられるリスナーも多いはずだ。

 長尾景というタレントは、少々変わっている。たとえば、彼は自身の年齢を公開しており、デビュー時は26歳、2023年7月24日に迎えた誕生日で30歳を迎えている。年齢不詳であったり、永遠の17歳であったり、はたまた3000歳であったり……「年をとる」という概念の有無すらもバラバラなVTuberシーンのなかで、長尾は1年ごとに年齢がちゃんと増えていく、珍しいタイプのVTuber~バーチャルタレントだ。

 彼の振る舞いは、見た目から受ける綺麗めで線の細い印象からはかなり遠く、配信では太めの声色でリスナーと軽快に話しつつ、時折見せる笑い方も豪快なタイプだ。

 同期である甲斐田晴弦月藤士郎とのコラボ配信では、特に自由な振る舞いを見せることが多く、兄弟関係にたとえれば末っ子のような立ち位置に収まることが多い。デビュー当初の印象を振り返って「長尾は野生児みたい」と語っていたメンバーもいたほどだ。

 そんな彼のラフなムードもあってか、当初は敬語で話しかけようとしていた面々が、付き合っていくうちに彼に合わせてラフなスタンスへと変化し、結果的に良好な関係を築くことも多い。

 桜凛月相羽ういは西園チグサ、先斗寧、海妹四葉、そして長きに渡って「フ景罪」コンビとして活動しているフミなどは、長尾と対面で会話してからかなり早いタイミングで対応がラフになっていったのだ。

 男性でルックスが美形というと、あらゆる言動・所作が整っていてスマートであり、丁寧かつ心優しさでリスナーや同業者をリードしていくような存在を期待してしまうだろう。

 見た目の印象とまるで正反対なラフでフランクな態度、よく笑う姿、ときに奔放な振る舞いが生む大きなギャップ。そんなところに惹きつけられたリスナーも多いはずだ。

■垣間みえる高いポテンシャル 先輩・フミとの「フ景罪」とは

 なにかしらの物事に取り組むとき、1つの物事だけに専念することをシングルタスク、同時並行で2つ3つの物事を進めていくことをマルチタスクと呼ぶ。

 マルチタスクと一口にいっても、仕事で電話を受けながらメールの返信をする、会議に参加して会話に耳を傾けたり意見を述べたりしながら議事録も作成する、手元で何か作業を進めながら他の人たちに指示を飛ばすなど、その形はさまざま。

 基本的には簡単なタスクを複数こなすことがイメージできるが、長尾のように“まったく別種のゲームを同時にプレイしてクリアする”というのは、並大抵のことではないはずだ。

 長尾景はこれを配信のスパイスとして取り入れ、“マルチタスク芸”として披露してみせたことがある。

 たとえば、時限爆弾のマニュアルを見ることのできるサポート役と、そのサポートをもとに爆弾を解除するゲーム『Keep Talking and Nobody Explodes』と、超定番レースゲーム『マリオカート8 デラックス』を同時にプレイし、ステージクリア&CPUに勝利することはできるだろうか? 長尾景ならどちらのゲームも同時にクリアできてしまうのだ。

 そもそもゲーム配信という行為自体が、「ゲームをプレイする」「送られてきたコメントを読み、返事をする」という2つをこなすことが常に求められるマルチタスクな行為でもある。想像以上に大変な労力がかかるのは想像に難くない。

 それにくわえて2つのゲーム、うちひとつは2人のプレイヤーがシングルタスクで取り組んだうえでクリアできる/できないを楽しむものだ。

 つまりこの配信での長尾景の仕事量をかぞえてみれば「配信のコメントを見つつ喋る」「カートを操作する」「爆弾解除のマニュアルを読んで理解する」「爆弾を解除する」と、4人分の仕事量を一気にこなしていることになる。

 しかも、実際には爆弾解除のマニュアルを暗記したうえで挑戦しているので、場合によっては思い出すのに脳のリソースをさらに割く必要があるだろう。

 恐ろしいことに、長尾はこの挑戦を約1時間ほどの配信内ギリギリで達成したわけでもなく、何の変哲もなく平然と2つのゲームをクリアしている。しかも、何度もだ。

 このような作業量を難なくこなしていけるのは、長尾景本人が持ち合わせるスキル・ポテンシャルが抜きんでていることを示している。

 とはいえ、彼の抜きんでた能力は主役を張るときではなく、サポート役を務めているときだと感じるファンは多いはず。彼がソロ配信ではなく複数人以上のコラボ配信も多くこなすからだろうか。

