絵画部門にはヴィヤ・セルミンス、彫刻部門はオラファー・エリアソン、建築部門にはディエベド・フランシス・ケレ、音楽部門はウィントン・マルサリス、演劇・映像部門ではロバートウィルソンが受賞。また、次代を担う若手芸術家の育成を目指す「若手芸術家奨励制度」には、ルーラル・スタジオとハーレム芸術学校が選出された。今年の受賞者と、インタビューより一部をご紹介。

【絵画部門】ヴィヤ・セルミンス
芸術を創ることは、その世界を人から人へ伝えること

ラトビア生まれ、ニューヨークロングアイランド在住。海、夜空、雲、砂漠、蜘蛛の巣など自然界に存在するものを題材に、鉛筆や木炭で描いた緻密な絵画やドローイングで知られる。一方で、戦闘機や銃などの油彩画や、原子爆弾投下後の広島やビキニ環礁での水爆実験の写真をもとにした作品も描いてきた。幼い頃に、彼女が体験した第二次世界大戦や、ドイツ難民キャンプでの経験を想起させるモチーフも。

絵画、ドローイング、版画はどれも写真を基に描かれており、現代アートにおける写真と絵画の関係性においても、独自の世界を追求している。また2023年5月からドイツハンブルク美術館で、ゲルハルト・リヒター1997年世界文化賞受賞者)との二人展『ダブル・ビジョン』が開催された。二人のテーマや写真の用い方における類似性、「見ること」を可視化することについてなど、大きな話題となった。

「私の感覚では、一人の人が作った手作りの作品は、他の人にあげるようなもので、多くの人はそれに対応できないし、そういうものを見ることに対する愛情がありません。でも、愛情のある人たちには、作品が切り開く世界は、実際にある。芸術を創ることは、その世界を人から人へ伝えることだと思う。 だから、例えば大昔の作品を思い浮かべる時、ジョット(ジョット・ディ・ボンドーネ、中世後期のイタリアの画家)を思い、その世界を楽しむ。(中略)それは人間に関することで、コンピューターは私の道具ではないのです」(ヴィヤ・セルミンスのコメントより一部抜粋)

【彫刻部門】オラファー・エリアソン
アートが社会を変えることができると100%信じている

オラファー・エリアソン ©The Japan Art Association / The Sankei Shimbun

ベルリンコペンハーゲンを拠点に活動する美術作家。光、霧、氷、色など、自然現象を取り込んだ作品を手がけ、インスタレーション、絵画、彫刻、映像など多岐にわたる表現を続けている。 2003年のテート・モダンでの『ウェザー・プロジェクト』では、展示空間に巨大な夕陽を幻出させ、のべ200万人以上が訪れた。

オラファー・エリアソン『ウェザー・プロジェクト』2003年 テート・モダンロンドン Photo: Jens Ziehe Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles ©2003 Olafur Eliasson

2014年のプロジェクト『アイス・ウォッチ』では、グリーンランドから氷塊を運び、ロンドンなどヨーロッパ各国の街中に展示。温暖化など気候変動への気づきを喚起した。デンマークアイスランドで育ったこともあり、とりわけ自然豊かなアイスランドでの経験は、地球環境問題に向き合う土台にもなったという。

オラファー・エリアソン『アイス・ウォッチ』2014年(地質学者ミニック・ロージングと協力) テート・モダン外のバンクサイドでの展示風景 2018年 Photo: Justin Sutcliffe Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles ©2014 Olafur Eliasson

「私は、アートが社会を変えることができると100%信じている。気候の危機に挑戦するために必要な多くの声のひとつがアーティストだ。文化とはアイデンティティであり、私たちが持つ価値観が私たちの生きる時代と同期しているかどうかを問うものだ。しかし、時には、20年前の価値観がそのまま残っていて、時代が変わってしまったような場所に住んでいることもある。そんな場合、アートは価値観と時代をシンクロさせる役割を果たすことができる」(オラファー・エリアソンのコメントより一部抜粋)

