老人ホームの入居金、本人以外が負担すると贈与税はかかるのでしょうか? 本記事では、老人ホームの「入居一時金」と「みなし贈与」に関する事例について、税理士の伊藤俊一氏による著書『税務署を納得させるエビデンス 決定的証拠の集め方』シリーズ(ぎょうせい)より、同氏が解説します。

老人ホームの「入居一時金」と「みなし贈与」

Q

老人ホーム入居一時金とみなし贈与に係る判断とエビデンスについて教えてください。

過去の裁決・裁判例ではいくつか参照になる事例があります。老人ホームの入居金に関しては、被相続人の状況、老人ホームの環境、金額、返還金の有無などを契約書や相続人へのヒアリングにより、確認した上で当局調査対応の疎明資料の事前準備が必要です。

【解説】

相続税法21条の3第1項2号において、「扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの」は贈与税の課税価格に算入しないこととされています。

老人ホームの入居金に関しては、被相続人の状況、老人ホームの環境、金額、返還金の有無などを契約書や相続人へのヒアリングにより、確認した上で当局調査対応のエビデンスの事前準備が必要です。

老人ホーム入居者が死亡してできた解約金は「贈与」にあたる?

【贈与財産の範囲/老人ホームに係る入居一時金の返還金請求権】 有料老人ホームの入居契約に基づき返還金受取人(審査請求人)が取得した入居一時金に係る返還金請求権に相当する金額の経済的利益は、相続税法第9条でいう「みなし贈与」により取得したものとした事例 平成25年2月12日裁決 TAINSコードF0-3-354

〔事案の概要〕

入居契約のみをもって、被相続人と請求人との間に入居一時金に係る返還金の返還を請求する権利を贈与する旨の死因贈与契約が成立していたと認めることはできないし、その他当審判所の調査の結果によっても、相続開始時より前に、当該当事者間でその旨の死因贈与契約が成立していた事実や、被相続人がその旨の遺言をしていた事実を認めることはできないものの、

1.請求人の預け金があったとは認められないこと、

2.入居一時金の原資は被相続人の定期預金の一部であると認められること

からすれば、実質的にみて請求人は、第三者(請求人)のためにする契約を含む入居契約により、相続開始時に、被相続人に対価を支払うことなく、同人から入居一時金に係る返還金の返還を請求する権利に相当する金額の経済的利益を享受したというべきである。

したがって、請求人は、当該経済的利益を受けた時、すなわち、相続開始時における当該利益の価額に相当する金額を被相続人から贈与により取得したものとみなす(相続税法第9条)のが相当である。

〔当事者の主張〕

〇納税者の主張

原処分庁が申告漏れであるとした本件返還金は、請求人が本件被相続人に預けていた金員(以下「本件預け金」という。)について清算したものであるから、請求人に帰属する財産であり、本件相続税の課税価格に算入されるべきものではない。

〇課税庁の主張

本件入居一時金は、本件被相続人名義の定期預金を原資とするものであるところ、当該定期預金は、平成19年10月12日に満期償還された本件被相続人名義の割引金融31,000,000円を原資とするものであり、同21年6月23日、当該定期預金を解約した金員の中から本件会社名義の普通預金口座に振り込まれたものであるから、本件返還金は、本件被相続人の相続財産として、本件相続税の課税価格に算入されるべきものである。

入居契約に基づいて請求権が移っただけなので、「相続財産」には該当しない

〔判断〕

被相続人がA社と締結した介護型老人ホームの入居契約では、入居者は自分が死亡した場合の入居一時金の返還金の受取人1名を定めることとした上で、入居者が死亡した場合、A会社は上記返還金受取人に対して返還金を返還することとする条項が存するが、入居契約には、入居者が死亡した場合に、返還金受取人となっていない入居者の相続人に返還金を返還することを可能とする条項は存しないことに照らすと、入居契約に存する上記返還金受取人に関する条項は、返還金の返還を請求する権利者を定めたものというべきである。

上記のとおりの入居契約の内容によれば、入居契約のうち入居一時金の返還金に係る部分は、入居者(被相続人)とA社との間で締結された、入居者死亡時の返還金受取人(請求人)を受益者とする第三者のためにする契約であって、入居者死亡時の返還金受取人は、入居契約により、入居者の死亡を停止条件として、A社に対して直接返還金の返還を請求する権利を取得したものと解すべきである。

