8月28日ジャクソンホール会議で「米国株暴落シナリオ」はほぼ打ち消されました。こうしたなか、日経平均株価は33,000円を突破するなど、一部では過熱感も警戒されています。しかし、株式会社武者リサーチ代表の武者陵司氏は、日本株について「まだまだ上がる」との見方を示します。その根拠とはいったいなんなのか、詳しくみていきましょう。

ジャクソンホール会議で否定された「米国株暴落シナリオ」

注目された2023年8月のジャクソンホール会議が終わり、市場に安堵感が戻りつつある。2022年は同会議でのパウエル議長のタカ派的発言により、主要国株式が10%程度の急落となった記憶があり心配されたが、今年は大きな波乱は起きなかった。

悲観的な論者の共通の懸念はインフレ・利上げで、米国の景気後退は避けられないとする米国不安であったが、ジャクソンホールからのメッセージは、いまは利上げの最終局面、FRBはリセッションを避けつつインフレ克服に成功できるというもの。米国発株安のシナリオはほぼ打ち消されたようだ。

経済の緩やかな減速がはっきりし、インフレは着実に沈静化し、利上げはあと1回必要かどうかの最終段階にある。

銀行破綻連鎖や資産価格暴落による信用収縮の可能性が抑え込まれたいま、リスクはなんらかの理由による突然の経済失速しか考えられないが、それはただちに急激な金利引き下げ期待を引き起こし、株価を押し上げる。悲観論者はそろそろ白旗を上げる場面であろう。

日本株秋相場の「2つの見方」

株価急上昇は“短期循環”か“長期トレンド”か

日本株秋相場の見方は2つに分かれる。両者を分かつのは、3~6月の3ヵ月で3割弱という株価急上昇を短期循環の産物ととらえるか、長期トレンドの始まりとみるかであるが、短期循環との見方には無理がある。

6~8月の足踏みは一時的な日柄調整に過ぎないとみられる。日経平均に先んじてTOPIXがバブル後最高値を更新したことに、相場基調の強さが現れている[図表1]。

経済財政白書が示した「デフレ勝利宣言」の意味

今時代は大きく変わりつつある。8月末に公表された本年の経済財政白書は副題に「動き始めた物価と賃金」と銘打ち、20年以上にわたって日本を苛め続けたデフレが終わったとの勝利宣言ともいえる内容になっている。

経済白書は時代を画する分析によって歴史に残ることがあるが、もっとも有名なものは1956年白書である。その副題「もはや戦後ではない」は日本が高度成長軌道入りしたことの高らかな宣言であり、日経平均株価は当時の500円台から35年後の38,900円まで35年間に77倍の上昇を遂げた。

この戦後日本の復活は冷戦下での対共産圏の橋頭保(きょうとうほ)としての日本を、覇権国米国が大きく優遇することから起こったが、今米中対立の下で、同様の変化が起きている。

米国の「対中抑止策」が“日本復活”を後押し

米国では左右両極、共和党民主党を問わず、中国を最大の脅威とする挙国一致の国論が成立し、対中抑止が最重要の国家アジェンダとなった。そしてそれが日本の命運を変えた。

トランプ政権が開始した対中抑止策は、2021年4月の菅バイデン会談での日米共同声明で初動となり、対中デカップリング、日米半導体協力から今日に至る流れがつくられてきた。菅バイデン会談の1ヵ月後にトリプルA (甘利、安倍、麻生) 3氏が主宰する自民党半導体議連が設立され、10兆円規模の投資を推進することが決められた。

2021年10月には世界最強半導体メーカーTSMCが投資額1兆円の熊本工場建設を決め、その完成も待たずに第二期の建設も内定している。また官民出資の最先端半導体製造会社ラピダスが北海道千歳で累計5兆円規模の投資を推進している。熊本では地価や半導体関連技術者の給与が高騰するなど、ブーム状態が起こっている。この動きは全国に広がっていくだろう。

