ジャニー喜多川元社長(故人)による性加害問題を受けて、ジャニーズ事務所の所属タレントの広告起用を取りやめたり、今後契約を継続しないと表明する企業が続出している。

ジャニーズ事務所とそのグループ会社と取引のある企業は、1次・2次合わせて226社とされており、そのうち資本金1億円以上の大企業は4割以上となっている(東京商工リサーチ調査)。この「ドミノ倒し」がどこまで広がるのかは、不透明な状況だ。

一見、契約打ち切りは、今回の問題に対して、企業が真摯に対応しているように見える。しかし、「ビジネスと人権」問題にくわしい大阪経済法科大学の菅原絵美教授は「トカゲの尻尾切りで終わってしまう可能性があり、本当の問題解決にはつながらない」と懸念を示す。

国連の指導原則や日本政府のガイドラインでは、取引先企業には影響力を行使して、被害者の救済に尽力することを求めており、契約解除などは「最終手段」として示している。

今、ジャニーズ事務所の取引企業にはどのような姿勢が求められているのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

⚫️取引取りやめる企業の「思惑」

ジャニーズの性加害問題は、個別のイシューとして終わらせてはいけない、もっと根深い問題があります」

菅原教授はそう指摘する。

ジャニー喜多川氏による性加害が国内外で問題視されるようになったのは、BBCが今年3月に放送したドキュメンタリー番組がきっかけの1つだった。被害者の1人である元ジャニーズJr.で歌手のカウアン・オカモトさんは4月、日本外国特派員協会で記者会見し、海外メディアで報じられた。

8月には、国連人権理事会の作業部会が、ジャニーズ事務所と取引のある企業に対して、被害者救済を求める声明を出している。海外から注目を集める中、国内でも社会問題となってきた経緯がある。

「国際社会では、性に基づく暴力やハラスメント、子どもと若者に対する虐待などの問題に厳しい目が向けられてきました。そうした中、まだ日本では、これらの問題に対して、意識が低いという課題が残っています。

こうした国際環境の中で、このままジャニーズ事務所と取引を続けていくことが、自分たちのビジネス上のリスクにつながるかもしれないという考えから、今回のような取引解除の動きが出てきたのだろうと思います」

⚫️契約解除による影響は「被害者」に及ぶ

一方で、企業は、ただ契約を解除するだけで良いのか。菅原教授は懸念を示す。

「性加害を含む、性に基づく暴力やハラスメントは、もともと日本社会に根深くある問題です。ジャニーズ事務所だけの問題ではなく、他の芸能事務所はもちろん、一般企業でも残念ながら起きていることです。

私が強く懸念するのは、被害者が声を上げたことによって問題が顕在化し、そのために契約を解除されてしまうことになれば、もう被害者が声を上げることができなくなるのではないかということです。このような解決手段をとるとしたら、日本にもともとある暴力やハラスメントなどの被害者が口をつぐんでしまいます」

相次ぐ取引企業の契約解除を受けて、ジャニー喜多川氏による被害を訴えている「ジャニーズ性加害問題当事者の会」は9月14日、「ジャニーズ事務所との取引をただちに停止することを希望するものではない」という声明を発表した。

菅原教授によると、性加害の被害者が受けた侵害を決して軽視してはいけないが、今後同じ被害を繰り返さないためにも、ジャニーズの性加害問題だけに矮小化するのではなく、どういう構造の中でこれが起きてしまったのかを見る必要があるという。

「契約を解除することで、その企業がどのように被害者の人権尊重を実現しようとしているのかが、まったく見えていません。安易な『トカゲの尻尾切り』では、根本的な問題の解決にはつながりません」

⚫️業界全体で人権問題に取り組むべき

国連は2011年、「ビジネスと人権に関する指導原則」を決議し、日本政府も2022年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定した。いずれも、取引企業の取引解除は「最終手段」であると示している。

では、取引企業にはどのようなプロセスが求められているのだろうか。企業は、サプライチェーンに対し、人権問題を特定して、その解決をはかり、対処方法などを継続的に調査・情報開示する「人権デューデリジェンス」(人権DD)が求められている。

ジャニーズ問題でも、取引企業はジャニーズ事務所に対して、被害者救済状況や、被害者の声を聞く仕組みづくり、社内の人権方針の策定など、定期的なミーティングや契約時にヒアリングすることも考えられます。人権DDの取り組みを広報・広告の分野でも実施していくということです。

たとえば、現在は一時的に契約を解除したとしても、契約更新の可能性を今後に残し、取引企業がジャニーズ事務所に対して、どのような取り組みをおこなっているのかを確認するということを、企業レベルではもちろん、場合によっては業界全体で取り組んでいくことが必要だと思います」

取引企業が契約している芸能事務所は、ジャニーズ事務所だけではない。そのほかの芸能事務所でも人権侵害が起きていないのか、再発防止のためにも、取引企業はきちんとモニタリングしていく必要があると菅原教授は指摘する。

「なぜ、サプライチェーンを通じた人権尊重が求められているのかといえば、それなくして持続可能な社会の実現は不可能であるという危機感がベースにあるからです。各国でいろいろな法制度がありますが、共通の基盤はサプライチェーンでの人権尊重が企業の社会的責任であるということです。

ですから、取引企業がジャニーズ問題で契約解除したら終わりではなく、日本に根深くある性暴力やハラスメント、児童虐待などが起きている構造的な問題をどう解決していくのか、社会全体で取り組む必要があるのではないでしょうか」

【菅原絵美教授のプロフィール】
大阪経済法科大学国際学部教授。国際法、国際人権法を専門に「ビジネスと人権」研究に取り組む。2014年、大阪大学大学院国際公共政策研究科国際公共政策専攻博士後期課程修了。認定NPO法人 虹色ダイバーシティ理事、一般社団法人ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)理事、一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン理事などを兼任。

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