セクハラ、パワハラ、マタハラ、カスハラ…。様々なハラスメントが社会問題化しており、企業内でも危惧されています。万一企業側の対策が後手に回ると、これらの問題の発生が予防できないばかりか、被害者となった労働者、加害者の立場になった労働者の双方から責任を問われ、裁判になれば非常に苦しい立場に立たされることになります。山村法律事務所の寺田健郎弁護士が解説します。

パワハラで解雇が認められた、実際のケース

ハラスメントが起きないための環境づくりは、ハラスメントが起きた際に会社を守ることにもつながります。

本稿で解説するのは、あくまでも会社がおこなうべき対策として最低限のもの、「これをやってないと、会社としてはかなりまずい」というレベルのものです。もし「うちの会社はこの対策をしていない」といったものがある場合、状況はかなり深刻ですので、早急な対策を取っていただく必要があるといえます。

前提として「労働法」は労働者保護の傾向が強くなっています。逆にいえば、使用者に対してはかなり厳しい傾向にあり、裁判でも厳しい判断がされることが多い法分野です。

このように、法律には一方に有利になっている分野がいくつかありますが、労働法はそのなかでもとくに顕著な分野なのです。

労働者側に有利な法律として有名なものは「解雇」に関するものです。おそらく、管理職や事業主の方ならご存じだと思いますが、労働者を解雇することは非常に難しく、本当に最終手段的でないと解雇はできません。

これは、セクハラ・パワハラといったハラスメントの事例についても同様で、労働者をかなり優遇する傾向がみられます。

セクハラで厳しい判断が下された判例として、日本HP社セクハラ解雇事件(東京地判平成17.1.31判タ1185.214)があります。

金融営業本部長だった社員Xは、部下の女性社員2人に対してセクハラをおこなったことを理由に、会社から懲戒解雇処されました。これを受けて、社員Xはセクハラを否認し、懲戒解雇も無効だとして、裁判まで発展しました。

争点となったのは「本当にセクハラの事実があったのか」という点です。記事『社会的生命も、一瞬で吹き飛ぶ…企業のセクハラ問題「絶対NGライン」』でも解説した通り、セクハラはその性質上密行性が高いため、目撃者がおらず、証拠も見つからないケースが多々あります。今回のケースも、被害を受けたと話す女性社員2人からの証言しか証拠がありませんでした。

裁判では、女性社員2名の証言が具体的かつ詳細で、不自然かつ不合理な点もなく、最初の事情聴取から裁判まで内容が一貫していること、虚偽の報告をしてまで社員Xを貶める動機がなかったこと、このような被害を受けた、という事実を第三者に述べること自体が相当な心理的抵抗があるはずなのに、セクハラを報告したということから、女子社員の証言は信用性が認められる、ということでセクハラを認定し、懲戒解雇は有効という判決が下りました。

裁判所というのは基本的に書面主義で、書面による証拠を重要視し、それをもとに裁判を進めるのですが、この事件では、物的証拠、書面による証拠ではなく、被害者の証言を全面的に信用するような判決がなされました。

そういった面を鑑みても、裁判では企業側には厳しく、立場が下の労働者側に傾くもの、労働法は労働者が強いもの、ということを念頭においたうえで、読み進めていただければと思います。

万一、ハラスメントが起きたら?…会社に課せられる重い責任

会社は、ハラスメントを受けた被害者に対するケアをおこなうとともに、ハラスメントをおこなった加害者側に対する処分を検討します。

その際、まさに上述した日本HP社セクハラ解雇事件のように、加害者が管理職や役員でない中間管理職などの社員であった場合、会社から下された処分の有効性を争った裁判が発生する可能性があり、そこではまた「会社対労働者(加害者)」という構図が発生します。

被害者に対する請求と加害者に対する請求、いずれにも対応しなければならず、労働者側は労働法による保護がある…となると、会社がいかに厳しい立場に立たされているかがわかるかと思います。

ハラスメントによる紛争自体が会社大きなリスクになることを考慮すると、そもそもハラスメントを防止するシステムづくりが重要だとわかります。

また、ハラスメントを防止するシステム作りがしっかりとできている企業は、仮に紛争となったとしても、責任が問われなくなる可能性もあります。損害賠償請求の根拠とされる安全配慮義務に違反していない、ということを示せれば、請求を跳ね返せる可能性も高まるのです。

これらのことから、会社としては、セクハラが起きないシステムづくりが、なによりも重要だということがおわかり頂けるかと思います。

法令上でも、セクハラ・パワハラを防ぐための義務が事業者に課せられています。

セクハラの場合は、男女雇用機会均等法の11条で、性的な言動によって労働者が不利益を受けないよう、相談体制の整備、その他雇用上必要な措置を講じる義務が事業者に課せられています。

パワハラの場合は改正労働施策総合推進法で、パワハラに掛かる相談体制の整備、その他パワハラ防止措置を事業主に義務付けています。

このように、セクハラ・パワハラのどちらにしても体制整備は法令上必須なのです。そのため、このような対策を何もしてない、というのはスタートラインにすら立てていないということになります。

ハラスメントの発生を阻止する「3つの対策」

ここからは具体的な対策を3つ解説していきます。万一実施していないものがある場合は、ぜひ速やかに実践してください。

①ハラスメントの相談窓口の設置

まず第一として、ハラスメントの相談窓口の設置です。

これはその名の通り、ハラスメントが起こった際に通報する、被害者が実際に相談・苦情を持ち込み、それらに適切に対応するための窓口で、担当者は相談を受けるための研修を受けた管理職、とくにセクハラの相談を受けることを考慮すると、女性の管理職が望ましいといえます。

