声優、YouTuber、モデル、コスプレイヤー、そして2022年7月からは自身名義での音楽活動も。「マルチタレント」を掲げ、さまざまなジャンルで活躍する夜道雪(よみちゆき)のコラム連載、「夜道 雪のBlowin' the Night wind!(夜風に吹かれて!)」では、地元・北海道から上京し、現在の「表現者・夜道雪」が生まれるまでの道のりを、「夜道節」で綴っていきます。

【撮りおろし写真】制服姿の夜道雪ポートレイト

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私は夜道雪。年齢は16歳

今日はこれから近所の教習所へ行く。

北海道の最低時給786円のコンビニバイトで貯めたお金を、丁寧に揃え封筒に入れて、震える手でボディバッグにしまい込む。中身が抜け落ちないかを何度も確認して家を出た。移動手段は赤のクロスバイク。遠出こそしないものの、普段から地元の道をよく走っている相棒だ。

教習所に到着してドアを開くと、まるで田舎の商店街のように人気がない。受付の方からパソコンのキーボードを軽快に叩く音が響き渡る。なんとなく中野さんっぽい女性が私を見るや否や、手を止めて立ち上がり要件を尋ねてきた。

「免許をとりたいのですが…」

中野さん(仮)は微笑を浮かべながら話し始めた。

「普通免許ですね。オートマですか? 学生さんでしたら学割が…」

私は間髪を入れずに否定する。

「あ、いえ!バイクの免許をとりたいんですが、マニュアルの。」

中野さんはわずかに目を見開くも、すぐに先ほどの笑顔に戻り、普通二輪免許のプランと料金表を見せてくれた。

私が選んだのは一般コースで、全て込み込みで25万円くらいだった。

「前に二輪の免許を取りに来た女の子がいたんだけどね、どうしても足がつかなくて怖くなっちゃって、諦めてオートマにしたのよ〜」「あ、でもこないだ女性自衛隊員の人が来てね、引き起こしを一発でクリアしていたわよ!」中野さんは、あれやこれや話しながら手続きを進めている。

私はそれらを流し聞きながら、厚みのある封筒から1万円札を1枚ずつ取り出し、震える手でトントンと端を叩いて揃えた。25枚なら、重さにしてたったの25gくらいのはずなのに、なぜかとても重みを感じる。紙幣を握る手のひらもじんわりと熱を帯びてきた。

16歳の私にとっては、25枚でも心が張り詰めるほどの量だったのだ。

コンビニのアルバイトは地獄そのものだった。

そこで10年以上働くパートのオバさんが私は大嫌いだった。理不尽な文句や叱責、手を緩めぬ嫌味陰口等々、指導とは到底言い難い、敵意を毎日浴びる、そういう地獄。

一度、私がレジを担当した客が、会計を払わずに逃げていった事があった。必死で走って追いかけたけれど捕まえられなくて、仕方なく息を切らしながら店内へと戻るとそこには鬼の形相をしたあのパートのオバさんが仁王立ちで私を待っていた。

「あなたのミスですから、今のお会計はアナタが払ってくださいね」

「え、私がですか?」

「当然でしょう」

客が盗んでいったものは、一箱のセブンスターであった。

セブンスター、たったの500円。

私の給料になるはずだった、500円。

バイクの免許代になるはずだった、500円。

それが、しょーもない赤の他人タバコ代へと変わった。

こんなのおかしい。私は何も悪い事をしていないのに。どうして私が払わなきゃならないんだ。どうしてタバコ代を未成年の私が払うんだ。私はただの高校生のアルバイトだ。意味がわからない。わかりたくもない。信じられない。こんなの間違っている。いやだいやだいやだいやだいやだいやだ

「すみません、わかりました。」

帰りの電車では、その出来事を思い出さずにはいられなかった。

そもそもは窃盗犯が悪いという事は重々承知の上だが、それにしてもこの日のオバさんは鬼だと感じた。だって世の中は、いい年して万引きするようなセコい奴らが山程いる。それを対応したのがたまたま私だっただけで、あのオバさんがレジ対応をしていた可能性だって大いにあったはずだ。ただのアルバイトである私がなぜそこまで負担しなきゃならないんだ。

そもそも未成年者の私が客の支払わなかったタバコ代を支払うのは如何なものか。

考え出すと、これまで受けてきた理不尽な文句や嫌味まで頭の中でフラッシュバックされ、その全てが悔しくて、電車の中で「あんな奴くたばってしまえばいいのに!!!」とか心の中で散々悪口を言った。

