シェイクスピアの作品の中でも“ダークコメディ”、“問題劇”と称される『尺には尺を』と『終わりよければすべてよし』の2作品を同一キャストで交互上演するという新たな試みが新国立劇場にて行われる。2009年から2020年まで同劇場で上演されてきたシェイクスピアの歴史劇シリーズのチームが再結集して行われるこちらの公演。両作品で中心的な役割を担う岡本健一に話を聞いた。

『尺には尺を』『終わりよければすべてよし』メインビジュアル

インタビューの数日前には、この交互上演の制作発表会見が行われたが、岡本をはじめ、多くのキャスト陣が語っていたのが、歴史劇シリーズのチームが再び結集することへの喜びだった。『ヘンリー六世』(2009年)から『リチャード二世』(2020年)まで足かけ12年にわたる同じチームでのシェイクスピアの歴史劇への参加は、岡本にとってどのような経験であり、何をもたらしたのか?

「一番大きかったのは、おそらく多くの人が抱いているような、“難解”とか“崇高”といったシェイクスピアという作家のイメージが覆されたことですね。このカンパニーの俳優が演じることで、シェイクスピアをより身近に感じることができましたし、自分で演じることで初めて腑に落ちることも多かったです。歴史劇だと特に王様や権力者といった国を動かす人が主体ですが、いかに彼らが人間臭いか? 『え? こんなことで戦争になるの?』『こんなことで全てを手放してしまうの?』ということがたくさんあって、言葉の持つ力を感じました」

今回の2作は、歴史劇とはまた違った市井の人々の感情や男女の機微といった部分が描かれている。

「特にこの2作は、他のシェイクスピア作品と大きく異なる部分として、女性が軸を担い、主体となって物語が動いていくので、その部分の面白さを感じます。特に婚前交渉や処女性――つまり“純潔さ”みたいな部分がテーマとして描かれているんですよね。それこそ日本でもかつては、恋愛結婚なんてほとんどなくて、女性は家が決めた相手に嫁ぐものだという時代が長かったけど、そうした価値観をベースにした物語をいまの若い観客が見たら、どう感じるのか? 楽しみですね」。

『尺には尺を』で演じるアンジェロは、外遊に出ることになった公爵より、謹厳実直な性格を買われて、彼の不在中の街の統治を任される男という役どころ。アンジェロは早速、婚姻前に恋人と関係を持ち、妊娠させたクローディオに対し、法に従い死刑を言い渡す。しかし、助命嘆願に現れたクローディオの妹・イザベラの美しさに心奪われたアンジェロは理性を失い、自分に体を許せば兄の命を助けると提案するのだが...…。先の会見で岡本は「政治家の方たちにぜひ劇場に足を運んでほしい」と訴えていた。

アンジェロが出ていないところで周りの人々がアンジェロについて語っている言葉を聴くと、実直で冷酷で、規律を守るということに揺るぎない信念を持った男だという部分が見えてくるんですけど、そんな男の価値観が、ひとりの魅力的な女性と出会うことで崩れてしまう。ただ、そこに何とか正当性を持たせようとあれこれ画策していくところが面白いなと思います。そもそも、こういう男が公爵代理として権力を持つということ自体、普通じゃないと思うし、彼に(統治を)頼む公爵もどう考えてもおかしいですよね(笑)。そういう部分も含めて、現代の政治や社会と重なる部分もあると思います。総理大臣にせよ、どこかの大統領にせよ、彼らの言葉は本当に彼ら自身の中から発せられた言葉なのか? それとも、周りによってつくられた言葉なのか? いずれにせよ、その言葉で人々が動かされていくんですよね」

生の言葉を浴びるのを楽しんで

同時期に執筆されたと言われるこの2作はもともと喜劇に分類されていたが、果たしてそこで描かれる結末は純粋にハッピーエンドと言えるのか? といった議論や様々な解釈を経て、ダークコメディ、問題劇と言われるようになったという。

「それこそ“終わりよければすべてよし”という言葉も、じゃあどうしたら、終わりがよくなるのかっていうのが見えないですよね(笑)。結局、それは言葉だけのものに過ぎなくて、現実には“終わりよければすべてよし”という結末に行き着かないからこそ、人間は常にそう思い続け、この言葉を使うのかなという気がしています。同時に、この言葉を生み出したシェイクスピアのすごさを改めて感じますね」。

岡本と共に両作で中心的な役割を担うのは浦井健治、中嶋朋子、ソニンら、歴史劇シリーズをはじめ、これまで幾度も共演を果たしてきた面々。彼らをはじめ、カンパニーへの信頼は揺るがない。

「私生活で会うこともほとんどないので、歴史劇で12年も一緒にやってきたといっても、一緒に過ごしている時間は数か月ですよね。稽古場でも私語なんてほぼないし、普段、どんな人間で、何を考えているかなんて、お互いにどうでもいいんです。舞台の上で、シェイクスピアの言葉を借りて会話をする、ただそれだけです。でも、そんな舞台上だけの作りものの世界で、いろんな感情が生まれてきて気持ちが動かされるし、そこに真実とか本心が見えてくる――みんな、その力を持っている俳優達なんですよね」

8月に開催された制作発表会見より。演出の鵜山 仁をはじめ、岡本健一、浦井健治、中嶋朋子、ソニンら総勢20名が出席した 撮影:阿部章仁

与えられた役柄の人生を身にまとい、借り物の言葉を発する――その舞台上で、岡本は他のどの場所よりも「自由」を感じるという。それこそが、岡本が舞台に立ち続ける理由である。

「自分とは全く違う人間になって、違う国、違う時代の物語に飛び込むと、そこで自分の目を通して見えてくる世界って全く未知のものだし、相手役とのやり取りで、全く未知の感情がわき上がってくるんですね。何より舞台の上って一番自由な空間なんです。それが面白いですね」

インタビューを通して、岡本が何度も口にしたのが“言葉”の大切さ――読み物として目で追いかける言葉ではなく、役者の存在を通して、“声“として発せられる言葉の面白さである。

「僕自身、シェイクスピアの戯曲を読んでも正直、何が面白いのか全然わかんないし、面白さを感じないですよ。シェイクスピアの作品は“読み物”ではなく、あくまでも生身の俳優がお客さんの前で演じるところに面白さがあるものなんだと思います。いまの時代、生身の人間の肉声を聴くということ自体、あまりない経験になっているかもしれませんが、そういう意味でもぜひ生の言葉を浴びるのを楽しんでいただきたいです」

取材・文:黒豆直樹 撮影(岡本健一ソロカット):石阪大輔

<公演情報>
新国立劇場 2023/2024シーズン 演劇
シェイクスピア、ダークコメディ交互上演
『尺には尺を』『終わりよければすべてよし』

作:ウィリアム・シェイクスピア
翻訳小田島雄志
演出:鵜山 仁
キャスト:
岡本健一 浦井健治 中嶋朋子 ソニン
立川三貴 吉村 直 木下浩之 那須佐代子 勝部演之
小長谷勝彦 下総源太朗 藤木久美子 川辺邦弘
亀田佳明 永田江里 内藤裕志 須藤瑞己 福士永大 宮津侑生

2023年10月18日(水)~11月19日(日)
会場:東京・新国立劇場 中劇場

★11/4(土)は2作品を1日通しで楽しめる、ぴあスペシャルデー(ぴあ貸切公演)を開催!

チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2344787&afid=851

公式サイト
https://www.nntt.jac.go.jp/play/shakespeare-dark-comedy/

岡本健一