とはいえ、実際に窓口を設置するとなると、まず女性管理職がいない会社の場合、女性管理職を置いて専門の研修を受けさせた上で常駐させなければいけません。そうなると、かなりの人的リソースを割くことになり、人材確保は難しいといえます。

また被害者側からしても、相談窓口の担当者が会社内の上層部の人間だと相談しづらい、とためらってしまう方も少なくありません。

そこで最近増えている例が、会社の顧問弁護士に依頼し、顧問弁護士の事務所を窓口にする、というパターンです。

具体的には、顧問弁護士に相談窓口になってもらうことを依頼したうえで、社内ではセクハラ・パワハラの相談窓口についてのポスターやチラシなどを休憩所などの人目に付くところに掲示する、という流れになります。

ポスターの内容としては、セクハラ・パワハラが起きた際には、弁護士事務所が通報・相談先になる、ということ、その事務所の連絡先、そして相談者の相談内容などの秘密が絶対に守られること、匿名での相談も可能であることなどを記載しておきましょう。

このようなポスターやチラシを人目の付くところに掲示しておくことで、社員にはセクハラ・パワハラの相談先を周知させることが可能ですし、会社側も十分な対策をしていたということを示すことができます。

ハラスメント対応は初期対応がとにかく重要です。初期の段階から適切な対応ができれば、しっかりと証拠を集めることができますし、ハラスメントか否かの判断が誤りなくおこなうことができます。

その後は、判断を受けた上で、被害者にはケアをし、加害者には処分を下すことになりますが、弁護士の判断の元に適切な処分をおこなうことができますので、加害者側から処分が過剰である、というような請求の可能性が格段に下がりますし、被害者側も会社側がきちんと対応したという印象が残り、こちらからも損害賠償を請求される可能性が下がります。

そのためにも、適切な人材に対応を任せることのできる体制を作っておくことが重要なのです。もし、社内の人員が確保できずに困った場合は弁護士に任せることも選択肢に入ってきます。

②就業規則・罰則規定の設定

セクハラ・パワハラ、それに加えてマタニティ・ハラスメント(マタハラ)は、といったハラスメントに関する分野は、比較的近年に生まれた概念でありながら、いまや人事労務分野の頻出課題となっており、人事担当の方、経営者の方には悩ましい問題かと思います。

しかしその一方で、就業規則でハラスメントに関しての懲罰規定が設定されていないことも多く、これはもし損害賠償請求に発展した場合は企業側が不利な立場になってしまう可能性が非常に高くなります。

とはいえ、やはり最近生まれた概念ですので、就業規則に書かれていない企業は多く、ここ10年の間に就業規則を改定していない会社は、ほぼ対応が間に合っていないのではないことが予想されます。

また、セクハラに関する規則だけある会社もありますが、セクハラのみでは不十分で、「セクハラ」「パワハラ」「マタハラ」「その他のハラスメント」の4つについて定義規定をおき、そのうえで窓口を設置し、懲罰規定が設定されている、ということが必須となります。

ここまでの「①ハラスメントの相談窓口の設置」と「②就業規則・罰則規定の設定」は、あるなしが一目瞭然で、窓口の有無は社員に聞けばわかりますし、罰則規定も就業規則を確認すればすぐわかります。

もし、実際にハラスメントが起こり、会社側がきちんとハラスメント対策をしていたという証拠が提出できない場合は、訴訟に発展した場合、会社側は相当不利な立場に立ってしまうことが予想されます。

③予防のための定期的な研修

そして、最低限の対策として、ハラスメント予防のための定期的な研修が挙げられます。

ハラスメント研修には管理職向けの研修と労働者向けの研修があります。

管理職向けの研修では、まず、ハラスメントを防止するシステムを構築するためにはどうすればいいか、もし発生してしまった場合に、どのような対応をすればいいのか、についての説明があります。

発生しやすいハラスメントの内容は、業種や男女比、年齢、事業内容によって異なります。そのため、研修では会社の体制に応じた、具体的にとるべき対応を詳細に解説してもらえる研修を選ぶことが重要になります。

また、もうひとつ面倒なハラスメントとして、カスタマーハラスメントがあります。

BtoC企業では顧客対応が必須になりますが、顧客対応にはどうしてもクレーマー問題、カスタマーハラスメントがついてまわります。

その際に、クレーマーからどのように従業員を守るのか、ということも、昨今では企業側に求められるようになりました。

一般的に、カスタマーハラスメントは問題に発展しづらい傾向にありますが、理不尽なクレームが何度もあり、従業員からも苦情が来ているのに何も対応をしていない、というような場合は、問題になる可能性があるため、これに関してもしっかりと対応を検討しておく必要があります。会社によるとは思いますが、管理職の方は一度、これらのことを学べる研修に参加することをお勧めします。

労働者の側は、加害者になり得る一方で、被害者にもなり得ます。

そのため、労働者向けの研修は、「こういうことをしたらハラスメントになる」といったセクハラ・パワハラの定義や具体例、おこなった場合にどのような懲罰があるのか、といった内容と、逆に「こういうことをされたら、会社にちゃんと報告してほしい」といった点を周知する内容になっています。

業種ごと・事業規模ごとの「きめ細かい対策」が必須に

上記、「①ハラスメントの相談窓口の設置」「②就業規則・罰則規定の設定」「③予防のための定期的な研修」と、3つについて説明しましたが、前述したとおり、これらの対策はすべて、セクハラ・パワハラが起きないようにするための対策として最低限のものであり、これらを怠っていると、もしハラスメントが発生した場合、会社としては勝てない、というレベルのものです。

ならば、それ以上の対策はなにか言う話になると、まさに企業規模や業種ごとに異なってきます。これらの点に留意したうえで、会社としては慎重な対策が求められるといえます。

寺田 健郎 山村法律事務所 弁護士