60歳定年制の企業で60歳を迎えた人の9割近くが、「継続雇用」を希望しています。一方、早期退職制度を利用して50代で引退の選択をする人も少なくありません。仮に55歳で引退した場合、年金受給が始まる65歳までの10年間と、そこからの年金生活を維持していくためには、一体どれほどの貯蓄が必要になるのでしょうか。シミュレーションしていきます。

55歳で会社を辞めても、60歳定年退職者と同じ退職金を受け取れるとしたら…

厚生労働省『高年齢者雇用状況等報告』によると、21年6月~22年5月の1年間、60歳定年の企業で定年に到達した人は37万9,120人。うち継続雇用された人が87.1%と大半を占め、「引退した」人は12.7%。「定年後も働く」という選択をする人が、圧倒的に多数派であることがわかります。13年に制定された「高年齢者雇用安定法」により、25年4月以降は65歳までの雇用確保が企業の義務となるなど、60歳以降も働ける環境は整備されつつあります。

そんな環境下、定年退職よりも前、50代で引退の決断を下すサラリーマンも少なからずいるようです。

そんなサラリーマンの多くが利用するのが「早期退職制度」。およそ半数の企業がこの制度を導入しているとされてています。通常、この制度を利用して退職した場合、従業員は定年退職時の退職金に上乗せした退職金を受け取れることが多く、なかには再就職のサポートを行うなどの優遇措置を設けている企業も。

中央労働委員会『令和3年賃金事情等総合調査』でモデル退職金をみると、大学卒の事務・技術(総合職)の場合、勤続30年(52歳)で2,003万5,000円、勤続35年(57歳)で2,437万8,000円、定年退職で2,648万7,000円。仮に55歳で引退したとしても、定年退職時と同等の2,600万円もの退職金が支払われるのであれば、早期退職制度を利用するという選択は悪くないのかもしれません。

また55歳といえば、会社員の給与水準がピークに達する時期でもあります。厚生労働省令和4年賃金構造基本統計調査』によれば、大卒・正社員(男性)の場合、20代前半で月収(所定内給与)23万5,800円、年収348万6,300円だった給与は、55歳では月収52万5,700円、年収857万6,700円に。役職定年や定年退職を機に給与がガクンと下がる前に、ここで有終の美を飾るのもアリといえそうです。

夫婦2人“最低限の”老後資金は月23万2,000円

55歳で引退の決断を下すとしたら、年金の受給が始まるまであと10年。そこから夫婦で85歳まで生きると仮定したら、どれほどの貯蓄が必要があれば安心でしょうか。

老後のお金について考えるうえで、無視できないのが住宅ローン。国土交通省令和3年度住宅市場動向調査』によると、マイホーム購入者(一次取得者)の平均年齢は、注文住宅が39.5歳、新築戸建ては37.5歳、新築マンションは39.9歳。マイホームを購入する人は、おおむね40歳前後で3,000万~4,000万円程度、返済年数30年前後のローンを組んでいます。

仮に40歳、年間143万円の返済で30年ローンを組んでマイホームを買ったとすると、年利0.5%・元利均等で、55歳退職時には2,052万7,438円の残債がある計算です。55歳で引退するのであれば、その時点で完済してしまえるだけの貯蓄がほしいところです。

また、総務省『家計調査 家計収支編』(2022年)によれば、世帯主の年齢「~59歳」の消費支出は平均25万0,299円、「60~64歳」では28万7,126円(二人以上の世帯のうち無職世帯)。つまり、年金受給の65歳になるまでに3,200万円ほどの支出が見込まれます。

65歳から受け取れる年金は、早期退職した分だけ保険料の支払額が減り、手にする年金額も減少します。仮に大卒サラリーマンが定年まで平均給与で働き続けたら、厚生年金部分は月10.7万円。国民年金と合わせて月17万円を手にできるところ、もし55歳で早期退職したら、厚生年金部分は月9.2万円と、1万5,000円も少なくなります。

妻が専業主婦で満額の国民年金を手にする場合、夫婦で手にする年金は月およそ22万円。手取りでは18万~19万円ほどになります。

公益財団法人生命保険文化センター『令和元年度生活保障に関する調査』によると、「夫婦2人の最低限の老後資金」は平均月23万2,000円とされていますので、年金だけでは月5万円ほどの赤字となり、その分を貯蓄で補填するとなると、1年で60万円、10年で600万円、20年で1,200万円の貯蓄を取り崩すことになります。

以上みてきたとおり、住宅ローンが残った状態で55歳で引退し、65歳までは収入なし、65歳から年金生活が20年続くと考えると、大卒会社員の場合、6,400万円ほどの貯蓄があれば55歳での早期退職が可能といえます。仮に、割り増しで2,600万円もの退職金を受け取れるのであれば、自力で用意する貯蓄額はもっと少なくて済みそうです。

ただ、これらはすべて単純計算の結果に過ぎません。現役時代の給与が平均以下であれば、65歳以降の年金受給額は減りますし、「モデル」として挙げた額の退職金をすべての人が受け取れる訳でもありません。さらに、家族構成によっては、60歳を過ぎても子供の教育費がかかるという世帯もあるでしょう。

冒頭に紹介した厚生労働省の調査からもわかるとおり、定年を迎えた9割近くの人が定年後も継続雇用を希望しており、「貯蓄はいくらあっても十分ではない」「身体が元気なうちは働き続けたい」と考える人が圧倒的多数を占めるというのが実情。

ただ、「55歳で引退する」ことを目標に現役時代から資産形成に励んでおけば、定年前後の人生についての選択肢を増やせることはたしかといえそうです。

(※写真はイメージです/PIXTA)