したがって、本件返還金は被相続人の相続財産であるということはできず、これを前提とする原処分庁の主張は、採用することができない。

返還金は死亡者の預金によるものなので「みなし贈与」に該当、課税対象に

入居契約のみをもって、被相続人と請求人との間に入居一時金に係る返還金の返還を請求する権利を贈与する旨の死因贈与契約が成立していたと認めることはできないし、その他当審判所の調査の結果によっても、相続開始時より前に、当該当事者間でその旨の死因贈与契約が成立していた事実や、被相続人がその旨の遺言をしていた事実を認めることはできないものの、

1.請求人の預け金があったとは認められないこと 2.入居一時金の原資は被相続人の定期預金の一部であると認められること

からすれば、実質的にみて請求人は、第三者(請求人)のためにする契約を含む入居契約により、相続開始時に、被相続人に対価を支払うことなく、同人から入居一時金に係る返還金の返還を請求する権利に相当する金額の経済的利益を享受したというべきである。

したがって、請求人は、当該経済的利益を受けた時、すなわち、相続開始時における当該利益の価額に相当する金額を被相続人から贈与により取得したものとみなす(相続税法第9条)のが相当である。(※下線筆者)

そして、請求人は、被相続人から相続により他の財産を取得していることから、相続税法第9条の規定により被相続人から贈与により取得したものとみなされる利益の価額(本件返還金と同額)は、当該他の財産に加算され、相続税の課税対象となる相続税法第19条《相続開始前3年以内に贈与があった場合の相続税額》第1項)。

したがって、本件返還金の額は、請求人の本件相続税の課税価格に算入されるべきである。

本件未収金は、被相続人の平成21年6月分及び同年7月分の恩給年金の支払がされたものであり、被相続人の預金口座への振込みにより、相続開始時において被相続人が有する恩給年金の受給権が履行されたものであるから、本件未収金の額は、相続開始時における被相続人の相続財産として、相続税の課税価格に算入されるべきものである。

Xの弟は、叔父から相続により他の財産を取得しているので、相続税法9条の規定により叔父から贈与により取得したものとみなされる利益の価額(返還金相当額)は、相続開始前3年以内の贈与(相法19①)として相続税の課税対象になります。

亡夫が出してくれた老人ホーム代は「贈与」にあたる?

贈与税の非課税財産】 被相続人が配偶者のために負担した有料老人ホームの入居金は、贈与税の非課税財産に該当しないから、当該入居金は相続開始前3年以内の贈与として相続税の課税価格に加算する必要があるとした事例 平成23年6月10日公表裁決 TAINSコードJ83-4-20

課税庁「老人ホーム費用は非課税財産に該当しない」→納税者「その主張は違法だ!」

〔事案の概要〕

本件は、被相続人の妻である審査請求人(以下「請求人」という。)が申告した相続税について、

原処分庁が、請求人及び被相続人が有料老人ホームに入居するに当たり、入居契約上請求人が支払うべき入居金の一部を被相続人が負担したことは、被相続人からの請求人に対するみなし贈与に該当するとして、当該負担額を相続開始前3年以内の贈与として相続税の課税価格に加算して更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったのに対し、

請求人が、入居金は終身利用権の対価であり、終身利用権は一身専属権であるから相続税の課税対象にはならない等として、原処分の全部の取消しを求めた事案。

〔当事者の主張〕

〇納税者の主張

本件入居契約の主契約者は本件被相続人である。本件被相続人が主契約者であるから、本件入居金は本件被相続人が負担すべきものである。請求人は、追加契約者に該当するところ、本件入居契約により、追加契約者は、主契約者から、主契約者の権利を承継することができる。

したがって、請求人は、本件相続開始時に、本件被相続人から主契約者の権利である終身利用権を、死因贈与により取得したものと認められるが、終身利用権は、一身専属権であるから、相続税の対象とならないしたがって、原処分は違法である。

仮に、請求人が終身利用権を承継したものではないとしても、以下の理由から、原処分は違法である。

当事者間において、本件入居契約時点で、本件被相続人が15年の償却期間内に死亡した場合は、追加契約者である請求人に対して償却残存期間にわたり、毎年入居金の定額償却額を贈与する認識があったことからすれば、本件入居契約時点において、本件被相続人、L社、請求人の三者間で、保証期間付定期金給付契約と同様の権利義務が成立し、定期金の継続受取人である請求人は、相続開始時に本件被相続人から保証期間付定期金給付契約に関する権利を相続したものと認められる。

