東京電力福島第1原発の処理水が初めて海に放出され、中国が日本の水産物を全面禁輸としてから9月21日で4週間となる。その影響は広がりをみせており、日中の食品ビジネスに精通する男性によると、中国税関は「幅広い加工食品群まで輸入不可とし始めた」という。禁止対象は、魚介や昆布エキスが含まれる即席麺や麺つゆなどの品目に及び、現場では代替品の確保に追われている。(ジャーナリスト・富岡悠希)

●中国で「だし入り味噌」が手に入らなくなった

中国税関の対応を証言したのは、中国に5工場を構え、模造品が出るほどのブランド味噌を手がけている「松井味噌」(兵庫県明石市)の社長、松井健一さん。

松井さんは1990年代に中国・大連に進出。日本より大幅に安い大豆や米、塩などを使って、味噌関連商品を作り始めた。近年はさまざまな食品会社や外食企業から依頼されて、裏方として各種調味料作りも担っている。

松井さんによると、処理水の放出が始まった8月下旬、現地の和食レストランのオーナーから「日本から、だし入り味噌が手に入らなくなった。代わりに作れないか」との相談が入ったという。中国税関は「だし」に使われている鰹系エキスに着目したようだった。

その後、中国内の取引先の問屋などからも、次々と連絡が押し寄せた。

「海苔がNGをくらい、海苔・ふりかけお茶漬けの素が通らなかった」 「中国税関が即席麺やキムチたれもストップさせている」 「おかき、煎餅がダメだった」

中国は処理水放出と同じタイミングの8月24日、日本からの水産物禁輸を実施した。当初は輸出額の多いホタテ類や中国人が好むナマコなどに大きな影響が出ると報じられ、日本政府も9月4日、水産事業者向けの支援策をまとめていた。

●「魚介エキス」も水産品とみなす運用がされている?

この間、中国税関は、ジワリと「締め付け」を強めたようだ。

前出の品目以外でも、松井さんは、ポン酢・即席スープ釜めしの素、納豆、焼肉たれ、鍋つゆ、浅漬けの素、鰹節が税関で止められたと聞いた。

松井さんによると、中国税関は「後で問題が出ないよう、保守的な運用になりがちだ」という。

中国税関総署が8月24日に出した文書では、「日本の水産品(及び食用水生動物)」を全面禁止すると書かれている。

一部の中国税関は、だし入り味噌の「だし」と同じく、即席麺についているスープの素や、納豆についている「たれ」に着眼。魚介・昆布エキスやオイスターソース類も「水産品」と見なして、税関を通さない運用をしているとみられる。

●日本で水揚げしたサバを加工して日本に輸入することもできない

鰹節、キムチ・たれ、海苔、ふりかけ類や一部の即席麺などは、中国に進出している日系企業が製造・販売している。日本の水産物を使ってないならば、今後も、中国で流通する。

松井さんも、だし入り味噌だけでなく、つゆ類の代替品提供もしていく予定だ。それでも、松井さんは「みなさんが欲する味を、私も含めた食品メーカーが中国製だけで全部をそろえるのは難しい。食の現場では当面、試行錯誤が続くことになる」。

さらに、経営面でもマイナス材料がある。松井味噌の味噌は、日本産の原料は使っておらず、通常販売できる。しかし、他社との協業分野ではそうはいかないケースもある。

たとえば、日本で水揚げしたサバを中国の加工場に持ってきて〆サバにして、日本に輸出する取引先がある。松井味噌は〆サバの上に載せる「白板昆布」を提供してきた。例年だと、秋からが仕込み時期になるが、サバの代替産地が見つからなければ、〆サバ加工作りは無理なため、その分の売上は減る。

同じように日本から魚卵を中国に持ってきて加工する現場にも、白だしなどの調味料を卸していたが、それもなしになる。

●しばらく「和食」への逆風が続くかもしれない

また、中国に約8万店あると言われる和食レストランへの悪影響も気がかりだ。中国全土の店舗の多くが、松井味噌の味噌や調味料を扱っているが、この4週間、一部の店舗では客足が減った。中国人客が原材料を確認するケースも増えたという。

松井さんは1990年代の大連進出から30年以上かけて、中国で日本食の魅力を広める「和食の伝道師」の役目をはたしてきたと自負している。「和食;日本人の伝統的な食文化」が2013年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)無形遺産に登録される追い風もあり、ここ数年は特に手ごたえを感じてきた。

しかし、中国では処理水が「汚染水」と報じられ続けている。そのため「1年ぐらいは、和食への逆風が続くかもしれない」と案じる。

●逆風を乗り越えたらチャンスがある

日中間には荒波が立っているが、松井さんは折れずに前を向く。

父親から経営を引き継いだ1980年代後半に年商約2億円だった松井味噌を、松井さんは2020年度には約80億円まで急成長させた。そのエネルギーが健在なうえ、過去の経験値もあるからだ。

「逆風を乗り越えたら、また、和食レストランの数は増えるはずです。2012年の尖閣問題を経ても撤退しなかったわれわれのような企業は、どこも本気で中国市場と向き合っている。経営者としては、今回の騒動で落ち込んだ分をいかにカバーして、むしろプラスに持って行くのかを考えるだけです」

中国で「鰹だし」理由に味噌も輸入禁止、「処理水放出」が現地の和食ビジネスに大打撃