2022年9月に、保育施設に通う園児がバスに長時間置き去りにされ、熱中症で死亡する事件が起きました。通園する保育施設の管理体制のあり方によってはこのような事件が発生する可能性があるということです。親の立場として、未然に防ぐために何ができるでしょうか。自身も1児の母であり、出産・子育てに関わる法律問題に詳しい弁護士・高橋麻理氏の著書『子育て六法』(日東書院本社)より一部抜粋してご紹介します。

子どもが園児バスに置き去りにされる事故…防ぐには

過去に、園児バスに子どもが置き去りにされたことによる痛ましい事件が起きており、保育施設の元園長らに業務上過失致死罪による有罪判決が言い渡されました。親の立場として、子どもがこのような事件の被害者になることはなんとしても避けたいものです。

二度と同じことを起こさないために、法令上、保育施設には確実な対策が求められています。「児童福祉施設の設備及び運営に関する基準」が改正され、2023年4月から、対象となる施設には送迎バスについて以下のことが義務付けられました。

・児童の乗降車の際に、点呼など確実な方法により児童の所在を確認すること

・児童の見落としを防止するブザーなどの装置を車内に備えて降車時の児童の所在確認を行うこと

また、国は緊急対策として、「こどものバス送迎・安全徹底マニュアル」を公表しました。この中では、バスの運転席に設置し、見落としがないかの確認をするためのチェックシート例、保育施設の体制確認のためのチェックリスト、送迎業務モデル例などが掲載されていて、実用的かつ具体的な方法がわかりやすく示されています。

親の立場でとれる自衛手段としては、「児童福祉施設の設備及び運営に関する基準」の改正点や「こどものバス送迎・安全徹底マニュアル」を踏まえ、保育施設がどのような対策を講じているのかを具体的に確認してみるのがよいと思います。

もし保育施設からはっきりした回答がなく、具体的な対策をとる様子もなければ、市区町村の役所の窓口(「こども家庭支援課」「不適切保育に関する専用相談窓口」など名称は自治体により様々です)や都道府県の福祉サービス運営適正化委員会などの相談先に相談を持ち掛けてみるのがよいかもしれません。

考えたくないことですが、万が一、子どもが園児バスに置き去りにされる事件が起きてしまった場合、保育施設の法的責任としては、一般的に以下の3つが考えられます。

(1)民事上の責任(損害賠償責任等)

(2)刑事上の責任(業務上過失致死傷罪等)

(3)行政上の責任(市区町村からの改善勧告等)

なぜ保育施設に「(1)民事上の責任(損害賠償責任等)」が生じ得るかというと、保育施設は保護者との間で、保育料を対価として子どもを預かるという契約を結んでおり、子どもを預かっている間、子どもが安全な環境で過ごすことができるという契約内容に反するといえるからです。具体的にどの点が問題になるかは事実関係によるので、弁護士等に相談することになります。

「園児バス」の事故で子どもがけがを負った場合の法的措置

園児バスについては、子どもを送迎中に交通事故に遭い、子どもがけがを負うことが起こり得ます。もし、そのようなことになった場合、治療費を請求するにはどうすればよいのでしょうか。また、運転手の解雇を求めることはできるでしょうか。

治療費は誰にどうやって請求するか

まず、治療費の請求です。子どもがけがを負った場合、民法709条に基づきその治療費を請求できます。仮に入院しなければならなくなったら入院費、事故やけがによる精神的苦痛に関する慰謝料、保護者が通院に付き添うために仕事を休まざるを得なかったとしたら、その休業に関する損害分なども請求を検討したいところです。

請求先は、事故の原因によります。バスの運転手に100%の過失があるなら請求先はバスの運転手です。バスと衝突した相手方の車両の運転手に100%の過失があるなら請求先は相手車両の運転手です。いずれにもそれぞれ過失があるなら両方に対して請求することができます。

また、バスの運転手を雇っている保育施設、その他会社に対し、使用者として損害賠償請求をすることも考えられます(民法715条)。

請求先が複数になり得る場合、それぞれに対し、全額を請求することができます(民法719条)。ただし、トータルで請求できる額はあくまでも実際の損害額です。たとえば損害額が100万円だとしたら、トータルで請求できる金額は100万円です。したがって、通常は、いずれか資力がたしかな方に全額請求することが多いようです。

なお、実際には、バスの車両は自動車保険に加入していることが多いので、運転手本人ではなく、損害保険会社の担当者とやりとりをすることが多いでしょう。

保育施設に対し、バス運転手の解雇を請求できるか

バス運転手を解雇させられるかという点については、被害者側が法的に解雇を強制できるわけではありません。なぜなら、雇用契約はあくまでもバス運転手と保育施設等との間で締結されたものだからです。バス運転手を雇う立場の保育施設等が、その運転手に解雇事由となるような行為が認められたかを検討し、対応することになると考えられます。

保護者の立場からすると、事故の原因によっては、今後も同じ運転手が送迎をすることに不安を抱くこともあると思います。もし、それ以前からも運転に不安な要素があったなどの事情があれば、そのような点も合わせ、できれば他の保護者にも協力を求めて、不安な気持ちを保育施設側に伝え、対応を検討してもらうのがよいでしょう。

高橋 麻理

弁護士法人Authense法律事務所

弁護士

(※写真はイメージです/PIXTA)