2023年版「世界時価総額ランキング」では、3位のサウジアラムコを除き、上位10社のうち9社をアメリカ企業が占めています。そのようななか、マイクロソフトアマゾン、メタ(旧フェイスブック)といった世界の誰もが知る大企業は、いまもなお成長を続けているのです。その秘密はどこにあるのでしょうか。『「見えない資産」が利益を生む GAFAMも実践する世界基準の知財ミックス』著者の鈴木健二郎氏が解説します。

世界で続々生まれる“ポストアマゾン”企業

〈語句解説〉

・「知財ミックス」……企業や個人レベルで蓄積してきた技術やアイデアなどの多様な知財を多方面に張り巡らし、時代を先読みして持続可能な価値に変える仕組み。

・「ビジョン経営」……明確な方針に向かって事業を展開すること。

海外には、ビジョン経営とそれを体現する知財ミックスによって世界的な企業へと成長を遂げた会社もさることながら、将来有望なスタートアップが新たに次々と生み出されています。そこに、海外と日本の産業の成長余力の大きな違いがあります。

「明確なビジョン」をもとにトヨタや日産を追い越すテスラ

イーロン・マスク氏が率いる米国のテスラは、電気自動車(EV)の販売において、すでに世界中で知られる存在となりました。自動車の分野では後発のスタートアップでありながら、環境問題を背景にした課題解決に取り組む中で、明確なビジョンをもとに新規事業を推進し、多くの支持を得て成長を実現しています。

テスラが掲げる「人類が化石燃料利用に依存した経済から脱却するために電気自動車を世界中で販売する」といった方針は非常に明確であり、イーロン・マスク氏が発するメッセージには、いつもスタートアップ起業家らしいビジョンがあります。

そして、その実現に必要となる技術、ブランド、デザインなどの知財の創出に余念がなく、これらをミックスしながら愚直にビジネス戦略を実行しています。

情勢の変化による株価の上下はあるものの、日本における既存の自動車会社よりはるかに高い成長率を実現していることを考えれば、その戦略性と実行力が窺えます。

かつてはアメリカの西海岸でトヨタや日産の自動車をよく見かけましたが、今はテスラがマーケットを占めている状況となっています。日本にいるとテスラの勢いは見えづらいですが、日本やドイツの既存の自動車メーカーをしのぎ、世界の自動車業界のマップを塗り替える可能性は十分にありそうです。

世界の有望な新興企業に目を向けてみると、“ポストアマゾン”と称されるほどのポテンシャルを秘めた定額課金型のECプラットフォーム「ショッピファイ」や、ファイナンスの民主化を目指して個人投資家向けの証券売買アプリを提供する「ロビンフッド」、さらには世界の食料状況に着目した代替肉ビジネスを展開する「インポッシブル・フーズ」など、社会にインパクトを与えるようなスタートアップが毎年多数輩出されています。

「ユニコーン企業」になりたいなら、「タッグを組む」道を模索

日本でもスタートアップは着実に増えており、岸田政権の「新しい資本主義」により、政府の後押しも強化されています。ただ、現在のところはまだ、ユニコーン企業は少なく、VUCA時代を力強く生き残り、これから先の世界を変えてしまうほどの勢いのある新興企業がなかなか見当たらないのが実情です。

それを政治や社会情勢の問題にするのではなく、産業界全体の課題、そして会社や個人の課題として捉えることが大切です。

自社内だけでは難しいことであってもそこで諦めるのではなく、世界に目を向けて有望なスタートアップと組めばできることを模索していくことも視野に入れたいものです。そこに、自社と相手方の知財をミックスさせることを忘れてはなりません。

代替肉ビジネスを展開するインポッシブル・フーズには「サステナブルな食の提供」という壮大なビジョンがあり、環境問題等の世界的な課題を背景としています。

大企業の中には、こうした世界規模の課題に立ち向かうべく、ビジョンを高らかに掲げているスタートアップと、お互いの知財をミックスさせて協調する姿勢を持つことで、見事にV字回復した企業もあります。

スタートアップと「知財ミックス」することで生き延びるGAFA

業績低迷から見事V字回復したマイクロソフト

例えば、マイクロソフトはかつてWindowsによって世界を席巻したIT企業でしたが、PCというデバイスに拘るあまり2000~2010年代はスマホとクラウドの時代に後れを取り、業績は低迷していました。

しかし、CEOがサティア・ナデラ氏に交代してからは創業者のビル・ゲイツ氏のビジョンを大切にしつつも、時代に合わせてビジネス方針の転換を図りました。次々と出資先のスタートアップの潜在力を効果的に引き出して自社の知財ポートフォリオに組み込むことに成功し、資産総額で史上最高額をたたき出したのです。

昨今は読者の皆さんであればご存知の通り、OpenAIというスタートアップの人工知能チャットボットChatGPTの知財が見事にマイクロソフトのビジネスモデルに貢献し、世界を席巻しています。

なんと、ChatGPTが世界に普及することでMicrosoft Azureという独自のクラウドプラットフォームの利用が広がるように、ビジネスモデルが設計されているのです。

そういう力強さがあるかどうかが、日本と世界の違いと言えます。その違いを生むのが、知財ミックスであり、ビジョン経営なのです。

スタートアップを買収し、数兆円規模の投資を行うフェイスブック

フェイスブックも戦略的にスタートアップの知財を活用して事業を展開しています。リアル空間からメタバースへと移行しても、マーク・ザッカーバーグ氏の明確で揺るがない「人と人をつなげる」というビジョンをもとに事業を推進しています。

事業を立てて収益化していくために、VRハードウェア及びソフトウェアを開発するスタートアップのOculusを買収し、今ではエンジニアの半分以上がVRの研究開発を行うなど、数兆円規模の投資を行っていると言われています。

日本企業に求められる「攻めの経営」

同社はリアル空間にとどまらず、メタバース空間とのハイブリッドアンテナを張って、スタートアップと協調しながらビジネスチャンスを模索しています。

明確なビジョンがあり、届けたい価値があり、そのために新たなビジネスモデルをつくり、それに必要となる多様な知財を張り巡らせるという“逆算”の視点で、他社の先進テクノロジーやデザインを探索しています。

そうした方法でビジネスモデルを築き上げていくと、その企業ならではの一貫した世界観を表現することができます。

そのような攻めの経営を日本企業ができるかどうかが問われています。

ビジョンがない会社は、目的ではなく手段によって経営を行っているようなものです。そのために確固たるものがなく、ブランドとしての価値も高まっていきません。その結果、質の良いスタートアップと出会い、対等に会話したり、価値観を共有しながら創り出したい未来について語り合ったりすることもできないでしょう。

ビジョン経営とそれに伴う知財ミックス戦略に基づいて、有望なスタートアップを引き込みながら自社の知財ポートフォリオを増強し続ける攻めの姿勢が、会社の将来を左右する重要な要素となります。

そうした認識が欠けていることが、企業のポテンシャルを下げる要因になります。ファンに届ける価値がつくれないため、ファンの熱狂を生み出すこともできなければ、従業員に対する「インナーブランド」を確立することもできません。

それが社員のエンゲージメント(愛社精神)にも関係し、ひいては業績に影響することは言うまでもありません。

鈴木 健二郎

株式会社テックコンシリエ代表取締役

知財ビジネスプロデューサー

(※写真はイメージです/PIXTA)