できることなら手間や時間をかけずに、質の高いアイデアを手に入れたいものだ。だが、世界の名だたる成功企業においては、イノベーションを生み出すために、あえてアイデアの質よりも重視している要素があるという。一体何なのか。
 本連載では、デザイン思考のパイオニアであるスタンフォード大学d.schoolで、シリコンバレーの起業家やフォーチュン500企業の経営者らを指導してきた教授が、創造性を刺激し、無数のアイデアを生み出し、イノベーションを促す真髄を余すところなく解き明かす。第4回は、イギリスの家電大手ダイソンほか、成功企業がアイデアを生み出す際に共通する独特のパターンと、止めどなくアイデアをあふれ出させるテクニックを解説する。

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(*)当連載は『スタンフォードの人気教授が教える 「使える」アイデアを「無限に」生み出す方法』(ジェレミーアトリーペリー・クレバーン著、小金 輝彦訳/KADOKAWA)から一部を抜粋・再編集したものです。

<連載ラインアップ>
第1回 パタゴニアが冒した大失敗、企業にとってなぜアイデアが死活問題なのか?
第2回 アマゾンを成功に導いたのは、運でも才能でもなく「アイデアフロー」
第3回 スタンフォードd.school教授が辿り着いた、究極のアイデア発想法とは
■第4回 ダイソンやエーザイなどの優れたアイデアを持つ企業に共通する黄金比とは?(本稿)


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アイデア比率 「2000対1」の法則

 一般的な意見に反し、成功を収めた創造者は、すばらしいアイデアを思いついた人ばかりではない。最も優秀な人が考えたどんなアイデアも、その部屋にいる誰かほかの人が考えたアイデアと、実現性や興味深さの点でさほど変わらないことが多い。心理学教授のディーンキースサイモントンが提唱した「イコール・オッズ(同率)の法則」は、誰かの創造的な成功の数は、創造物の総数と相関すると述べている(5)。

5 Dean Keith Simonton, “Creative Productivity: A Predictive and Explanatory Model of Career Trajectories and Landmarks,” Psychological Review 104, no. 1 (1997): 66–89

 交響曲が多く作曲されるほど、偉大な交響曲が多く生まれる。数学的定理の数が増えるほど、画期的な定理が増える。イコール・オッズの法則は、驚くほど幅広い分野にあてはまる。

 サイモントンの研究や私たちの経験において、勝者を際立たせているのは「量」だ。世界に通用する創造者は、平均よりも多くの可能性を定期的に生み出している。よりよい結果を望むなら、それを達成するために、あなたのイノベーションの漏斗(ファネル)を大量のアイデアで満たさなければならない。同じくらい重要なのは、できるだけ幅広い可能性を網羅するようにアイデアを収集することだ。

 では、どれだけあれば「十分」なのか? すぐれたアイデアに行きつくには、実際にいくつのアイデアが必要なのだろうか? 私たちの経験では、答えは約2000だ。そう、2にゼロが3つ、つまり2000対1の割合だ。私たちはこれを「アイデア比率」と呼んでいる。

 誤解しないでほしい。私たちは、部屋に入ってその場で2000のアイデアを考えなさいといっているわけではない。創造性は反復的なものだ。2000対1の比率で解決策が生まれるというのは、イノベーションのパイプラインに沿った、すべての組み合わせやバリエーションや改良版を数に入れての話だ。

 アイデア比率は、私たちの同僚であるボブ・サットンの功績といえる。ボブが最初にそのエビデンスを目にしたのは、デザインコンサルタント会社のIDEO(アイデオ)での仕事においてだった。ある玩具メーカーと一緒に働いてみて、この会社の開発者たちが4000もの製品のアイデアを検討したうえで、200の試作モデルに到達したことを知ったのだ(6)。

6 Robert I. Sutton, Weird Ideas That Work: 11½ Practices for Promoting, Managing, and Sustaining Innovation, illustrated ed. (New York: Free Press, 2002). (邦題は『なぜ、この人は次々と「いいアイデア」が出せるのか―〝儲け〞を生み出す12の〝アイデア工場〞!』ロバート・サットン著、三笠書房、2002年)

