
勤続38年、中小企業を定年退職する大卒サラリーマンが受け取る退職金はおよそ1,000万円。多くのサラリーマンが楽しみにしている退職金ですが、これを「種銭」として投資家デビューを果たす60代は少なくありません。しかし、それまでに投資経験のないシニアが運用益を得るのは容易ではないのが事実。詳しくみていきます。
中小企業サラリーマンが受け取る退職金は平均「1,091万円」
大半の会社員が60歳で定年退職を迎え、それ以降は、働き続けるか、完全に引退して「セカンドライフ」に突入するかの選択を迫られることになります。
厚生労働省『高年齢者雇用状況等報告』によれば、21年6月から22年5月の間の1年間、60歳定年制のある企業で定年に達した人は約37万9,120人。うち87.1%が、「継続雇用」を選択したといい、年金受給開始まであと5年というタイミングで「完全引退」を選ぶ人は少数派であることがわかります。
今年60歳を迎えるのは、1963年生まれの世代。振り返れば、バブル崩壊やリーマンショック、東日本大震災、アベノミクス、コロナショックと、盛りだくさんの会社員人生でしたが、受け取る給料は定年間際の50代後半がピーク。新卒入社したばかりの20代では23万円ほどだった月収は最終的に月収49万円、年収770万円にまで到達しています。
【年齢別・大卒サラリーマンの月収と年収】
20~24歳:233,600 円/3,143,000円
25~29歳:265,200 円/3,969,800円
30~34歳:304,900 円/4,621,600円
35~39歳:353,900 円/5,422,000円
45~49歳:429,400 円/6,684,100円
50~54歳:474,900 円/7,493,500円
55~59歳:491,100 円/7,698,900円
※数値左:月収(所定内給与額)、右:推定年収
そして、多くのサラリーマンが楽しみにしているのが「退職金」。
東京都産業労働局『中小企業の賃金・退職金事情(令和4年版)』によると、中小企業サラリーマンが受け取れる退職金は、大卒から勤続38年で1,091万8,000円。中央労働委員会の調べでは、退職金制度を導入している企業の割合は89.7%にのぼり、大半のサラリーマンが定年退職と同時に、一時金としては恐らくそれまでの人生でもっとも大きな額を受け取ることになります。
波乱万丈のサラリーマン人生に終止符を打ったばかりの人が1,000万円単位の大金を受け取れば、「ちょっと贅沢でも」と考えたとしても何ら不思議ではありませんが、実際のところ、どんな使い道を選択しているのでしょうか。
一般社団法人 投資信託協会が行った『60歳代以上の投資信託等に関するアンケート調査(2021年(令和3年))』では、退職金の使い道として、59.3%の人が「預貯金」を挙げていることが明らかになっています。2番目以降には、「日常生活費への充当」(25.6%)、「旅行等の趣味」(21.7%)、「住宅ローンの返済」(20.8%)が続き、意外にも、多くの人が堅実な使い方をしていることがわかります。
現役時代の生活を維持すれば、3年で底をつく退職金
それもそのはず、中小企業の定年退職者が受け取る退職金1,091万円というのは、平均的な大卒・中小企業サラリーマンの引退時月収の約25ヵ月分。総務省『家計調査 家計収支編』によれば、年収600万~650万円の世帯の月の消費支出は27万6,748円ですから、現役時代の生活を維持しようとすれば3年と少しで使い果たしてしまう金額です。
上記、一般社団法人 投資信託協会の調査では、退職金の使い道として5番目に「資産運用のための金融商品の購入」がランクインしており、また、「初めて投資をした年齢」として2割近い人が「60代」を挙げています。受け取った金額をみてあれこれ計算した結果、「意外に早くなくなってしまうのでは」という事実に気づき、であるならば、これを使ってしまうのではなく、「種銭」として賢く運用し、少しでも増やしたいと考える人が一定数いると推測されます。
ただ、運用で利益を挙げるのは容易ではないことは周知の事実。金融商品を選択するには一定程度のリテラシーが求められますし、ときには、投資家としての「勘」が求められる局面もあります。ビギナーズラックで儲かることもありますが、それがいつまでも続く可能性は限りなく低いでしょう。
実は、投資デビューを果たしたばかりの人が失敗に陥るまでには、王道ともいえるいくつかのパターンがあります。
まずは「営業マンの勧誘を鵜呑みにする」というもの。
退職金の受け取り口座がある銀行から、「退職金を受け取った方のみに案内できる商品があります」「いまは相場が良いので、預貯金で置いておくのはもったいないですよ」等のセールスを受け、提案を鵜呑みにしてしまうのは危険です。
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査]』(令和3年)によると、投資において「元本割れ」の経験がある人は37.9%。その理由をどう分析するか聞くと、「相場の変動によって元本割れするリスクを金融機関が十分に説明しなかったためだ」が4.7%、「著しい誤解を招く広告、勧誘を金融機関から受けたためだ」が3.6%。また「金融機関の説明」を理由に挙げている人は、60代では6.6%となっています。
金融機関には「売りたい商品」というものがあります。それは往々にして、手数料の高い商品。必ずしも投資家のメリットを最優先に提案してくれるとは限らないのです。どんなに魅力的なセールスであったとしても、商品性やリスクを理解できないのであれば投資をしないのが鉄則です。
また、「全額を1商品に集中投資する」行為もご法度です。
金融広報中央委員会の調査によれば、金融商品の選択基準として「利回りが良いから」を挙げている人は60代で16.4%、70代では15.8%に上ります。多くの人が余裕資産で高利回りの商品を購入していると考えられますが、上のように「現預金で置いておくのはもったいない」などと強気のセールスを受ければ、すべてのキャッシュをリスク商品の購入に充ててしまいたくなるのも仕方ないでしょう。
ただ、投資の鉄則は「分散」。手元資金を1カ所に投じるのではなく、株式や債券、投資信託といった複数の資産に分けて運用・管理を行うことが、リスクを分散し、リターンの最大化につながることを忘れてはいけません。
そして最後に、「5倍・10倍といったリターンを狙ったハイリスク商品への投資」です。
上にみた「集中投資」に似た投資行動ともいえますが、「退職金が思ったより少ない」「これでは年金受給開始前に底をついてしまう」と焦り、株の信用取引やFX、暗号資産などのハイリスクな投資で「一発逆転」をめざそうとする投資家は少なくないようです。
しかし、十分な投資経験や金融リテラシーのない投資家が、元本の何倍ものレバレッジをかけて大きな取引に挑戦したところで、利益を得られるどころか、取り返しのつかない損失を被ってしまう可能性が高いのが現実。「そんなに簡単に儲かる訳ないか」と早い段階で気づき、ローリスク・ローリターンの商品から、徐々に経験を積んでいくことが重要といえそうです。
退職金としてまとまった金額を受け取ったものの、それが意外と少ないことに焦り、「運用して増やそう」と思い立って始めた投資で失敗をおかすというケースについてみてきました。定年退職を迎えてから慌てないために、計画的に貯蓄を行っておくことが重要なのはいうまでもありませんが、安定収入があり、余裕資金を確保しやすい現役時代のうちから、投資家としての経験を積み、リテラシーを育んでおくことも、また重要なのかもしれません。

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