それでも「きっとあんな人でも、大事に思い思われる家族がいるんだろうな」と想像すると、途端に自分が情けなくなってきて、本当に嫌な人間はオバさんより私なんじゃないかと思い始めた。そうしてやがて怒られた悔しさが悲しみに変わり、人前で泣きたくないのに、泣きたくない泣かない泣くな泣くなと思えば思うほど涙が止まらなくなって、そういう泣き虫な自分が恥ずかしくてどうしようもなくて。

そんな思いをしながらやっとの思いでかき集めたお金だったので、バイクの免許の取得は夢だったはずなのに、このお金を出すのが少しだけもったいなく感じたのを覚えている。

ただ、今になって思えば、もったいなさというより名残惜しさもあったのかもしれない。

そんな戦友たちとのお別れの後、色々な書類に署名捺印した。

バイクに乗るんだという高揚感で、正直どれがなんの書類なのかはサッパリ分からなかったから、両目が?マークになってしまいながらも入学の手続きを進めた。

中野さんは、ハテナ人間となった人の対応にも慣れているのかそれとも見兼ねたのか、「しっかり読んだらココに捺印してねー」と逐一言ってくれたのは救いだった。

全ての手続きを終えると、中野さんから「再来週は入学式と適性検査があるので、忘れずに来てくださいね。逃すと次の入学式までかなり期間が空いてしまうからねえ」

と言われ、全ての書類をまとめたファイルを手渡され、私はそれらをボディバッグにむりくり押し込み、教習所を後にした。

教習所にも入学式とかあるんだなあとか、適性検査ってなんだ?と考えながら、クロスバイクを駆って近くのホームセンターへ行き、バイク用の赤いグローブを1000円で買った。色にこだわった訳ではなく、たまたま1番安かったのがコレだった。

プロテクターとかは入っていないけど、何もしないよりいいでしょ。

会計を終えるとすぐグローブの値札をちぎり、手にはめてみた。グローブはフリーサイズのためか少し大きくて指先がやや余るが、小さいよりはマシかな。

私のクロスバイクにはカゴがなくてボディバックも教習所で渡されたファイルで一杯だったから、グローブは脱がずにそのままクロスバイクに跨り、ちょっとだけ遠回りしながら家に帰った。

少しだけ大人になった気がしたのは多分気のせいだ。

さて、自動車学校の入学式ってどんなものだろうと楽しみにしていたが、私が想像していたような入学式ではなくて、教室でお行儀よく椅子に座って、真面目そうなおじいちゃんがひたすらに交通安全の話をするというたったそれだけだったので少しがっかりした。

その後に行った適性検査では、『はい』か『いいえ』で答える心理テストのような質問事項がいくつも並べられていた。

「適性検査は色々な統計から作り出された精度の高い検査で、自身を客観視するには素晴らしいものだから、真剣に書きなさい」「全て正直に回答しなさい。難しければ直感でいい。」

と、おじいちゃんは繰り返した。

引用----

今までに嫌いな人はいたか。 はい

感情が顔に出やすいか。 はい

人の悪口を言ったことがあるか。 はい

世の中は嫌なことが多いか。 はい

死にたいと感じたことはあるか。 はい

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適性検査の後、帰宅しようとする教室の生徒たちの流れに乗って私も出ようとすると、あのおじいちゃんに声をかけられた。

「君だけ残るように」

教室内は普通自動車免許のコースを選んだ人ばかりで、私だけ中型二輪免許のコースだったからただでさえ目立っていたのに、余計に周りからジロジロと見られてしまった。

「あ、え、なんですか?」

突然の呼び出しに面食らった私の頭の中は、これまでの悪行が次々と蘇ってきた。

校則違反のチャリ通がバレたか…?

横断歩道で青が点滅してたのに渡り始めたこと? 踏切が鳴っているのにダッシュしたこと?パトロール中の白バイ警官に手を振ったこと? 朝8時に午後の紅茶を飲んだこと? 

え、だとしてもどうしてバレたんだ!?

考え始めると小さな小さな悪行が幾つもでてきてしまい、心拍数が跳ね上がった私に、おじいちゃんは優しい声で尋ねた。

「…適性検査を見たが、何か悩みでもあるのか。」

あー。ああ、なんだ、そんな事か。てかあれチェックされるんだな…

想定外の質問に緊張の糸が切れた私は、

「ああ、えと、ごめんなさい。大丈夫です。ちょっと大袈裟に書いちゃって…」

と苦笑いし、足早に教室から退出した。

帰り道、赤々としたクロスバイクの上で今日のことを思い出すと、風を切るにつれて何だかアホらしくてなってきた。

なぜなら、私はあの心理テストで何か凄く面白い診断結果がわかるのかと思っていたからだ。この説明できない日々の鬱憤みたいなものを、パッと晴らしてくれるアドバイスだとか、寄る辺ない心に居場所を作ってくれる言葉だとか、生きやすくしてくれるコツだとか。

けれど、あれは単に人格に問題があるかないかのテストだったのだ。まあ、教習所で出される適性検査なんだから、そりゃそうか。

こんな心理テストの先に、甲本ヒロトや山口隆がいるわけないよな。

真剣に回答してしまったことを、なんだかみっともなく感じてしまった。

というかさ、「正直に回答しろ」としつこく言うもんだから、思春期なりに馬鹿正直に答えたけど、教室にいる他のやつらはみんな適当にそれっぽく回答してたってのか?!