(参考記事)Numero.jp「オラファー・エリアソン:アートで再考する私たちの未来」

【建築部門】ディエベド・フランシス・ケレ
伝統を尊重しながら、社会の課題解決も目指す

ベルリンのケレ建築事務所にて 2023年5月 ©The Japan Art Association / The Sankei Shimbun

ドイツベルリンを拠点に、故国であるブルキナファソアフリカ各地で、地元の材料や伝統的な手法を尊重しながら、社会の課題解決も目指す建築家。少年の頃から大工修行をし、奨学金を経てドイツへ留学。その後、ベルリン工科大学で建築を学んだ。

ガンド小学校』2001年 ブルキナファソ Photo: Siméon Duchoud Courtesy of Kéré Architecture

大学在学中に手がけた初作品『ガンド小学校』(2001年)は、学校のない故郷の村・ガンドのために建てたもの。学業と並行しながら、資金調達のために「ケレ財団」を設立し実現した。鉄やガラスではなく、地元で使われてきた粘土を使うことで、メンテナンス面でも快適さにおいても、気候風土に合った建造物になったという。また、住民も建設作業の訓練を受け、職業的機会を得ることで、地域の活性化につながった。「人々が喜び受け入れているのをみて、自分は何て恵まれているのだろう、もっとこんな仕事がしたい」と思ったという。

その後、アフリカ各地で医療施設や学校などのプロジェクトに携わり、2022年にはアフリカ出身で初めてプリツカー建築賞を受賞。現在は『ベナン国会議事堂』を建設中。アフリカでは大樹の下に集って話し合う伝統があることから”大樹”をモチーフとしている。

ベナン国会議事堂』外観の完成予想図 Courtesy of Kéré Architecture

「私の建築デザインで重要なのは、まず、敷地、気候条件、関心の中心にいるユーザー。もちろん、私はクオリティ(高品質)を作りたい。快適さも作りたい。しかし、クライアントには、その結果からインスピレーションを受けてほしい。他の人たちも同様。それが重要なポイントだ」(ディエベド・フランシス・ケレのコメントより一部抜粋)

【音楽部門】ウィントン・マルサリス
ジャズは、私たちの生き方を体現している

ニューヨークジュリアード音楽院にて 2023年5月 At The Juilliard School, May 2023 ©The Japan Art Association / The Sankei Shimbun

ジャズ・ミュージシャン、作曲家、バンド・リーダー。ジャズクラシックで活躍するトランペット奏者として知られ、1983年のグラミー賞ではジャズ部門とクラシック部門を同時受賞した。さらにはジャズをアメリカ独自の芸術として保存・発展させる活動を続け、教育にも力を入れている。

日本へ初めて訪れたのは19歳の時。ハービー・ハンコックのバンドの一員として来日し、ファーストアルバムの半分を日本で収録したという。「日本の人々や習慣、芸術における伝統に深い敬意を払い、長年のつながりがあるので、日本からの受賞はなおさら、嬉しい」と語る。

ウィントン・マルサリス・セプテット 2023年3月(大阪) Photo: Luigi Beverelli

ジャズが、私たちの生き方を体現している重要な側面の第一は即興であり、物事を変える個人的な自由を与えてくれることだと思う。そして2つ目はスウィング。つまり、他の人たちが自由を持っているということです。(中略)3つ目はブルースの受容。ブルースは日本の多くの音楽、ペンタトニックスケール(※)と多くの共通点を持っています。ブルースは、ナイーブにならずに楽観的な音楽だ。そして、その特徴を他の世代に受け継ぐことが重要。それが快適さを生み、(中略)生き方を継続させる。そしてある意味、そのような安らぎは、実際により多くの平和を生み出す。人々は不安を抱くと、暴力や無知に頼ってしまうからだ」(ウィントン・マルサリスのコメントより一部抜粋)

ペンタトニックスケール  1オクターブが5音からなる音階のこと。日本の民謡や琉球音楽はじめ各国の民族音楽で用いられる。

【演劇・映像部門】ロバート・ウィルソン
日本で過ごしたことで、私の人生は永遠に変わってしまった

ウォーターミル・センター」のコレクション・アーカイブにて ニューヨークロングアイランド 2023年5月 ©The Japan Art Association / The Sankei Shimbun