 当然ながら、そのうち商品化されたのは1ダースかそこらで、まともに成功したのは2つか3つだった。そして、ひとたびこのパターンに気がつくと、創造者が着実に大きな成功を収めているところでは、必ずそれが目につくようになったのだ。

 これらの数字を半分にして、覚えやすいように丸めると、次のようになる。成功する製品を1つ生み出すには、2000のアイデアから100の試作品をつくる。そしてその100の試作品が5つの製品になる。その5つの製品のうち、1つが成功する。しかし、この2000対100対5対1の比率の意味を正確に把握するには、玩具あるいは製品一般についての話だという事実を忘れるべきだ。あらゆる種類の創造者たちと仕事をしてみてわかったのは、この比率が例外なくあてはまるということだ。

 アイデア比率は、成功したイノベーションに関するケーススタディに、何度も繰り返し登場する。たとえば、タコベルのインサイト・ラボは、カテゴリーの枠を取り払ったドリトス・ロコス・タコスを開発した際に、30かそこらの核となるレシピから、「膨大な数のバリエーション」をつくり出した(7)。

7 J. Bennett, “Behind the Scenes in Taco Bell’s Insane Food Development Lab,” Thrillist, March 2, 2017

 そして、その1つ1つを試食する必要があった。製品開発マネジャースティーブゴメスは、革新的な製品にたどりつくまでに、いったいいくつのタコスを食べなくてはならなかったのだろうか?

「数千シェル(訳注/タコスの単位)というと、おそらく誇張していると思われるでしょうね」と、ゴメスはジャーナリストに語った。タコベルは、そのアイデアフローによって、ファストフード界におけるイノベーションの巨人として広く知られている。「私は1カ月に50個のコンセプトのアイデアを書いています」と、シニア・マーケティング・マネジャーのカット・ガルシアはいった(ガルシアは、大人気となったダブル・デッカー・タコを開発した人物だ)。「私たちは年間に300から500のアイデアの青写真を描いています。そこから絞り込んでいって、実際に市場に出すのはおそらく20か30です。その過程で、多くのアイデアが捨てられることになります」

 これほどのアイデアが、どうしたら生まれるというのか? それは、プロセスだ。アップルやピクサーやタコベルのような企業が、非常に優秀な社員の出入りがあっても堅実でいられるのは、頑強なイノベーション・プロセスをもっているからだ。その一方で、ほかの企業は、優秀な人材を雇用しつなぎとめるための投資をしていても、定期的な成功を収めるのに苦労している(クイビを覚えているだろうか?)。経験に裏打ちされた直感は、すばらしい成果を上げることがあるが、それは不安定で頼りにはならない。プロセスは、アイデアフローを可能にするだけでなく、持続可能なものにする。

 適切なプロセスのためには、判断を交えずにできるだけ多くの可能性を思いつくだけでなく、それを選別し検証するパイプラインを通して育てていくことが必要だ。それについては次章で説明する。重要なのはアイデアの「動き」だ。私たちに必要なのはアイデアフローであって、アイデアの池ではない。さらに多くの可能性を思いつく実験から学んだことを活かし、生のアイデアが具体的なデータと交わることで、会議室に1人でこもっていては絶対に得られなかった洞察が生まれる。この手法に系統的に従えば、ひと通り終えるまでには、2000のバリエーションに難なく到達するだろう。

 2000という数字には、何か特別な意味があるのだろうか? 必ずしもそうではない。産業によっては数がもっと大きくなる。日本の製薬会社エーザイで働く私たちの友人ウォルフガング・エベルによると、ソリューション・ファネルの最上部では、候補となる化合物の数が1万から2万に及ぶという。発明家であり起業家でもあるサー・ジェームズ・ダイソンによると、彼の名を冠した紙パック不要の掃除機をつくり出すのに5127の「試作機」が必要だった(それだけ多くの試作機を製作するのに、どれだけ多くのアイデアが投入されたかは、想像するのも恐ろしい)(8)。そのほかの分野では、アイデアと好ましい成果の適切な比率は、わずか500〜1000対1だ。

Madison Malone-Kircher, “James Dyson on the 5,126 Vacuums That Didn’t Work and the One That Finally Did,” The Vindicated (blog), November 26, 2016