だとしたら、アイツらずる賢い。

クラス1つ分程の人数がいて、全員嫌いな人はいないのか? 死にたいと思ったことはないのか? 悪口を言ったことないのか?

もしそうなら、あの教室は私以外、聖人君子の集まりじゃねえか。

そんなわけないだろ。

みんなは賢いなあ。

私は本当バカだなあ。バカすぎて笑えてくるわ。

後日、改めて届いた適性検査にはA〜EのうちのEの判定で、

【重大事故傾向】

【事故違反多発傾向】

という最悪な内容が記されていた。

16歳の私が適性検査で学べたことは、自分がいかに素直でバカ正直であるかという苦い事実であった。

時は流れて20歳の夜道雪

ロボットみたいなビルの街・東京で暮らし始めて2.3年が経った。

思い切って高校を中退し愛車のバイクと共に北海道から上京したことは、今でも忘れられない思い出だ。

初めて買ったバイクで、初めて見る東京の街を、あてもなくさすらうのが趣味だ。

そんなある日突然、自動車安全運転センターから『SafeDriverカード (略してSDカード)』という、無事故無違反を証明するカードが届いた。

あの教習所で申し込みをした際に、流れでうっかりサインでもしたのだろうか。

まあ今となってはよくわからないが、いずれにしても私は安全運転者と公式的に認められたようだ。

そんな思い出からもう丸3年、バイクは衝動的に増えていくし、車まで買っちまった。24歳まで2カ月を切った。ここ数年で、ありがたいことにバイクや車のメディア媒体に出させて頂けることが多くなった。新型車両のインプレッション、サーキット走行、イベントの司会やゲスト、店内放送のアナウンス、雑誌のモデルなど、モータースポーツが大好きな私にとってどれも素敵な仕事ばかりで、楽しく活動できている。大好きな物に触れ、仕事をし、ごはんを食べられていることは、本当に本当にありがたく稀有な事だと常日頃思う。

これだけ車やバイクのお仕事をさせて頂けているとつい忘れかけてしまっていたが、思えば私は

【重大事故傾向】

【事故違反多発傾向】

のE判定を叩き出した超危険人物なわけだ。

さらに今は自分の運営するYouTubeチャンネルにて、

「お前ら夜道に気をつけろ!」

と声高らかに発信しているのも、また面白い。

いやいやお前こそ夜道に気をつけろ、とツッコミを入れたくなるものである。もしかしたら既に何人…いや何百人何千人に思われているかもしれない。

こんな冗談も言えるようになる程、現在の私はせわしいながらも、とても充実した幸せな日々を過ごしている。

そんな、もうすぐ24歳になる、ちょっと成長した私から、世の中が嫌な事ばかりだと思っていた思想信条E判定の16歳クソガキの私へ、伝えたいことがある。

一生懸命お金を貯めて、免許をとって、バイクに乗ってくれてありがとう。

それなのに親の金とか男の金とか言われて、はらわた煮えくりかえるほど悔しかったことは私が1番よくわかっているよ。

でも大人になっても相変わらず、枕×業とかパ×活だとか適当な事は言われ続ける。気にしてない素振りをしてるが本当は内心、少しだけイラッとする。

だから心の中で「嘘言ってんじゃねーばーかばーか」と画面越しの見えない誰かに悪口を言っている。私も私で相変わらずだ。

つまり大人になっても世の中は嫌な事であふれている。

お前が泣き虫なのも治っていない。いまだに死にたいと思う時だってある。

でも、E判定のお前の努力があったおかげで、数年後の私の行く先は少し明るくなっている。

あのときはどれだけ眺めても一筋の光さえなかった未来が、不器用なりにも必死にもがいて頑張ってくれたおかげで、明るく灯されつつあるんだ。

だから、大人になった私が、お前にAの判定をくれてやろう。バカ正直なお前が今では私の誇りだからだ。

バイク免許と取得した、16歳の頃の自分に宛てた想いを語った夜道雪/撮影:近藤宏一