各国の軍隊を悩ませるのが、高性能・高価格な訓練用シミュレーターの更新問題です。その解決策のひとつになりそうなのが、VRゴーグルを活用した市販のフライトシミュレーター。どれだけスゴいのか取材してきました。

民生品を軍が逆採用 市販ゲームで実機パイロットが訓練

2023年9月21日(木)から幕張メッセで開催されている「東京ゲームショウ2023」では、いわゆる「フライトシミュレーター」も出展されています。飛行機の操縦をバーチャルで楽しめるフライトシミュレーターは、家庭用ゲーム機で遊べる気軽なものから、デスクトップパソコン(PC)を使う比較的レベルの高いものまで多々ありますが、近年は「ゲーム」と「プロの訓練用」の境がほとんどなくなっており、プロからも注目を集めています。

もともとフライトシミュレーターは本物のパイロットが実機の訓練を行うために作られたものでした。操縦装置や飛行を再現した機器を使うことで、地上において安全で安く訓練を行うことができたのです。

そのような訓練用フライトシミュレーターは、実機と同じコックピットを再現した筐体(きょうたい)に、コックピット目線からの全視界を再現するドーム型のプロジェクターなどで構成されており、大きいものになればその規模は建物ひとつを占有するほどになります。

マニアからすれば一度は体験してみたい夢のような操縦環境……と思うかもしれませんが、最近で世界の空軍も、このような本格的な設備ではなく、よりコンパクトな民生品ベースのフライトシミュレーターを使うケースが増えています。

その理由は一体なんなのか。フランス空軍のケースで見てみましょう。

機体と同様に老朽化する訓練システム 更新どうしよう?

フランス空軍は、かつて運用していたミラージュ2000戦闘機の訓練用シミュレーターを、一般販売されているEagle Dynamics社の「DCS World」というソフトをベースにして開発したことがあります。

もともとは、フランス空軍もミラージュ2000Cの専用フライトシミュレーターを用意し、それを使って教育訓練していました。しかし、これら機材は実機のミラージュ2000Cを運用し始めた1980年代前半から使われていたため、かなり年季が入っており、運用末期の頃には十分な訓練をパイロットたちに提供することができなくなっていたそうです。

しかも、専用フライトシミュレーターは、その古さゆえに新たに追加購入することもできず、パーツ自体の入手も困難なため運用中のシミュレーター機材を使い続けられるかも不透明でした。

航空機では老朽化による稼働率の低下がたびたび問題になりますが、同じことはその周辺の機材でも起こります。前出のミラージュ2000C用フライトシミュレーターも同様だったといえるでしょう。そこでフランス空軍は、民生品を使って代わりとなる新たなフライトシミュレーターを入手しようと考えたのです。

このフライトシミュレーターのプログラムを開発したのは、RAZBAM Simulations(ラズバム シュミレーションズ)という会社です。ここは、もともと「DCS World」でミラージュ2000Cのプログラムを作っていました。このソフトは一般向けゲームとして1本59.99USドル(日本円で8000円前後)で販売されており、それ自体は今でも誰もが自由に買えるものでした。

しかし、その美しいグラフィックや高いクオリティーフランス空軍が着目、このプログラムをベースにして、欧州企業とともに新しい訓練用機材を開発したのです。

フランス空軍のミラージュ2000Cの運用は2022年に終了していますが、その末期の運用を民生品ベースのフライトシミュレーターが支えていた、という側面があったのです。

新技術の採用でシミュレーターは高画質・コンパクト化へ

その後、RAZBAM Simulationsはフランス空軍での実績が評価されたことで、一般向けタイトルの制作を進めながら、実際の軍での訓練目的にしたフライトシミュレーターの開発にも関わり続けています。

最近では、チェコのVrgineers(ブイアールジニアーズ)社と協力して、F-15Eストライクイーグル戦闘機の訓練用フライトシミュレーターを開発しています。

このシミュレーターの特徴は、映像出力を従来型のドーム型のプロジェクターではなく、最新のVR技術を用いた8K解像度超高画質ヘッド・マウントディスプレイHMD)で再現している点です。

HMDを採用したことで、シミュレーター機器を小さく低コストにするだけでなく、装着した映像は操縦者の頭の動きに合わせることが可能になり、これによりシミュレーター内の視点移動まで再現できるようになった点が特徴です。これにより、コンピューターグラフィックスで再現されたコックピットで、実際に座って操縦しているような疑似体験ができるそうです。

VRゴーグルの採用で、また一段とリアル度が増したフライトシミュレーター。冒頭に記したように「東京ゲームショウ2023」では、RAZBAM Simulationsの日本法人であるRAZBAM JAPANがブースを出展しています。同社の一般販売用タイトルの「DCS:F-15E」とVrgineersの訓練シミュレーターを組み合わせた機器を展示するそうなので、プロレベルのフライトシミュレーター環境を試してみたいのであれば、会場に足を運んでみてもよいかもしれません。

「DCS World」で提供されているミラージュ2000Cのフライトシミュレーター。実写のような美しいグラフィックスが話題となっている(RAZBAM Simulations提供)。