世界的な人気を誇るPlayStation用リアルドライビングシミュレーターグランツーリスモ」のトッププレイヤーをプロのレーサーに育てる、「GTアカデミー by 日産×プレイステーション」(以下「GTアカデミー」)の実話を基に映画化した『グランツーリスモ』が公開中だ。デヴィッド・ハーバー、オーランド・ブルームをはじめ、『ミッドサマー』(19)の俊英アーチー・マデクウィが出演する“ドリームズ・カム・トゥルー”の物語。高いスキルを持つゲームプレイヤーが、厳しい訓練を経てプロレーサーへと成長していく姿が迫真のレースシーンを交えて描かれる。1997年にPlayStation用ソフト「グランツーリスモ」第1作がリリースされてすでに25年以上の月日が経つ。すでにナンバリングタイトル7作を数える「グランツーリスモ」の生みの親で、映画のエグゼクティブプロデューサーを務め、出演もしているゲーム開発元、ポリフォニー・デジタルの代表・山内一典に、映画『グランツーリスモ』や「GTアカデミー」について話を聞いた。

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■「まだ『GTアカデミー』のプログラムが始まっていない時から映画化について話をしていた」

ヤン・マーデンボローは、幼少期よりレーサーを夢見ているイギリスの少年。「グランツーリスモ」でも世界トップクラスの腕を持つが、父親からは「現実を見ろ」と小言を言われる日々を過ごしていた。そんななか、イギリス日産のダニームーアが「グランツーリスモ」プレイヤーを選抜しプロレーサーとして育成する「GTアカデミー」を設立。ヤンは難関を突破しチームに合流するが、そこには過酷な試練が待っていた。アーチー・マデクウィが演じる主人公ヤンのモデルになったヤン・マーデンボローは、「GTアカデミー」出身の実在のレーサー。オーランド・ブルームが扮するダニームーアは日産とプレイステーションポリフォニー・デジタルの共同プログラム、「GTアカデミー」を設立した元日産グローバルマーケティングダイレクターのダレン・コックスを元にした人物だ。

完成した映画を観て「よい映画になっていて、胸をなで下ろしました」と語った山内。というのも「グランツーリスモ」の映画化は20年以上前から動いていたのだ。「2001年ごろから、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントと映画化について話をしていたんです。ようやく完成したことは、一つの達成だと思います」。当時はまったく違う内容の映画を想定していたという。「その時はまだ『GTアカデミー』のプログラムが始まっていませんでしたからね」と明かす。

■「ニール・ブロムカンプ監督はクリエイターとして尊敬できる方」

本作を監督したニール・ブロムカンプは、ピータージャクソンがプロデュースした『第9地区』(09)で監督デビューし、『エリジウム』(13)や『チャッピー』(15)などテクノロジーを題材にした個性派作を手掛けてきた鬼才だ。彼との仕事を終えた山内はクリエイターとしてのブロムカンプの姿勢に強く共感したという。「いいものを作りたいというまじめな気持ちが伝わってくるんです。偉ぶったところがなく、僕にも『どうだった?』と聞いてくる。やっぱり心配なんですよ、自分の作品が。僕らのゲーム作りも同じで、逆にそうでないとよいものは作れないと思います。14か月の映画制作期間も、ほとんど家には帰れなかったそうです。クリエイターとして尊敬できる方だと思いました」。

本作はオーランド・ブルーム演じる英国日産のダニームーアが、「GTアカデミー」構想を実現するため奔走する姿で幕を開ける。いくつものハードルを乗り越え、チームを作りあげるまでが前半の山場だ。山内がそのモデルとなったダレン・コックスに初めて会ったのは2004年だったという。「日産さんに招待されて、ニュルブルクリンクの24時間レースを見に行った時にダレン・コックスと会いました。彼と話をするなかで、『グランツーリスモ』のプレイヤーはレーシングドライバーになれるかな?と聞かれたんです。僕は絶対なれるよと答えました。それが『GTアカデミー』の基点ですね」。ドライブシミュレーターである「グランツーリスモ」がリアルなレースに通用するという想いは、第1作から持っていたという。「これをプレイすることで、サーキットでも通用するリアルなドライビングテクニックが学べると確信していました。自分たちだけでそれを証明するのは難しいので、日産さんからお話をいただいた時にこれはチャンスだと思ったんです」と振り返る。

■「なにかを極めた人間は、ただうまいだけではなく頭も良いし、努力家だし、アプローチもシャープ

「GTアカデミー」のプログラムが始動しはじめた2004年頃から、山内自身もレースに参加し始めた。実際にレースを体験して感じたゲームとリアルの違いを聞くと、実車の方が速く走れるという。「運転の技術自体は同じですが、実車の方がインプットされる情報が多いんです。例えば実車だとリアタイヤがほんの少しスライドする感覚も加速度の変化で体に入ってくる。ゲームではステアリングホイール(コントローラー)と目からの情報だけですが、実車の場合は体感できますからね」。さらに、モータースポーツそのものの全体像はレースを通して初めて実感したという。「レースには本当にたくさんの人が関わっているんです。たった1人のドライバーのために、あれだけチームクルーがいるスポーツはほかにはないと思います。それと事故の危険さ。本当に命がけなので、そこはビデオゲームの世界とまったく違いますね」という山内の体験は、今回の映画でも大きな見せ場になっている。

映画の中心的キャラクターが、「GTアカデミー」に参加してプレイヤーからプロレーサーに成長していくヤン・マーデンボローだ。劇中には彼がプロレーサーとなり、日本を訪れ憧れの山内と会う姿も描かれている。山内は実際に初めて彼と面会した時にオーラを感じたという。「なにかを極めた人間は、ただうまいだけではなく頭もいいし、努力家だし、アプローチもシャープ。そして人間的にステキなんだとプログラムを始めてから気づきました。勝負というものが結果的に人を成長させるんでしょう。ヤンも若いのに最初からオーラを纏っていて、すごい人物になるなと感じました」と述懐。ヤンと会った時にどんな会話を交わしたのかと聞くと「セットアップとかドライビングとか車の話だけでした」と笑う。ちなみにマーデンポロー本人はカースタントドライバーとして映画に参加し、レースシーンでハンドルを握っている。

■「ゲーム上の物理シミュレーションをより正確なものにして、より実車のドライビング体験に近くする努力を続けた」

実際の「GTアカデミー」は日産の運営だが、山内にとっても重要なプログラムになったようだ。「僕自身はこれといった仕事をしていませんが、サポートという意味ではゲーム上の物理シミュレーションをより正確なものにして、より実車のドライビング体験に近くする努力を続けました。あとはレース中ひたすら心配することですね(笑)。やはりレースは危険ですし、次々に勝ち進まなければいけない過酷な世界でもありますから」と親心をのぞかせた。

中学、高校を通し自主映画作りをしていたという山内は、完成した映画について「観る人の気持ちをポジティブにさせてくれるエンタテインメントだ」と語った。「ニールは教科書的に、きちんと丁寧に映画を仕上げてくれました。雑なところがまったくなく、そこがすごく気に入っています。実際にあったストーリーを、エンタテインメントとして作ってくれた。そういう意味でも特別な映画になったと思います」。

取材・文/神武団四郎

『グランツーリスモ』のエグゼクティブプロデューサー、山内一典にインタビュー!