 長尾は多くの面々とコラボ配信をおこなってきたが、なかでも彼を一躍有名にした人気コンビがある。前述した先輩・フミとの「フ景罪」だ。

 彼らの公式プロフィールにもある通り、フミは神社に祀られている神様で、長尾景は魔を討伐する祓魔師。ジャンルでいえば、どこか距離感が近そうな2人なのだが、実際に交流を深めるキッカケとなったのはデビュー直後のやりとりにある。

 「ホントに神様……? やっぱり化け狐なんじゃ……?」という軽口を端に発したコミュニケーションは、フミによる公開天罰(2人でのコラボ配信)となって形になったのだ。

 プレイするゲームは『マリオカート8 デラックス』で、「今日は俺が勝つわけにはいかない。忖度していく!」と配信序盤に早々と宣言。

 くわえて事前に「どのくらい走れるのだろう?」とフミの過去配信をチェックしたところ、どうやっても自分が勝ってしまうことにも薄々気づき、参加するリスナーにも「フミさんを良い感じに勝たせるように忖度プレイしてくれ!」と要望を出し、参加リスナーと長尾の両者でフミを勝たせようとしていくことになった。

 高圧的な態度を見せつつも、その実ゲームはあまり得意ではないフミ、下手な態度をとりつつ“わざと負ける”接待プレイと実利的なアドバイスを送る長尾。

 この2人による組織・社会上の上下関係をまるでトレースしたかのようなリアリティある関係性・繋がりは、その後数年に及ぶコラボ配信・ふたりの関係性におけるコアとなり、多くのリスナーを笑わせ、愛されるコンビとして知られていくことになっていったのだ。

 ちなみに、先に述べた『Keep Talking and Nobody Explodes』と『マリオカート8DX』を同時にプレイできたのも、フミとのコラボ配信に向けて長尾が爆弾解除のマニュアルを暗記してしまったことがきっかけであったりする。

 「フ景罪」での活動だけでなく、『Minecraft』で桜凛月、セフィナ、先日にじさんじから卒業したナラ・ハラマウンと結成した「めにまにカンパニー」などでも、自身の高い能力・パフォーマンス力を、サポート役として周囲に還元しつづけていこうとするが見られるはずだ。

 そんな自身の高いポテンシャルを活かすようにスタートしたのは、英語習得だ。海外タレントも増えてコミュニケーションする機会も多くなったことを考え、自身の英語力を磨くために「誕生日までに英語で会話できるようになるケイナガオプロジェクト」と称し、海外在住のメンバーと英会話をする企画配信をスタート。

 メキメキと英語力を高めたことで自身のスキルアップという狙いもしっかりと果たし、現在では日本語、英語を両方操れる貴重な日本側のタレントとして公式番組やコラボ配信などに「喋れる組」として呼ばれることがしばしばあるほどだ。

「滅私奉公」「スキルアップ」というとすこしビジネスライク過ぎるかもしれないが、彼の配信で感じられる現実味あるフィーリングは、筆者としてもかなり共感を覚えるところなのだ。

■長尾先輩は“需要”をまったく理解していない? ギャップこそが彼の魅力にある

 VTuber~バーチャルタレントとして活動する長尾景は、そのビジュアルも相まってアイドルやスタータレントとして応援されている面も多分にある。

 そうした活動を通して人気を得ていくのであれば、他人を傷つけるような言動はもちろん避け、むしろ他人から見て好印象な一面で支持を集め、ファンとファンが好きなものにも寄り添っていけるようなイメージ戦略が重要になる。

 そういう視点においたとき、VTuber~バーチャルタレントとしての長尾景は、むしろマイナスなところから始まっていたように見える。そもそも活動スタート時点においてはパソコンが少々苦手だったようで、これに伴ってネットミームやオタクカルチャーとはかなり縁遠かったようだ。

