近ごろ、増えている企業内の問題のひとつに「言わないとわからない」社員の存在があります。たとえば、「新入社員が基本的な挨拶をしない」「会議中にスマホをいじっている」「指示された業務を適切に実施しない」など、これまで常識として受け入れられてきた行動や態度を欠く社員が増えているのです。では、そうした社員に上司はどのように対応すればよいのでしょうか? 仕組み経営株式会社の取締役・清水直樹氏が解説します。

「言わなくてもわかる」とは?

「常識が通じない(言わないとわからない)」社員が増えていると言われていますが、まず、「常識」とは具体的になにを指すのでしょうか。

ルールや規律は、会社の中で明確に定められた、守るべき行動や態度を示すものです。

これに対し、常識は「言わなくてもわかる」とされる、共通的な社会的な価値観や行動の範疇を指します。

会社のルールや規律を破ることは、簡単に指摘や訂正が可能です。しかし、常識が欠けている場合、指摘が難しく、同僚や上司とのあいだに摩擦が生じることもあるでしょう。最近は、常識がなく、言わないとわからない社員が増えているために、経営者や上司としては悩みを抱えることになります。では、言わないとわからない人に対して、どうアプローチしたらいいでしょうか。

選択肢1:すべての「常識」をルール化

最も簡単に考えられる方法は、その「常識(=本来、言わなくてもわかること)」を明文化し、明確なルールとして伝えることでしょう。経営の仕組み化という観点から言うと、これが正しいアプローチのように思えます。しかし、これあまりお勧めできません。

ルールとすべき事項には限りがない

「すべての常識をルール化する」というアプローチには、実はいくつかの限界と課題が存在します。その理由は、ルールとすべき事項には限りがないからです。

なにかひとつをルール化するということは、それ以外のものをルール化しないという選択をしたことと同じです。

たとえば、子供に対して「廊下を走らない」というルールを設けると、それは「教室で走らない」というルールを作っていないことになり、子供は教室で走り回るようになります。となると、次には「教室では走らない」というルールを作らざるを得ないことになります。

以下同様に、際限なくルールを作ることになり、最終的にはルールが多くなりすぎ、形骸化します。

■常識とはなにか判定できない理由

これはコンピューターに物事を教えるという行為にたとえることができます。

コンピューターに猫の画像を見せて、それを「猫」であると認識させるにはどうすればいいか。従来は、「猫」の特徴をリストアップし、それをコンピューターに教えることで猫を認識させようとする試みをしていました。

たとえば、「ヒゲがある」「4本足である」という特徴を与えて「猫」を認識させようとします。この2つの特徴だけでは、猫と犬の区別が付きません。そこでさらに「耳が立っている」という特徴を与えてみます。すると猫と犬の区別はつくかもしれませんが、猫とキツネの区別がつかなくなります。

以下同じように、どんどん特徴を与えますが、結局のところ、猫にも個体差があるのでそれらをすべてを特徴づけするのは難しいのです。

ここで「猫」を「常識」に置き換えてみましょう。

「常識」を教え込もうとして、さまざまなルールを作っても、彼らには「常識」がなにかを判定できないのです。

選択肢2:コミュニケーションの強化

2つ目の選択肢は、「コミュニケーションを増やす」ことです。

先ほどの猫の例で、コンピューターに猫の特徴を与えて猫を判別させようとするのは難しいとわかりました。そこで次には、コンピューターに猫の画像を大量に見せて、コンピューター自身に猫の特徴を推測させようとする実験が行われました。すると、今度はコンピューターが正確に猫を判別できるようになったのです。この実験は人工知能の発展に大きく貢献したとされています。

なぜこの実験がうまく行ったかというと、人間が猫を認識するのと同じアプローチだったからです。

「猫」を「常識」に置き換えてみれば、社員とのコミュニケーション量を増やすことで、自然と常識とされる考えや行動をインプットすることができます。

これにより、彼らが自分で「常識」とはなにかを獲得し、この場合には「これが常識である」というパターンを認識できるようになるはずです。

「言わなくてもわかる社員」に育てる方法

ここ数年、リモートワークが進んだことによって、コミュニケーションの絶対量が減っています。従来はオフィスでの会話、ランチタイムのカジュアルな交流、非公式なミーティングの場。これらの日常の中ではコミュニケーションがありました。

リモートワーク環境や、一緒に働く時間の減少、仕事とプライベートをわける考え方などによって、職場のコミュニケーション量は減っています。その結果、「言わないとわからない」と思うような社員が増えてしまっているのです。

これを解決するには、前述のとおり、コミュニケーションの絶対量を増やすこと、たとえば会議の仕組みや懇親の仕組みを整え、彼らが常識をパターン認識することを支援することが大切かと思います。たとえば以下のような仕組みです。

<会議の仕組み> ・日常的なスタンドアップミーティング:日々の業務の進捗や課題を共有する短時間のミーティングを取り入れることで、社員間の情報共有と疎通を促進します。

・月次の全体会議:企業の方針や目標、業績などを共有し、社員全員での意見交換の場を持ちます。

<懇親の仕組み> ・定期的な社内イベント:社員同士の人間関係を深化させるため、月に1度のランチ会や社内イベントを実施。仕事の話以外の交流を促します。

・社外の研修やセミナー:社外での学びの場を提供し、異なる視点や知識を持ち帰る機会を増やします。

コミュニケーションを増やす仕組みを導入することで、「言わなくてもわかる社員」を育てていくことが可能となります。

清水 直樹

仕組み経営株式会社

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)