 適切な値は、2でも10でも20でもない。よいアイデアを思いつく秘訣は、さらに多くのアイデアを思いつくことだ。実践と実験によって、あなたの置かれた状況で最善のアイデア比率に行きつくはずだ。そのあいだに、普段よりも時間をかけてアイデアを生むことから始めるといい。そうしたアイデアを試して確認するうちに、どんなアイデアも出発点であり火花にすぎないことが、すぐにわかってくるだろう。完全に実現可能に思えるアイデアが、現実の世界では見事に失敗することがある。ほかのアイデアは、著しく実現不可能で愚かにさえ思える。その後そうしたアイデアを試してみると、わずかな調整を加えるだけでうまくいくとわかることがある。

 繰り返すことに価値がある。量を急増させるには、質中心の期待を緩めることが必要だ。アイデア・ノルマから学んだように、たくさんのアイデアを生み出すには、判断を加えない領域が求められる。あらゆる新しいアイデアの価値の大部分は、それがさらにほかのアイデアを引き出すことにあるのがわかってくるだろう。覚えているだろうか。私たちの目的は、創造的な核分裂を起こすことだ。

 アン・ラモットは、著書『ひとつずつ、ひとつずつ――書くことで人は癒される』(パンローリング、2013年)のなかで、作家に対して、最初の試みは悲惨なものになりがちだということを受け入れるよう勧めている。お粗末な第1稿は、作家が「よい第2稿」や「とてもよい第3稿」にたどりつくためのものなのだ。これはごく自然なことだ。新人作家が書けなくなってしまうのは、ただちにいいものを書こうとするからだ。

 また、繰り返しが必要なのは、芸術に限った話ではない。トーマス・エジソンは、最終的な製品に到達する前に、多くのアイデアをひねり出したことで知られている。「私は失敗したことがない。失敗する方法を1万通り見つけただけだ」と口にしたといわれることが多い。しかしエジソンが実際にいった言葉は、わずかに――だが明らかに――違っていた。彼は、新しいバッテリーの開発に何カ月も取り組んでいた。ある友人は、エジソンが大量の失敗作の破片に囲まれているのを目にしてこういった。

「あれだけ膨大な量の仕事をして、何の成果もないなんて残念ではないのか?(9)」。

9 Frank Lewis Dyer and Thomas Commerford Martin, Edison: His Life and Inventions (original pub: New York: Harper & Brothers, 1910; Frankfurt: Outlook, 2019), 368.

 エジソンの答えは「成果だって! おい、成果ならたくさんあったよ! うまくいかないことが数千もわかったのだから」。エジソンは、失敗した試みを「成果」と表現した。何千ものアイデアにたどりつくには粘り強さが求められるが、エジソンは堅固な規律よりも、遊び心や楽しむ感覚でそれをやり遂げた。可能性を生み出して試してみるのが好きだったのだ。アイデアがうまくいかないたびに、作業台に頭を打ちつけるような思いをしながら、解決を目指して努力を続けたわけではなかった。商業的に成功する製品がこれほど多く生まれたのは、このマインドセットのおかげだった。エジソンは繰り返しを、失敗ではなく勝利に向けた前進と解釈したのだ。

なぜ人は、あまりにも早くやめてしまうのか 3つの障害

 私たちの経験では、典型的なブレインストーミング・セッションは、せいぜい一握りのアイデアしか生み出さない。実現可能な選択肢が少しでも出てくると、検討を続けようという意欲がすぐに衰えはじめる。気づかぬうちに、議論の的はアイデアの遂行へと移っている。1分ほど誰もが思いついたことを口にし、そのあとは予算の策定と作業の割り当てに取り組んでいる。

 さもなければ、賢明で地位のあるリーダーが、たとえ野心的で大規模なプロジェクトにおいても、このほんのわずかな量のアイデア創造で十分だと考える。彼らの考えでは、1時間をかけて8つか9つの可能性を考え出せば、60分を有益に使ったことになるのだ。

 主要銀行のあるチームは、私たちにこう尋ねた。「これらの6つの新しいベンチャーのうち、どれを取締役会に提示すべきでしょうか?」。6つ! これらのベンチャーはそれぞれ、大規模なチームによる数カ月に及ぶ努力と、7桁ドルの金額の投資を必要とするものだ。あと数分でも検討を続けていたら、7つ目のアイデアとしてどんなものが出てきたか考えてみるといい。彼らはそれをせずに、アイデアが6つ出たところで自信たっぷりに切り上げたのだ。

 とはいえ、もし適切な検討対象の数が6ではなく、600以上だったとしたら、人が必要だと思っているものと、世界で通用する成果を上げるのに必要なアウトプット数とのギャップを、どうやって埋めたらいいのだろうか?

