インフレ局面を迎える中、安易に値上げをすれば顧客を失いかねず、価格を据え置けば利益は削られる。多くの企業にとって、今、「価格戦略」は最も重要な課題の1つだろう。当連載は、製品の販売価格をマネジメントする「価格支配力」により、高い利益率と成長を両立させるマーケテイング戦略、価格戦略について解説した書籍『価格支配力とマーケティング』(菅野 誠二、千葉 尚志、松岡 泰之、村田 真之助、川﨑 稔著/クロスメディア・パブリッシング)から一部を抜粋・再編集してお届けする。

 第3回は、熱烈なファンを持ち、他社より2~5倍も高い商品を開発して高収益を実現するアウトドア用品メーカー・スノーピークの、ハイエンド市場を作り出す秘訣に迫る。

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<連載ラインアップ>
第1回 クラフトビール市場を広げたキリンビールの「カテゴリーずらし」とは?
第2回 「Sony listens.」とプロが称賛、ソニー「感動」のマーケティング戦略
■第3回 10年間で売上が約8倍、高収益企業スノーピークの「超上澄み価格設定」とは?(本稿)
第4回 圧倒的な付加価値を創出、日東電工の「三新活動」「ニッチトップ戦略」とは?

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 スノーピークの事例

  スノーピークアウトドア用品の製造業を中核としながら、急成長を遂げている高収益企業(1)だ。海外でもスノーピークファンは多い。

(1)2021年12月期決算:売上257億円。10年前の売上が32億円なので年間CAGR:23.2%、経常利益率15.7%

 山井太氏が父親の会社に入社した際には社員15人、年商5億円、総利益1.3億円だったが、全社員の「自分にとってのミッション」を書いてもらうことからはじめ、それをまとめて「スノーピークウェイ」というミッションステートメントを定めた。現在では事業分野が小売店舗経営、キャンプ場の運営、地方創生コンサルティングにまで広がっている。

WHY-WHO 理念、風土を起点としたユーザーイン志向とLTV

 フォーブスのインタビュー(2)で、スノーピーク会長 山井太氏が語った言葉がスノーピークのビジネスを端的に表現している。

(2)『スノーピーク山井太が語る「世界で勝てるマニア資本主義」』Forbes JAPAN :2023年4月号

 僕は新卒で入った会社がハイブランドの輸入商社だったこともあり、26歳でスノーピークに入社したとき、地元(新潟県)三条の他の会社を見渡すと、なぜこんなにいいものを安く売っているのかと驚いた。やりかたが間違っていると直感したんです。だから、自分が会社を継いだときには、「世界でいちばん高くていいキャンプ用品をつくって、稼げる会社にする」と宣言した。

 理念は「人間性の回復」「人生に野遊びを」「ユーザーの笑顔」を目指すこと。企業風土は「スノーピークウェイ」で定義した「自らもユーザーであるという立場で考え、お互いが感動できるモノやサービスを提供」するユーザーイン志向である。顧客は都市部在住、30〜40代が中心のファミリー層。「子供がイキイキした表情になるのが嬉しい」というハイエンドユーザーだ。子供がアウトドアを卒業したら夫婦のみ、それも片方が卒業してしまったらソロキャンパーになる。

WHAT-HOW プロダクト・イノベーションとファン化。そして超上澄み価格設定

 山井氏が入社間もない1980年代の市場では、テントは大きく2種類あり、9800円か1万9800円が通常価格だった。そこへ自身が納得する最良の素材とテクノロジーをつぎ込んだ商品を16万8000円で発売した。当初、社内にあった疑念は、発売開始からほどなくして100張り売れた頃に晴れたという。日本のアウトドア市場の歴史ではじめて、超上澄み価格のハイエンキャンプ用品市場を創出したのだ。

 1988年以来、フィールドテストを繰り返して「快適基準寸法」という社内基準を設定することで、商品は永久保証付きにした。地元の燕三条の本社工場か、協力工場で生産するので、世界的にも有名なこの地域が誇る金属加工の伝統の技が商品の基盤になっている。商品は企画・デザイン・協力工場と連携した製造に至るまで、一人の担当が一貫してプロダクトマネージャーとして責任を負うため、ミッションを貫徹しやすい。

 価格は「正当性」をもって設定し、値引きなしの正価販売をしている。たとえばペグ/テントの杭は他社アルミ製が平均50円だが、同社の「ソリッドステーク」は400円(3)でベスト&ロングセラーである。商品価格は他社比較で、総じて2〜5倍が多い。

(3)山井氏書籍出版時の2014年当時

 1998年からユーザーをキャンプイベントに招待したイベントを開始。その後、「スノーピーカー」と呼ばれる熱烈なファンが集う「スノーピークウェイ」として定着したが、商品開発者だけでなくスノーピークの社長もファンと焚火を囲み、盃を交わし、製品へのフィードバックをもらうことが趣旨である。業績が悪化した時にはじめて開催したキャンプで、ヘビーユーザーから受けた商品のフィードバックと苦情がその後のスノーピークのすべてのミッション・戦略に示唆を与えたという。