そして、上記権利は、有期定期金として評価することとなり、原処分庁が相続財産に計上した金額より低くなるため、原処分の一部が取り消されるべきである。

〇課税庁の主張

再契約締結日を平成21年6月1日とするM入居契約書に、本件入居金及び追加入居金の使途及び算定基準として、入居者が居住する居室及び入居者が利用する共用施設等の費用として終身にわたって受領する家賃相当額と記載されていること、上記の再契約と本件入居契約とは本件入居金の内容について変更はないことからすれば、本件入居金の法的性質は、家賃相当額の前払金であると認められる。

そして、本件入居契約の主契約者は請求人であるから、請求人が入居金支払義務を負うところ、本件被相続人が生活保持義務履行のために本件入居金の一部に相当する金額を負担したものである。

したがって、本件被相続人が負担した本件入居金の一部に相当する金額につき、本件入居契約開始日において、いまだ生活保持義務の履行がなされていない部分(定額償却対象分)は、請求人が本件老人ホームを使用する期間の経過に応じて償却されていくものであるから、本件被相続人の請求人に対する生活保持義務の前払金とみるべきである。

ゆえに、前払金のうち、本件相続開始時にいまだ生活保持義務の履行が完了していない部分は、本件被相続人の請求人に対する返還請求権の対象となる。そして、

1.上記返還請求権は、夫の妻に対する生活保持義務履行のための金銭債権であること

2.本件入居契約の内容及び主契約者が請求人であることからして、請求人及び本件被相続人間では、本件被相続人死亡後も本件老人ホームに入居し続けることを前提としていたと認められること

3.請求人及び本件被相続人は、本件入居契約の内容を十分理解した上で、主契約者を請求人、追加契約者を本件被相続人としていること

からすれば、本件入居契約時に、本件被相続人と請求人との間で、上記金銭債権を死因贈与する旨の契約がなされたものと認められる。

したがって、請求人は、生活保持義務の前払金たる金銭債権を、本件被相続人からの死因贈与により取得したのであるから、これを本件相続に係る相続財産とした原処分は適法である。

老人ホーム入居は、亡夫の支払いがあったお陰なので「みなし贈与」に

〔判断〕

被相続人が配偶者のために負担した有料老人ホームの入居金が贈与税の非課税財産(相続税法第21条の3第1項第2号)に該当するか否かについて、平成22年11月19日裁決(裁決事例集No.81)では非課税財産に該当すると判断したのに対し、本事例は、非課税財産に該当しないと判断したものである。

請求人は、請求人及び本件被相続人が本件相続開始の約2か月半前に入居した老人ホーム(本件老人ホーム)の入居金(本件入居金)を本件被相続人が支払ったことについて、本件入居金の性質は終身利用権の対価であり、請求人は本件被相続人から終身利用権を死因贈与により取得したことになるところ、終身利用権は一身専属権であって贈与税の対象とはならないから、相続開始前3年以内の贈与として本件相続税の課税価格に加算されない旨主張する。

しかしながら、本件被相続人は、自らに支払義務のない請求人に係る入居金のうちの一部に相当する金額を支払ったものであり、

これによって請求人は、入居金全額の支払によって初めて取得することのできる施設利用権を、低廉な支出によって取得したものと認められることからすると、請求人は著しく低い対価で本件老人ホームの施設利用権に相当する経済的利益を享受したものということができ、本件被相続人と請求人との間に実質的に利益の移転があったことは明らかであるから、

相続税法第9条により、請求人は、その利益を受けた時における当該利益の価額に相当する金額を本件被相続人から贈与により取得したものとみなすのが相当である。

「高級」老人ホームなので、課税対象外の生活費には当たらなかった

また、本件入居金は極めて高額であり、請求人に係る居室面積も広く、本件老人ホームの施設の状況等をかんがみれば、本件老人ホームの施設利用権の取得のための金員は、社会通念上、日常生活に必要な住の費用であるとは認められないから、相続税法第21条の3《贈与税の非課税財産》第1項第2号の規定する「生活費」には該当せず贈与税の非課税財産に該当しない。

したがって、贈与により取得したものとみなされた金額は、相続開始前3年以内の贈与として本件相続税の課税価格に加算されることとなる

「生活費に充てるためにした贈与で通常必要なもの」(相法21の3①二)かどうかは、社会通念=常識=経験則で判断します。課税と非課税の区分について明確な基準があるわけではありません。

伊藤 俊一

税理士

(※写真はイメージです/PIXTA)