 使える時間をすべて使い切るのも1つの手だ。私たちはスタンフォードでの研究において、プロのクリエイターでも、割り当てられた時間が終わる前にアイデアを考え出すのをやめてしまう傾向があることに気がついた。多くの場合、人はいいアイデアが出てくると、その時点でそれにとらわれてしまい、部屋のなかの活力が変化する。そのグループは残りの時間を効果的に使って、彼らが選んだアイデアがいいアイデアであることを確認する。いいアイデアを思いついて、本当によかった!

 8つの可能性を思いついたあとで、アイデアその4が出てくる前からお気に入りだったアイデアその3に立ち戻るようなやり方では、会社を救うような戦略や、時代を特徴づけるような製品は生まれないだろう。だが、厳密なブレインストーミングのプロセスがないと、こうしたことがしょっちゅう起こる。この場合、いくつかの要因が働いている。

プレッシャー
 あなたの問題がすぐに解決すべき本当の緊急事態ではないとしても、グループが費やす時間はすべてかなりの投資となる。量と質の相関関係がわかっていない人たちは、最初のよいアイデアを超えることに固執するのは完璧主義だとみなす可能性がある。時間の無駄だ。そういう人たちは、大多数が合意を形成しようとしているときに誰か1人がいつまでも新しいアイデアを出し続けているといらだちを感じるようになる。もし同僚の意見を尊重する気があるなら、十分によいアイデアが提案されたら口をつぐむことを学ぶべきだ、と。

 妥当な選択肢があると、どうすればいいかわからない迷子状態の不安が軽減され、全員がリラックスできる。そして、さらなる可能性が適当に提案されることもあるが、会議が続くにつれて、その初期のアイデアに明らかに傾いていく。収束への衝動とでも呼ぶべき傾向だ。

・クリエイティブ・クリフ(創造性の崖)
 ここで働いているもう1つの認知バイアスは「クリエイティブ・クリフイリュージョン」という、心理学教授のブライアンルーカスとローラン・ノルドグレンが明らかにした現象だ(10)。

10 Brian J. Lucas and Loran F. Nordgren, “The Creative Cliff Illusion,” Proceedings of the National Academy of Sciences 117, no. 33 (August 18, 2020): 19830–36

 ルーカスノルドグレンは研究において、ブレインストーミングの参加者は、アイデアを思いつくと自分たちの創造性が「消耗する」と感じていることを発見した。しかし、忍耐や意志力のような時間の経過とともに激減することがあるほかの認知資源とは違って、創造性は使っても安定していたり増加したりする。

 クリエイティブ・クリフイリュージョンが原因で、人はできるだけ長くアイデアを出し続けようとはしない。実際には、最も興味深いと思えるアイデアにたどりつくなり、考えるのをやめてしまう。考えるのをやめさせようとする心のなかの指示を無視したあとに出てきたアイデアこそ、最高のアイデアとなる傾向があるというのに。

 これは才能の問題ではない。期待の問題だ。ルーカスノルドグレンは、創造性に関する人の考え方――たとえば、(誤って)最高のアイデアが最初に出てくると信じていなかったかどうか――が、その人が創造的な作業を続けた時間と相関関係があることを発見した。つまり、クリエイティブ・クリフイリュージョンを理解すれば、それを払拭できるのだ。

 だが、こうしたバイアスはしぶといので、プロセスを伴わない知識では対抗するのに不十分だ。トレーナーがあなたが認識している身体的限界を超える手助けをしてくれるように、創造的なプロセスは、クリエイティブ・クリフを超えるのに手を貸してくれる。

 これからわかってくるように、心に浮かんだ明白な提案をすべて出しきったあとで、ようやく最高のアイデアが浮かんでくる。最も予想外で、奇抜な、前例のないアイデアはすべて、想像上の断崖の向こうで待っているのだ。