 この取り組みは現在では年に6回、全国で開催するまでに拡大している。キャンプ場を6か所経営することで、顧客の地域コミュニティの拠点もつくりあげた。ファン化のためにポイント制度も活用していて、ヘビーユーザーほど売上の貢献度が高い。

 新規ファンの購買決定要因の多くは、他社製品を使用してキャンプで苦い経験をしたあとに、スノーピーカーからスノーピーク商品を勧められたことがきっかけだという。

 山井氏は自社の特長を問われ、次のように答えている(4)。

 ファンとの距離が近い。ヘビーユーザーの顔や名前をたいてい憶えているし、ユーザーも私や社員のことをよく知っている。
 実際に製品を使ってもらった結果として顧客が感動し、ファンになる。「他社の製品と質感が違う」と思ってもらったり、「使い勝手が段違いに素晴らしい」と気づいてもらうケースもある。「感動」の根底にあるのは製品とサービスであり、それに尽きる。


(4)『スノーピーク「好きなことだけ!」を仕事にする経営』山井太/日経BP(2014年)

 2000年に流通経路を問屋流通から正規特約店制度に変換し、販売は直接取引のみにして、2003年から自社拠点を出店しはじめた。アウトドア専門店内でのインストアも直営店と同様に、店長は社員にする。その理由は製品知識とブランドミッションの理解が重要だからこそ、だ。販売員には「キャンプ研修」で製品を使わせながらプロに育てていく。これもブランドの意義を直接、顧客に伝えるためである。

 マーケットの状況から判断するのではなく、自社のミッション・ステートメントから考えていき、それを具体的な戦略に落とし込む形でビジネスを展開している。「世の中にない製品」を作るタイプの会社であるため、「今ある製品」には全く興味がない。

 こうしたモノ作りとサービスのレベルを達成するために、社員全員はアウトドアの熱心なユーザーのみである。山井氏自ら、これまで出会ったどのアウトドア用品企業のトップマネジメントと比較しても、自分は一番キャンプ泊数が多いと豪語する。
 そして次のような思想から、地方創生に関わり、中堅企業の育成に力を入れだしている。

 さらに海外展開していこうとするなら、まずは自分たちがどんな会社であり、どんなミッションに基づいたものなのか、そして商品は他社と何が違うのかをより明確にするべきでしょう(5)。

(5)『スノーピーク山井太が語る「世界で勝てるマニア資本主義」』Forbes JAPAN :2023年4月号

 自分たちが大事にする「コア」を伝える言葉をもつことです。スノーピークも「人間性の回復」「人生に野遊びを」など、ミッションや事業を端的に表す言葉を多く言語化してきました。これによって社内カルチャーも大きく変わりました。
(中略)
 これまであたり前とされてきた「損得軸」にもとづく経営よりも、その商売や製品が好きだという「好き嫌い軸」での経営のほうが、結果的に成功しやすいし、これからは絶対に強いはずです。
 私はこれを「マニア資本主義」と呼んでいるのですが、例えば虫のスペシャリストを採用している環境機器のように、虫が好きな人じゃないと気づけないこと、つくれない商品がある。極言すれば、損得軸のマーケティングならAIでもできます。
高度な資本主義経済に生きる生活者は、サプライされた製品への要求が高いので、「好き」に共感してくれる可能性も高い。中小企業の皆さんは後継ぎも多いと思いますが、自分が好きなことで勝負するのがいいと思う。
 家業と違う好きなことを突き詰めるか、家業を好きになってそのなかでイノベーションを起こすか、どちらかだと思う。そう考えると、スモール・ジャイアンツ(6)は、日本の可能性そのものだと思います。


(6)スモール・ジャイアンツ:世界中の小・中規模企業の経営者やリーダーのための異業種連盟団体。定義は「企業の偉大さの証は規模(業績)ではなく、むしろ以下の三つの要素である。1)地域社会への貢献 2)素晴らしい顧客サービスの提供 3)卓越した企業文化の育成と維持へのたゆまない努力」:https://forbesjapan.com/small_giants
(図4-2)

 価格支配力を持ち、顧客とハッピーな関係をつくり出せている企業の多くは、マーケティング・イノベーションを実行している。

 私たちは示唆に富んだ事例研究を通じて、新しい現実を理解するためのフレームワークを学習して、勝ち筋の抽象化をおこなう。そしてその仕組みと効果を知り、自らの経営にカスタマイズして活かしていく必要がある。

<連載ラインアップ>
第1回 クラフトビール市場を広げたキリンビールの「カテゴリーずらし」とは?
第2回 「Sony listens.」とプロが称賛、ソニー「感動」のマーケティング戦略
■第3回 10年間で売上が約8倍、高収益企業スノーピークの「超上澄み価格設定」とは?(本稿)
第4回 圧倒的な付加価値を創出、日東電工の「三新活動」「ニッチトップ戦略」とは?

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