アメリカの演出家。舞台美術や照明なども手がけ、ヴィジュアルアーティストとしても知られる。さらにはドローイング、彫刻、家具のデザイン、ダンスの振り付け、建築なども手がける鬼才。ヴェネチア・ビエンナーレ彫刻部門金獅子賞など受賞多数。

1960年代、ニューヨークで、抽象バレエ・ダンスの振付家ジョージバランシンやマース・カニングハム(2005年世界文化賞受賞者)などの作品に影響を受けた。1976年には、ミニマル・ミュージックで知られるフィリップ・グラス(2012年世界文化賞受賞者)と共同制作した独創的なオペラ『浜辺のアインシュタイン』を発表。世界から注目を集めた。

『浜辺のアインシュタインフランスモンペリエでの上演 2012年 Photo ©Lucie Jansch Courtesy of RW Work, Ltd.

また、1981年には日本に6週間滞在し、能楽師の観世栄夫、歌舞伎俳優の坂東玉三郎(2019年受賞者)、舞踊家の花柳寿々紫らと交流したという。

「日本の演劇や文化を目の当たりにして、自分がやっていることを確認することができた。哲学の面でも、時間と空間の構築について確認できた。若かりし頃の6週間を日本で過ごしたことで、私の人生は永遠に変わってしまったと思う。だから、この賞(世界文化賞)の受賞は特に意義深いことだ。それは、少しだけ、私を故郷に連れ戻すようなものだ」(ロバートウィルソンのコメントより一部抜粋)

【第26回若手芸術家奨励制度対象団体】 ルーラル・スタジオ
学生を教室から地域の中へ解き放つ

アメリカ・アラバマ州のオーバーン大学が建築学部のプログラムとして運営する設計施工建築事務所。1993年の創立以来、「ブラックベルト」と呼ばれる貧困地域で、学生たちが、設計だけでなく建築作業にも携わってきた。

「学生を教室から解き放って、普通の人々と触れ合わせる。学生のエネルギーを使い、地域で困っている人たちを助けることができるかもしれないと考え、創設された。当時の建築教育、建築という職業に対する批判でもあった」と、アンドリュー・フリーアー所長(オーバーン大学教授)は語る。

これまで住宅、公園、教会、消防署、図書館など約220のプロジェクトで、居住空間、生活環境の改善に取り組んできた。近年は食料、排水、教育、インターネットなど、社会の基本へも目を向けたプロジェクトを実践している。

“隠れホームレス”のシェルターを設計・建築した学生のACプリースト アラバマ州ニューバーン2023年4月 ©TheJapanArtAssociation/TheSankeiShimbun

ハーレム芸術学校
誰もが自由であることを教えている

ニューヨークハーレム中心部で、毎年1600人の生徒を指導している文化芸術センター。1964年ソプラノ歌手のドロシー・メイナーによって設立された。年間予算の7割は寄付でまかなわれ、2歳から18歳までの生徒が集う。音楽、ダンス、演劇、ビジュアルアート、デジタル・イラストレーションマルチメディアなどを学ぶことができ、オーディションがある場合も関心の確認をする程度で、基本的に入学は自由。

トランペット奏者ハーブ・アルパートの寄付金で改修された校舎 ©The Japan Art Association / The Sankei Shimbun

ジェームズ・ホートン校長は「メイナーは、地に足を着けて若い人たちに創造性と芸術を探求する場所を確保したいと考え、あらゆる分野を一つ屋根の下に集めて、ハーレムの若者たちが安心して創造性を発揮できる安全な空間を提供した。芸術は人間性の最大の表現。皆を一つにし、皆が自由であることを教えている」と語っている。

2024年には創立60周年を迎える。今後はさらに対象を広げ、矯正施設や刑務所にいる若者、ホームレスを含めた街の全ての人に、質の高いプログラムを提供し、創造性を引き出す機会を作ることを検討しているという。

ダンス教室でのレッスン ©The Japan Art Association / The Sankei Shimbun

高松宮殿下記念世界文化賞
URL/www.praemiumimperiale.org

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