・アンカリング・バイアス
 アイデアの流れを制限する3つ目の要因は、アンカリング・バイアスだ。これは、エイモス・トヴェルスキーとダニエル・カーネマンという、行動経済学の主要な2人の創始者が最初に提唱したものだ(11)。

11 Amos Tversky and Daniel Kahneman, “Judgment under Uncertainty: Heuristics and Biases,” Science 185, no. 4157 (1974): 1124–31

 人は決定を下すとき、最初の基準点であるアンカーに固執する傾向がある。たとえば、あるグループに物体の大きさを推定するよう指示すると、最初の推定値がまったくの的外れであっても、その後の推定は最初の値の近くに集まってくる。最初の数値が中心となり、ほかの参加者にとって抜け出すのが認知的に難しいイベント・ホライゾン(事象の地平面)となるのだ。さらに悪いのは、誰もがアンカリング・バイアスについて知っていても、推測パターンにこの影響が見られることだ。

 アンカリング・バイアスは強力かつ巧妙で、創造的な問題解決に重要な役割を果たす。ブレインストーミング・セッションで最初に出てくるいくつかの提案は、あとから出てくる提案を必然的に誘導することになる(12)。

12 Justin Berg, “The Primal Mark: How the Beginning Shapes the End in the Development of Creative Ideas,Organizational Behavior and Human Decision Processes 125 (September 2014): 1–17

 経験豊富なクリエーターでも、アンカリングの餌食となり、知らず知らずのうちにすべての提案を初期の提案との関連で位置づけるようになり、開発プロセスがあらゆる可能性を網羅する方向に発展しなくなる。最初にアンカーが形成されるのを、系統立てて防ぐプロセスが必要なのはそのためだ。

アインシュテルング効果
 あなたが十分長くプレッシャーに耐えることで、クリエイティブ・クリフやアンカリング・バイアスを乗り越えられるとしても、克服すべき障害が最後にまだ1つ残っている。

 何十年にもわたり心理学者たちが着目してきたアインシュテルング効果だ。これは、1つの解決策がほかの解決策に目を向けるのを妨げるときに起こる。問題解決のために1つの方向性を検討しているだけで、ほかのさまざまな選択肢が見えなくなることがある。言葉探しゲームをやっているとき、すでに見つけた言葉が何度も繰り返し目につくことに気づいたことがある人なら、このバイアスの威力がわかるはずだ。脳がひとたび迷路を抜けるルートを目にしてしまうと、それを見なかったことにして別のルートを検討するのは非常に難しい。

 メリム・ビラリッチとピーターマクラウドは、アイトラッキング・カメラを使い、チェスプレイヤーに関する新しい研究でこれを実証した(13)

13 Merim Bilalić, Peter McLeod, and Fernand Gobet, “Why Good Thoughts Block Better Ones: The Mechanism of the Pernicious Einstellung (Set) Effect,” Cognition 108, no. 3 (September 2008): 652–61

 プレイヤーたちが、チェスの問題を解くのにチェス盤全体に目を配っているといくら主張しても、彼らの目の動きは同じパターンをたどっていた。それは、かつて似たような問題を解決したときと同じものだった。以前の解決への取り組み方は、今回の新しい問題には効果がなかったが、彼らはそこから抜け出すことができなかったのだ。これらのプレーヤーたちは、自分たちが同じことを繰り返しているのにまったく気がついていなかった。

 アインシュテルング効果は、なぜ単独でのアイデア創造がうまく機能しないのか、その理由を明らかにしている。あらゆる可能性をくまなく探るためには、ほかの人の力を借りて、気づかぬうちにはまってしまっている同じパターンから抜け出す必要がある。

<連載ラインアップ>
第1回 パタゴニアが冒した大失敗、企業にとってなぜアイデアが死活問題なのか?
第2回 アマゾンを成功に導いたのは、運でも才能でもなく「アイデアフロー」
第3回 スタンフォードd.school教授が辿り着いた、究極のアイデア発想法とは
■第4回 ダイソンやエーザイなどの優れたアイデアを持つ企業に共通する黄金比とは?(本稿)


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