海外企業の躍進によって今や周回遅れとなってしまった日本の半導体産業。その再生の希望を託されたのが「Rapidus(以下、ラピダス)」プロジェクトだ。前編に続き、本記事では半導体業界の現状やラピダスに寄せる期待について、NHKエグゼクティブ・ディレクターの片岡利文氏に話を聞いた。

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【前編】報道からは見えない真相、「半導体業界の革命児」が仕掛ける大勝負とは?
■【後編】AI時代を切り開く半導体新会社、「ラピダス」に注目すべきたった1つの理由(今回)

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競合と切磋琢磨しつつ、ラピダスにしかできない付加価値を探る

――2023年に入ってから日本での2カ所目の工場建設を表明するなど台湾TSMCの動きが活発化しています。この動きについてはどのように見られていますか。

片岡利文氏(以下敬称略) TSMCはアップルなど大手企業を主な顧客にしているという印象でしたが、実は横浜にGlobal Unichip Japanという子会社をつくり、そこを窓口に日本の有望なベンチャー企業からの依頼も吸い上げています。抜かりなく、次世代の有望企業を開拓しているということです。

 TSMCが12ナノの微細加工技術でベンチャー企業の試作半導体を作っているという話を小池氏にしたところ「うちは2ナノでやりますから」と返ってきました。最先端の技術で作るにはコストがかかると思うのですが、これからはコストマターだけではない別の物差しが重要になってくると小池氏は話しています。

 その物差しには、例えば「グリーンであるかどうか」も加わるでしょう。コストだけで物ごとを考える時代は終わりつつある、と小池氏は強調しています。

 TSMCは先端半導体の製造では世界シェアの7割を占めており、資金力もありますから、小池氏も正面から勝負することは考えていないはずです。熊本にはTSMCの工場が、北海道にはラピダスの工場ができるので、バランスよく切磋琢磨すれば、いずれ何らかの形で協力関係もできるかもしれません。そのスタンスを保ちつつも、「ラピダスにしか出せない価値は何か」を模索している状況です。

AIブームを追いかけるよりも重要なこと

――「生成AI」が世間を賑わすなど、半導体業界もAIブームに沸いています。こうした中で、どのような技術に注目すべきでしょうか。

片岡 ChatGPTに代表される生成AIが登場したことは、技術史の中でも大きなポイントになります。こうした中、注目を集めているのが「AIチップ」です。

 AIチップとは、AIによる機械学習やディープラーニングを高速で行えるように設計された集積回路のこと。世界のデータセンターで多く使われているAIチップというと、米半導体大手のNVIDIA(エヌビディア)が開発するGPU(グラフィックを処理するためのプロセッサー)が挙げられます。

 これまではユーザーがいる現場側、つまりエッジ(デバイス)側からデータセンターに全ての情報を送って、そこでAI処理を行った上でエッジ側に答えを戻すのが主流でした。しかしこれからは、エッジ側に高性能なAIチップを搭載して、そこでかなりの処理を行うようになるでしょう。

 具体例として、自動運転車が挙げられます。路上を走る自動運転車が検知した現場の情報をいちいちデータセンターまで送って、その応答を待っていては、エッジ側で自動車を制御するまでにタイムラグが生じます。現場に応答が返されるころには事故が起きている、ということにもなりかねません。そこで、エッジ側に搭載したAIチップが即座に処理を行うようにすることでタイムラグを抑えることができます。

――エッジAIの普及に向けた課題はありますか。

片岡 例えば、機能を増やし、性能を上げるほど、AIチップ自体の面積が大きくなってしまうことです。そこで、微細加工を進化させる一方で、異なるタイプの半導体を重ねる「三次元積層技術」を使うことで、AIチップ自体の小型化も可能になります。

 しかし、半導体業界に注目する上では、「これからの半導体はAIチップだ」「三次元積層だ」という話よりも、もっと重要視すべきことがあると考えています。

技術は「驚き」を生み、人が作ったものは「感動」を生む

――もっと重要視すべきこととは何でしょうか。

片岡 一つひとつの技術もさることながら、「どんな問題があって、何をやらなければいけないのか」を考える大きな視点が重要だと思います。世の中にある問題に対して、自分たちの業界はどのように問題解決に当たることができるか、そのためにはこんなことができれば良いのではないか。この「こんなことができれば良い」を実現するのが半導体であり製品であるはずです。

 ここを忘れて「三次元積層すごい」「AIチップがすごい」と言っても、おそらく世の中を良くする方向には動かないでしょう。2ナノテクノロジーも、何を実現するための技術なのか(ラピダスの場合は徹底したグリーン化)という視点が重要です。この視点は、DXで新たな事業やサービスを生み出すことにも通じると思います。

 そういった背景もあり、この3年間、私はデジタルや先端テクノロジーに関するものではなく、むしろ人間の感覚に根ざしたアナログなものをテーマにした番組を作ってきました。

 例えば、往復48キロの山道を我が身ひとつで千日間踏破する大峯千日回峰行の満行者・塩沼亮潤さんや、日本刀の製造に必要な玉鋼(たまはがね)を生み出す奥出雲のたたら製鉄の職人たち、そして日本一の庭園とうたわれる足立美術館の庭師たちの仕事など、すべて身体性が鍵となるアナログなものです。

 身体で感じることが物事のスタートであり、そこからさまざまな工夫も生まれます。「驚き」をもたらすことはAIにもできるかもしれません。しかし、「感動」をもたらすことができるのは人間だけなのではないか、と考えています。

 例えば、ChatGPT。生成AIは世の中に驚きをもたらしました。でも、感動するのはむしろ「ChatGPTを作った人」に対してではないでしょうか。小池氏は「日本の産業力を再生して、世界に貢献できる国にしたい」という思いを掲げており、ラピダスにはそこに共感した人たちが集まっています。人には思いや目的があるからこそ、そこに感動したり共感したりするのだと私は考えています。

 DXの時代には「何に問題意識を持つか」が大切です。だからこそ、「何をやるべきか」を描いて、「勝てるシナリオ」を書けることこそが重要だと思います。私がラピダスと小池氏に注目している理由も、そこにあります。

ラピダスを動かすのは「日本を変えたい」という想い

――最後に、今後どのような視点でラピダスに注目をすれば良いかメッセージをお願いします。

片岡 ラピダスは「人の想い」が動かしている企業、と私は見ています。半導体分野に長年携わってきた2人のレジェンドが、今このタイミングしかないという思いから構想を練って作り上げたシナリオが根底にあります。その志に経産省や政治家も共鳴して力を貸してくれたことで、ようやく滑走し始めたプロジェクトです。

 国家プロジェクトはさまざまな課題があることも指摘されています。うまく行かなかったことも多いでしょう。しかし、今回のラピダスは「半導体が産業全体にどう影響を与えるか」を熟知している2人の人間が立ち上げたプロジェクトだ、ということを多くの人に知ってもらえればと思い、この本を書きました。

 ラピダスは、日本の将来のためにも必ず成功させなければならないプロジェクトです。それくらい、この半導体の分野は将来重要になってきます。例えば、何か画期的な製品を作ろうと思っていても、その具現化に必要な技術を海外企業しか持っておらず、心臓を握られているような思いで開発するのと、日本企業が主導権を持ちながら開発するのとでは成果がまったく違ってくるはずです。

 是非より多くの方に、ラピダスのこれからの動きに注目してもらいたいと思います。

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NHKエグゼクティブ・ディレクター 片岡利文氏(撮影:梅千代)