 アニメ・ゲーム・マンガ作品などで好きな作品はあるものの、オタクカルチャーやインターネットカルチャー全般への感度・知識は低いようで、いわゆる萌え~恋愛シミュレーションゲームや可愛さ/カッコよさを売りにしたソーシャルゲームなどをプレイする際には、「これっていわゆるオタク受けするゲーム? だよね?」とリスナーに確認してみる、なんて場面もあるほど。

 にじさんじの後輩であり、コアなオタクを自認している西園チグサは「長尾先輩は自分のファンや需要をまったく理解していない!」と強弁しており、“長尾景のアイドル力”に注目した企画を2度にわたっておこなっている。

 デビューから4年目を迎えた長尾であるが、いまでも「みんなが持ってるあの大きなうちわ、あれに向けてファンサってするものなの?」と素で聞いてしまうほどであり、もはやボケやネタのつもりでそうしているのか、それとも本当にわかっていないのか、見ているこちらが混乱してしまうほどのニブさを見せてくれている。

 そんな長尾だが、配信内ではリスナーからのアドバイスには素直に耳を傾け、しっかりと会話をするタイプであり、それも相まって無音・無言になる瞬間があまり無く、かなりのおしゃべり好きであることが分かる。

 配信中にアドバイスやネタバレを無用なまでに送ってくるコメント、いわゆる“指示厨”が多くなっても、「嫌がるライバーさんや配信者さんもいるけれど、基本的に長尾はポンコツだし、五分五分で合ってるのでイライラしないですね」と話している。

 自身のYouTubeチャンネルの有料メンバーも「ゆうしきしゃ8GB」「ゆうしきしゃ16GB」と名付けているほどで、アドバイスやコメントをジャンジャン送ってほしいタイプなのが伺い知れるだろう。

 そんな彼の最大の短所が、ナチュラルにデリカシーのない言動をしてしまう一面があるところだろう。いわゆる“ライン越え”な発言をすることでリスナーを笑わせる、トークスキルの一つとしてあえてそういった発言をするライバーもいるが、笑える場面でなく、なんでもない場面で発してしまうとなると非常に問題だ。

 配信中のシーンでこれといった部分をあげることは難しいが、フミとの配信外でのコニュニケーションでは大きくつまづいてしまったこともあるようで、2023年年初から約半年ほどまったく連絡を取ることがないレベルで大喧嘩をしたことを明かしている。

 最終的には「分かり合えないことをエンタメにする」という逆転の発想でひさびさのコラボ配信をし、その後もたびたび同じ場に居合わせて茶々をいれあう仲をみせている。

 だが、フミの同期で仲の良い友だちでもある星川とおこなった配信では「フミさんと大喧嘩して、ノンデリ(編注:ノンデリカシー)は良くないなと思った」と長尾が打ち明け、星川から「お前はビジネス人間すぎるんだよ。ロボットみたいだよ」とツッコまれるほど。

なかなか手厳しい一言だが、女性の心をはかりかねた男性が、迂闊な一言を発して傷つけてしまう。スマートさとは程遠い、なんとも典型的な「女心のわからない男性」らしいエピソードだ。

 2023年現在、長尾は「忖度師」と呼ばれることが多く、ファンや同僚らからイジられる姿を見ることがある。実際に彼の配信を見ていると、彼が独り言をブツブツとつぶやきながらゲームプレイしている瞬間が多いことに気が付く。

 これは彼が物事を分析をする際のクセのようなものなのだろう。状況を読むことや見極めて判断することに優れ、それを活かしてプランを考え、実際に行動に起こし、結果を見直して修正案もしっかり打ち出していく。

 実利に重きを置いて、継続して作業をしつづける。まるでPDCAサイクルを回すようにして物事に取り組み続ける姿からは、会社員のような現実味を感じることが多々あるのだ。

 理想的な男性像やアイドルらしさを期待されつつも、実際には“30歳の男性”らしさあるパーソナリティを臆面もなく表出させることで、ある種のギャップ/コントラストが生まれ、リスナーを楽しませる。

 長尾景フレンドリーかつ現実味あるパーソナリティは、今後もさまざまな形・配信で顔を覗かせてくれるはずだ。

(文=草野虹)

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