日本は半導体材料で世界シェア56%、半導体製造装置で32%と圧倒的シェアを持っており、中国依存から脱却するためには、最重要拠点である。

特にこれからの技術革新のカギとなる後工程(組み立て)で日本の技術蓄積は世界的水準にあり、各半導体メーカーが日本詣でを始めたようである。1度は完敗した日本のハイテク産業集積は大きく再興に向けて走りだした。

円高で離れた世界の需要が、円安で急速に“集結”

このハイテクでの対中デカップリングと軌を一にして、円が急落している。2021年には100円台であったドル円は直近では146円へと、3割以上の急落となった。

米国による日本叩きの手段として、日本円は長らく異常に強い時代が続いた。1990年代から2010年頃まで、日本円は購買力平価を3割以上上回り続けたが、その結果日本は世界一の高コスト国となり産業競争力が著しく弱体化した。

製造業は国内工場を閉鎖し、雇用を削減し海外に拠点を移した。銀行は日本の潤沢な貯蓄を海外融資に振り向けた。円高により人も金も工場もビジネス機会も日本を離れ、日本経済に停滞が残った。日本のハイテク産業は韓国、台湾、中国に完敗した。

それがこの円安の結果、日本は突如、世界的低物価国になったのである。2022年のOECDによる円の購買力平価は95円、それに対して実際の為替レートは現在146円なので、円は実力よりも4割近く割安になった。円高により日本から離れた世界の需要が、円安により急速に日本に集中している。米国による円安容認がこの流れの中心にあることは、さまざまな状況証拠から明らかである。

2023年の日本は“もっとも明るい数量景気”に

2023年の日本経済はバブル崩壊後、もっとも明るい数量景気の年となるだろう。Jカーブ効果により円安初期の価格面でのマイナス場面が終わり、数量増の乗数効果が表れる時期に入っている。

円安で日本の価格競争力が強まり、工場の稼働率が高まる。また割高になった輸入品の国内生産代替が起きる。日銀短観日経新聞など各種の設備投資調査では、すでに2022年に続き2023年においても設備投資が過去最高水準の伸びとなる。

円安はまた、インバウンドを増加させ、外国人観光客が日本の津々浦々の地方内需を刺激している。安いニッポンに向かって、さまざまなチャンネルを通じて世界の需要が集中し、国内景気を活性化し始めている。

そもそも日本のデフレは、円高で競争力を失った企業が賃金抑制に走ったことから始まった。しかしいま、労働需給はひっ迫し、企業は国内生産体制の構築のために高い賃金を払ってでもいい人を採用し、競争力のあるチームを作らなければならなくなった。

連合によると2023年の平均賃上げ率は3.67%と30年ぶりの高さとなった。それを担保するものが企業における価値創造である。法人企業統計による企業業績は4~6月11%増、経常利益率は8.9%と史上最高である[図表2]。

3~6月にみられた“パニック的日本株買い”が周期的に起きる

このファンダメンタルズの大好転に加えて、株式需給が大きく改善していく。異常に現預金選好が高かった日本の家計が、NISA改革を契機に株式投資に大きくシフトしていく。

金融庁、東証の誘導により企業は株主への利益還元を強め自社株買いが急増している。日本株を著しくアンダーウェイトしてきた外国人投資家は、日本株の比率を大きく引き上げることを迫られている。

過去30年間、世界株式(MSCIACインデックス)に占める日本株式の比率は、40%強から今日の5%まで、ほぼ10分の1まで低下してきた。日本株投資は売り一辺倒、アンダーウェイトに徹してきた時代が30年間も続き、日本を軽視する風潮が完全に根付いてしまっている。

30年間の振り子が逆転し、ここから日本株のウェイトを高めざるを得なくなるのはほぼ確実であるが、ほとんどの投資家はその準備ができていない。今年3~6月にみられたパニック的日本株買いが、周期的にこれでもかというほどやってくる時代に入ったことを、肝に銘ずるべきである。

心配された日銀のYCC等非常事態政策の正常化も、市場に悪影響を与えずに遂行できることが見えてきた。まさにすべての投資主体にとって、日本株の持たざるリスクを思い知らせる、秋の陣が始まったといえる。

武者 陵司

株式会社武者リサーチ

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)